第19話 魔王、距離感に戸惑う

 ブルーギルから次の街インディゴートまで行くのに丸一日を要した。その間、ティアリスはずっと馬車の中で眠りこけていた。やはり、連日の疲れがかなり溜まっていたのだろう。ゆっくりと休むことができてよかった。

 ところで、ティアリスはずっと俺の肩を枕にして眠っていたんだけど、よほど寝心地が良かったのか? お陰でこちらは身動きできなくて体ガッチガチだわ。最初は流れ的にそうなったからあんまり気にしていなかったけど、昼休憩を取って再び馬車に戻ってきた時も迷いなく寄りかかってきたからね。もしかして俺は枕か何かと勘違いされているかもしれない。

 そんなわけでインディゴートに着いたのは夜の七時過ぎだった。これからこの街の教会に顔を出すとなると、こりゃまた夕飯が遅くなりそうだ。


「これからどうしましょうか?」


 今日泊まる宿屋に馬車を止めたところで少しはしゃいだ様子のティアリスが尋ねてきた。ん? どうするもこうするもなくないか?


「いつものように教会に挨拶しに行くんじゃないのか?」

「そ、それはそうなんですけど……」


 んん? なんとも歯切れが悪いな。こんなティアリスは見たことがない。


「兄貴ーティアリス様ー、何してるんすかー?」


 宿の予約を済ませてきたトゥース達がこっちに近づいてきた。


「いや、これから教会に行こうかと」

「み、みみ皆さん! お腹空いていませんか?」


 俺が説明しようとすると、ティアリスが慌ててトゥース達に話しかける。いつもと少し様子の違う彼女に少し戸惑いつつ、トゥース達は頷いた。


「そりゃ、昼飯はパンだけでしたし……」

「腹は空いてますけど……」


 そう答えながらトゥース達が俺の顔を見てくる。やめろ、こっち見んな。俺だって戸惑っているんだよ。今までのティアリスは街に着いたら何より先に教会に行ってたのに、一体どうなってるんだ?


「やっぱりそうですよね! じゃあ、今からご飯を食べに行きましょう!」

「えっ、でも……教会への挨拶はいいんすか?」


 トゥースが恐る恐ると言った感じでティアリスに聞くと、彼女は満面の笑みを浮かべる。


「これから教会に行ったところで私は明日から治癒をする事になります。ならば、明日の朝に顔を出しても同じでしょう。そんな事より、私のために頑張ってくれている皆さんがお腹を空かせている方が問題です!」

「は、はぁ……?」

「……それに、少しくらい息抜きしてもバチはあたりませよね?」


 最後の言葉は俺だけに聞こえるような声でティアリスが言った。目を丸くした俺だったが、ティアリスに可愛くウインクされ、思わず笑みが零れる。


「お前ら、我らが聖女がこう言ってるんだ! さっさととびきり美味い店に案内しろ!」

「は、はい! じゃあ、今日は旅の疲れを癒すためにぱぁっとやりますか!」

「俺、この街の美味い店知ってますぜ!」

「そこに行こうぜ!」


 盛り上がり始めたトゥース達を見ていたら、横からティアリスに腕を取られた。


「へ?」

「それでは行きましょうか!」


 そのままぐいぐいと引っ張られていく俺。なんかめちゃくちゃ距離感近くなってませんか? 


「くぅ……あんなにティアリス様と密着して羨ましいぜ! でも、兄貴なら不思議と許せる!」

「あー! 兄貴じゃなかったら親衛隊の粛清対象だけど、兄貴なら仕方ねぇよなぁ!」


 トゥース達が悔しさと暖かさの混じった視線で俺達を見てくる。いやいや、悔しさと暖かさの混じった視線って何? 混ぜるな危険だろ。 


「この街は近くに有名な漁村があって美味しい魚介類が沢山あるらしいです! 中でもパエリアは絶品だとか!」


 ティアリスの口調がえらく楽しげだ。少しだけ顔が赤いところ以外、別段変わった様子はない。彼女にとってこれくらいの距離が普通なのかもしれない。まぁ、あんまり気にしていても仕方ないか。



「おーい! こっちにビール三つくれー!」

「かしこまりましたー!」


 トゥースの注文に店員が元気よく答える。この店すごい繁盛してるな。賑やかというか騒がしいというか……まさに冒険者御用達って感じだ。トゥース達にはお似合いだけどだけど、聖職者であるティアリスには少しばかり品が足りない店な気が……。


「美味しい! このパエリアすごく美味しいですよ! サクさん食べましたか?」


 どうやら全く気にしていないご様子だ。あっちの席で冒険者同士が殴り合ってるんだけど……あ、関係ない感じですかそうですか。というか、本当に近くない? ぴったり隣にくっついてきているんだが。


「お、美味しいならよかった。流石は冒険者だな。違う街でもいい店を知ってる」

「インディゴートには何回か来たことありやすから! それに冒険者のそういう情報網は強いんすよ! 少しは見直してくれました?」


 この店まで案内してくれ護衛の一人が自慢げにジョッキを掲げた。俺は苦笑いしつつ、そのジョッキに自分のジョッキをぶつける。


「サクさんはお酒を飲まれるんですね」

「ん? あぁ、嗜む程度にな。ティアリスはお酒を飲まないのか?」

「あまり飲んだ事はありませんね。年齢的には問題ないのですが」


 確か人族は二十歳になると一人前の大人と認められ、お酒を飲む事ができるようになるんだったか。まぁ、リズの話じゃ大体が十代の後半には飲み始めているらしいが。


「それに今は'大治癒の巡回'中ですので……流石に飲酒は……」

「そりゃそうか。だったら、これが終わったらたくさん飲んだらいい。聖職者だって偶にはハメを外してもいいだろ」

「えぇ!? '大治癒の巡回'が終わればサクさんがお酒を飲みに連れて行ってくれるんですか!? 嬉しいですっ!!」


 あれ? 俺そんな事言いましたっけ?


「それではトゥースさん! ゴールドクラウンで美味しいお酒を飲めるお店を教えていただいてもいいですか!?」

「ゴールドクラウンっすか! いいっすねー! じゃあ、俺達冒険者が一緒に騒いでも文句言われないとっておきの店を……!!」

「二人で飲める静かなお店をお願いします」

「あ、はい」


 なんだか知らないが今ものすごい圧をティアリスから感じた。そんなに酒を飲みたいのか。まぁ、酒は美味いもんな。


「私……サクさんの事を誤解していました」

「え? 誤解?」

「はい」


 突然、ティアリスがそんな事を言い出した。誤解とはなのんの話だ?


「サクさんは本当に優しい方です。私の親友が信頼している理由がわかりました」

「あー……えーっと……一応、ありがとうと言っておくわ」


 何というか、真っ直ぐにそう言われると照れる。でも、悪い気はしない。リズの親友に嫌われるのは勘弁願いたいしな。


「本気で私を守ってくれていると感じますし、支えてもらっています」

「当然だろ。俺はティアリスの護衛を任された男だぞ? そのためにここにいると言っても過言じゃない。この旅が終わるまで、俺は何者からもティアリスを守り抜くつもりだ」

「サクさん……!」


 ティアリスが潤んだ瞳をこちらに向けてきた。いやいやいや。当たり前のことを言っただけだろ。どうしてそんなに感動する事がある?


「くーっ! 流石兄貴かっけーっす! 俺も全力で聖女様をお守りしやすぜ!!」

「おー、いい心がけだ。俺がいない時は頼むぞ」

「まっかせてください! ……って、兄貴がいない時なんてあるんすか?」


 うーん……恐らくないだろうな。リズに頼まれている以上、俺がティアリスの護衛から外れる事はない。まぁなんだ、社交辞令みたいなもんだ。


「とりあえず最後の街での仕事を終えるまでティアリスをしっかり守ろう。そして、無事に彼女をゴールドクラウンに送り届けるんだ」

「りょーかいっす!!」

「よろしくお願いします!」


 なんだかんだここを含めて残り二つの街で'大治癒の巡回'も終わりか。精々リズに文句を言われないよう、俺の役目をしっかりと果たすとするかな。

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