第33話 魔王、出来損ないの部下に頼られる
いやー〈フィッシャーマン〉舐めてた。あれは本当にフィッシャーのマンだわ、うん。そりゃ、ゴールドクラウンで有名な店だっていうからそれなりに期待をしていたわけだけど、見事にそれを超えてくれたね。海鮮料理が美味いのは当然として、お酒とかデザートとかどれもこれも一級品だった。リズに連れられて他の国の色んな店に行ってそれなりに美食家気取ってだけど、そんなのが霞むくらいの美味さ。ゴールドクラウンの人気店、恐るべし。
ティアも終始笑顔だったし、大成功だったんじゃないか? ほろ酔い気分の彼女からリズとの出会いとかも聞けたしな。話を聞く限り、リズは子供の頃からリズだったようだ。ある意味安心した。
「とても美味しかったですね」
「あぁ、大満足だよ」
夜も更け、少しだけ人通りが減った街をティアと二人で歩く。今夜は晴天だ。満点の星空の下を歩くなんて随分とロマンチックじゃないか。相手が俺ってところに同情すべきところがあるけど。
「サクさんはこのまま自分の領地に帰るのですか?」
「んー……あのバカ達から誘われてるからな。せっかくだからティアを送ったら冷やかしに行ってみるよ」
「そうしてあげてください。トゥースさん達も喜ぶと思います」
喜ぶ、ね……あいつら俺の正体を知ったらどうするんだろうな。案外今と変わらなかったりして。脳みそ半分くらいしかないような連中だから。
「サクさんもトゥースさん達と話すの楽しいんじゃないですか?」
「へ? 俺が?」
「はい。先程話している時、なんだか楽しそうでしたから」
「むっ……」
ティアがクスクスと楽しげに笑う。なんだかとっても気に入らない。あんなバカ達と話すのが楽しいなんてありえないだろ。……まぁ、嫌いじゃないけど。
「……ここで大丈夫です」
ん? あ、もう大聖堂の目の前まで来ていたのか。結構距離があると思ったんだけど、話をしながら歩いていたらあっという間だったな。
「今日は楽しかったよ。ありがとな」
「いえ、こちらこそ。とても素晴らしい時間を過ごすことができました」
そう言いながら月明かりに照らされるティアの顔に僅かに影がさした。え? このタイミングで? 俺なんかした?
「あ、あのっ!!」
「へ? ど、どした?」
何か不手際があったかと考えていたら、ティアがいきなり慌てた声をあげたので、俺も慌てた感じで返事をする。何かを言おうとして口を閉じ、また何かを言おうとして口を閉じるティア。なんだなんだ? 何か言いにくいことでもあるのか? もしかして、今日に関してのダメ出し? それはあかん。傷心する。
しばらくそれを繰り返していたティアが、意を決したように上げた顔は真剣そのものだった。思わずこっちも緊張してしまう。
「も、もしよければ、ま、またお誘いしてもよろしいですかっ!?」
「……は?」
どれほど恐ろしいことを言われるのか身構えていた俺は、予想外の言葉に目が点になる。その反応を見て、ティアが悲しげな表情を見せた。
「やっぱりだめでしょうか……?」
「え? あっ、いやそういうわけじゃ……俺はてっきり罵声でも浴びせられるのかと……」
いやいや。冷静に考えてみればティアが罵詈雑言など吐くわけがないじゃないか。というか、それを言うだけなのにあんなにも緊張していたのか。なんかほっこりするな。
俺は軽く咳払いをして気持ちを切り替え、ティアに優しく笑いかけた。
「こんな魔王でもいいとおっしゃるのであれば、いくらでも聖女様のお相手をしようぞ」
「ほ、本当ですか!?」
へその辺りに片手を添え、冗談めいた感じで恭しく頭を下げる。
「じゃ、じゃあ! またお会いしたくなったらリンクにメッセージを送らせていただきますね!」
「おー。いつでも連絡してこーい。大方暇してるから。……って、誰が暇人魔王じゃ!」
「ふふっ! では、おやすみなさい!」
嬉しそうにはにかみながら優雅にお辞儀をしてティアは大聖堂の中へと入っていった。なんか癒されるな。森の中にある滝の近くにずっといたみたいな安らぎだ。あの子、さては体からマイナスイオンを放出してるな絶対。
「さて、と……」
ゆっくりと伸びをし、ポケットに手を突っ込んで、そこから紙切れを取り出す。居酒屋フリーダム、ね。冒険者が好きそうな店名だ。多分だけど、ティアは絶対に連れて行っちゃいけない類の店だろうな。
「ご丁寧に裏に住所まで書いてやがる。えーっと……ノースストリート三丁目二十五番地」
北か。リズの話じゃゴールドクラウンで一番治安が良くない地区だったか。あいつらみたいのが
大聖堂のあるサウスストリートから"ビッグツリー"が植えてあるセントラルパークを抜けてノースストリートへ足を運ぶ。なるほどね。どこの店からも品があるとは言えないような言葉が聞こえてきやがる。子供を連れて行きたくない場所ナンバーワンだな、ここ。とはいえ、プラスな治安の悪さといえる。マイナスの場所っていうのは、もっと死臭が立ち込めてるからな。流石リズの親父さんが治める国、治安の悪さも最低限で踏みとどまってるってわけだ。
「……この店か」
やかましい店が立ち並ぶ中、一際うるさい店の前で立ち止まった。もうすぐてっぺん越えるっていうのに元気な奴らだねぇ。バカ騒ぎに付き合う気もないから、ちょこっと顔出したら城へ帰るとするかな。
がちゃ、パリーン。
そう思いながら軽い気持ちで扉を開けた俺の頭に、どこからか飛んできた酒瓶がクリーンヒットした。一瞬にして静まり返る酒場。いくら指輪で力を抑えているからと言って、これくらいでノックアウトされるほどやわじゃない。俺はぽたぽたと頭から滴り落ちる酒を拭いつつ、静かに店内を見回す。
「あ、兄貴……!!」
やぁ、トゥース。随分と賑やかじゃないか。ところで、その振りかぶっている手に持った瓶はなにかな?
「あの……大丈夫?」
俺がじっくりと酒場を観察していると、この店の店員らしき女の子が心配そうな顔で話しかけてきた。ちょうどいい、当事者に聞くのが一番だ。
「ここの店員さん?」
「店員というより店長のキャサリンよ」
店長? リズやティアよりも少し上くらいに見えたから、てっきりこの店に雇われているのかと思った。
「キャサリン、何があったのか教えもらえるか?」
「え? あ、えぇ……とはいっても、別に変わったことは何一つないわよ? 冒険者の連中が酒に酔って暴れだすのはいつもの事だから」
ふむ。酒瓶を投げ合うのが通例の酒場、って可能性もなくはなかったから一応聞いてみたけど、見たまんまってことだな。
「それは迷惑じゃないのか?」
「……本音を言えば迷惑よ。お店のものを壊されちゃうし、新しくバイトで入った子は怖くてすぐに辞めちゃうし、そのせいで料理から配膳、食器洗いまであたし一人でやらなければいけないし」
「ほう……?」
「でも、冒険者に文句なんて……ねぇ?」
困ったようにぎこちなく笑うキャサリンからゆっくりとトゥース達に視線を向ける。全員が分かりやすく体をビクッと震えさせた。やれやれ困ったものだ。羽目を外しすぎるなって前に忠告したはずなんだが。それも、お店に迷惑をかけるレベルのどんちゃん騒ぎとは……こりゃだめだわ。不始末を起こした出来損ないの部下達には、上司がきっちりとけじめをつけてやらないといけないよな? なぁ? そう思うだろトゥース君?
「……ったく。店に迷惑かけるような飲み方すんじゃねぇって言っただろうが」
「すびばぜんでじだ!!」
十分後、例外なくぼっこぼこに腫れ上がった顔で俺の前に正座しているトゥース達を見ながら俺はため息を吐いた。
「バカ野郎ども。謝る相手がちげぇだろ」
「ご迷惑おかげじでどうもすびばぜんでじだっ!!」
「あ、いや、そんな……!!」
荒くれ者の冒険者達から一斉に土下座をされて、キャサリンがたじたじになっている。
「とりあえずお前らしばらくこの店の治安維持に協力しろ。あと雑用もやれ」
「え!? い、いや、そ、それは……!!」
「返事は?」
「はいぃ!!」
ギロリと睨みつけるとトゥース達が背筋を伸ばして敬礼をした。うんうん、聞き分けがよくて助かるぞ本当。
「あ、あのぉ……」
「そういうわけだからキャサリン、こいつらをこき使ってくれ」
「そ、それは嬉しいけど、本当にいいの? なんだか悪い気が……」
「いいも何も、こいつらがやりたいって言ってんだから何も気に病む必要ないだろ。なぁ?」
「はい! 全力で手伝わせていただきやす!!」
「じゃあさっさと
「イエッサー!!」
俺の言葉でトゥース達が立ち上がり、ちゃっちゃと後片付けをし始める。よしよし。迷惑かけた分くらいは働けよー。キャサリンが大分困惑してるみたいだけど、まぁじきに慣れるだろ。
「お兄さん」
「ん?」
トゥース達が働いているのを横目に酒を飲んでいたらキャサリンが話しかけてきた。
「お兄さんのおかげで一人で後片付けしなくて済んじゃったわ」
「別に感謝されるような事はしてねぇよ。自分でやったことのけつをあいつらに拭かせただけだ」
八割くらいは俺に酒瓶をぶつけた事に対する腹いせだけどな。
「それでもお兄さんのおかげには変わりないでしょ? ありがとうね」
「……どういたしまして」
なんとなく気恥ずかしくなったのでグラスを一気に傾ける。そんな俺の目の前に座ったキャサリンが微笑を浮かべながら頬杖をついた。
「ねぇ、お兄さん何者よ? 冒険者達を圧倒するなんて只者じゃないでしょ?」
「俺はあれだ……うん。こいつらの兄貴分だな、うん」
「なにそれ? 冒険者ってこと?」
「いやー……そういうわけじゃないな」
冒険者っていうか魔王ね。"最弱"の魔王。誰が最弱じゃぼけ。
「ふーん……まぁ、なんでもいいわ。お兄さんみたいに分別のある強い人は好きよ。いつでも大歓迎だわ」
「そらありがたいな。気軽に飲みに来れる酒場が欲しかったところだ」
「あら、それならちょうどよかったわね。ここを行きつけにしてくれたらサービス弾むわよ」
そう言ってウインクをすると、キャサリンは厨房へと戻っていった。なんというか、リズやティアにはない大人の女性の色気を感じる。……そんな事を本人の前で言おうものなら、俺は明日の朝日を拝む事ができないかもしれない。
「くそぉ……酒のべたべたが中々とれやしねぇ」
トゥースがイライラしながらモップで床をごしごしとこすってる。
「自業自得だ。お前らが好き勝手暴れた後、キャサリンはいつもその苦労をしてんだよ」
「へい……反省してやす……」
こいつ、明らかにひゃっはーな見た目してるくせに、意外と素直なんだよな。
「はぁ……でも、困ったなぁ……」
「あ? どうした?」
「いえ……ギルドからちょっと大きな依頼を受けちまったもんですから」
「大きな依頼?」
「はい。国からの公的依頼ってやつです」
ジェミニ王国からの依頼って事か。へー……国が冒険者に依頼する事もあるんだな。この国の騎士団は優秀だから、そいつらに任せれば大抵の事は解決すると思うけど。
「ケチな報酬なんすけどね。国に協力しておくと、色々とお目こぼしを受けれたりするんでさ」
「はー、なるほど。媚を売っておくってわけね」
「まぁ、そういう事です。んで、その依頼っていうのがゴールドクラウンから少し離れた街道に現れたブラックウルフの討伐なんすけど……」
「ブラックウルフ? 大した魔物じゃないだろ? 何が問題なんだ?」
「異常発生してるんすよ。それこそ十や二十じゃきかないらしいっす。だからこそ、俺ら総出でその依頼に当たる予定だったんですけど、兄貴に命令された以上、この店に俺らの半数はおいていかなきゃならんじゃないですか。それで困っちまいまして……」
真面目かっ! その辺は柔軟に対応しろよっ! ……とはいえ俺がこの店を手伝えって言った手前、依頼を優先しろとも言い難い。どうしたもんか。
「他の冒険者に手伝ってもらうってのは?」
「普通の依頼だったらまだしも、こういうでかい依頼で余所者が混じると大抵碌な事にならないんすよ」
「まぁ……そうかもしれないな」
「実力もあって信頼もできる奴がその辺に転がってればいいんすけど、冒険者っていうのは信頼から程遠い所にいる奴ばかりで……ん?」
トゥースの視線が俺に留まる。何見てんだよ。ぶん殴るぞ。
「いるじゃないっすか!! 信頼出来て文句なしの実力を持っているお方が!!」
「…………一応聞いておくけど、誰の事だそれ?」
「もちろん兄貴の事っす!!」
「却下だ」
ふざけんな。何が悲しくて犬っころ退治に出向かにゃならんのだ。
「そんなぁ! 手伝ってくださいよぉ! あーにーきー!!」
「バカが。俺が手伝う理由もメリットもないだろ」
「大好きなリーズリット姫の国が魔物に困ってるんすよ? 助太刀すればポイントアップじゃないですか!」
ピシッ。俺の持っていたグラスにヒビが入る。それを見てトゥースが短い悲鳴を上げた。
「……大好きなリーズリット姫?」
「あ、いや、その……!! 前にリーズリット姫を軽んずる発言をしたら激怒していたし、ライブラ王国の騎士だっていうのにわざわざこの街に来てるもんでてっきり……!!」
あ、そうか。'大治癒の巡回'でこいつらをぶちのめしたのはリズの事言われたからだったな。すっかり忘れてたわ。ライブラ王国の騎士だって事も、な。俺とリズが付き合ってる事がばれたのかと思ってマジで動揺した。
「……いずれにせよ、俺が出張る理由がないな。面倒くさいし」
「頼みますよー! 可愛い子分を助けてください! さっきキャサリンさんに俺らの兄貴分だって言ってたじゃないですかぁ!」
「なっ、お前……聞いてたのか!」
「子分がこんなに困ってるんすよぉ? なっ、お前ら?」
「兄貴ー! 助けてくだせぇ!!」
「兄貴しか頼れる人がいないんすよー!」
「一緒に依頼受けましょうよー!」
「お、お前らなぁ……!!」
それまで大人しく掃除をしていたトゥース一味が俺の下に押し寄せる。そのあまりの勢いに言葉に詰まった俺は、そいつらを見ながら深々とため息を吐いた。
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