第17話 魔王、ダメな部下達をフォローする

 結局、ティアリスがお勤めを終えたのは午後十時を過ぎたあたりだった。教会からずっと光魔法による治癒を行い続けたティアリスも、その護衛をしていた冒険者達も疲れ果て、今日は夕飯を食べずにまっすぐ宿に帰った。

 そんなわけで、俺は腹をすかせながら自分の部屋で組んだ指を枕にベッドで横になっている。流石にあの空気で飯食いに行こう、とは言えないよな。みんな無理難題をふっかけてきたブルーギルの教会にイラついてピリピリしてたし。

 それにしてもディアリスは大丈夫だろうか。誰の目から見ても無理をしているのは明らかだったからなぁ……明日は朝早くから馬車で移動する事になるし、彼女の体調が心配だ。


 そして、もう一つ心配事がある。しかも、もう既にこの心配事は厄介事へと進化してしまった。


「さて……どうしたもんか……」


 この厄介事に首を突っ込む必要はまるでない。俺の預かり知らぬところで勝手に騒ぎになろうとしている。面倒臭いし、かなり眠いから正直無視したい。子供じゃないから責任だって自分で取れって話だ。


「ただまぁ、憎めない奴らではあるんだよなぁ……バカだけど」


 散々迷った挙句、俺はため息を吐きながらベッドから起き上がり、自分の部屋から出て行った。


 なんというか……このブルーギルって街、結構な大きさではあるけど、雰囲気がいいとはお世辞にも言えないな。昼間はそれほどでもなかったが、夜になってはっきり空気が淀んでいるのがわかる。ジェミニ王国の陰の部分って感じか。

 あまり大きな声では言えないような取引をしている連中を横目に、俺は教会を目指す。手遅れになってないといいなー、なんて希望的観測は抱かない。というよりも、ちゃんとから何が起きているのかは把握している。

 だから、教会の前で誰かの言い争う声が聞こえてきたとしても、別に驚くことはない。


「おいこら! この魔法を解けよ!!」

「責任者呼んで来いっつってんだろ!!」


 光魔法で作られた縄で縛られている男が五名、怒りの形相で喚き散らしている。言うまでもなく、トゥースと愉快な仲間達だ。よくもまぁ、あそこまでばっちり捕まっているのに吠えられるもんだ。もしかして、光魔法から抜け出す秘策でも……あるわけないよな、バカだし。


「……こんな夜更けに何の騒ぎだ?」


 お付きの男にランタンを持たせたガイドウ司祭が、教会から不機嫌そうな顔で出てきた。そして、自分の部下達が縛っている男達を見て僅かに眉をひそめる。何度見てもすげぇ腹だな。横になったらいいトランポリンになりそうだ。


「……この連中は?」

「教会に無理やり侵入しようとした賊を捕らえました」

「ちげぇよ! 俺達はてめぇらに一言文句を言いに来ただけだ!!」


 縛られながらも必死にガイドウに近づこうとしつつ、トゥースが叫んだ。


「てめぇらうちの長司祭様を利用するだの小娘だの、よくも好き放題言ってくれたな!? それだけでもぶちギレそうなのに、あの人の優しさに付け込んでいいようにこき使いやがって、ざけんじゃねぇぞ!!」

「そうだ! このくそ野郎!」

「ティアリス様に謝れ!」


 トゥースが溜まりに溜まった鬱憤うっぷんを吐き出す。それに感化されてか、一緒に来た他の冒険者達の口からも次々と罵声が飛び出てきた。その様をガイドウはどうでもよさそうな顔で見ている。かなり激しく言われてるっていうのに、顔色一つ変えない。恐らく、あいつらの怒りの籠った言葉を、子供の戯言ぐらいにしか思っていないんだろうな。

 五分ほどその調子でがなり続けていたトゥース達だったが、流石に元気がなくなってきた。それを見計らってか、ガイドウは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。


「……やれやれ、もうこんな時間か。相手がクズ共とはいえ、人々の心の拠り所である教会に来たのであれば話くらいは、と思ったのだが、これ以上は時間を作ってやれそうにない。なにせ司祭である私は貴様らと違って明日も忙しいのでな」

「なんだと!? この……!!」


 縛られたまま殴りかかろうとしたトゥースであったが、光の縄を引っ張られた反動で躓き、地面に倒れこむ。ガイドウは馬鹿にしたように笑うと、トゥースの頭を容赦なく踏みつけた。


「がっ……!!」

「リーダー!!」

「て、てめぇ! その足をどけやがれ!!」

「よく聞けゴミくず共」


 余りの仕打ちに仲間の冒険者が駆け寄ろうとするも、縛られているせいでそれは叶わない。トゥース自身も殆ど自由がきかないため、されるがままにするほかないようだ。


「貴様らは今夜、この神聖な教会で盗みを働こうとした愚かな冒険者達だ。まさか、ジェミニ王国の教会のトップに君臨する大聖堂本部の長司祭ともあろう者がこのような低俗で下賤な者達を護衛につけているとは……まったくもって嘆かわしい」

「は、はあ? 何を言って……?」

「もしかしたらティアリス殿自身が命じた可能性すらある。これは連合会に報告してしっかりと処罰を受けてもらわねば、他の聖職者達に示しがつかん。……こんな役立たず達を護衛にしたばかりに、教会を追放されるやもしれんなぁ」


 残念そうな表情を見せ、ガイドウは大仰に首を左右に振った。なるほど……そういうシナリオか。


「ちょ、ちょっと待てよ!! 俺達は何にも盗んでねぇし、そもそも盗みに来てすらいねぇよ!! 俺達はただ……!!」

「世間知らずの小娘の代わりに文句を言いに来た、だったか? その証拠がどこにある?」

「しょ、証拠?」

「貴様らが夜中にここまで来た理由を示す証拠だよ。……まぁ、あるはずないだろうがな」

「くっ……! て、てめぇらにだって俺達が盗みに来たって証拠はねぇだろうが!! 偉そうにするんじゃねぇ!!」


 自分達のせいでティアリスが処罰されると言われ、慌てたトゥースがガイドウの足から抜け出し、必死に立ち上がって抗議するも、奴はあざけり笑うだけだった。


「本当に貴様は愚かだな。我々に証拠など必要ないのだよ。この状況で街の衛兵を呼んだとして、果たして街のために尽力している教会と小汚い冒険者と、どちらの言い分が通ると思っているのだ?」

「なっ……!!」

「もう少し自分の立場ってものを理解する事だな。貴様らも、あの小娘も」

「うぅ……!」

「まぁ、あの歳で路頭に迷うというのも可哀想な話だ。もし、追放された時はこの教会で働いてもらう事にでもするか……死ぬまでな」

「そ、んな……!!」


 膝から崩れ落ちるトゥースを見て、ガイドウが高らかに笑い声を上げる。……そろそろ限界だな。


「悪いがそいつらは俺のつれなんだ。こちらに引き渡してもらおうか?」


 できる限り様子見のていでいきたかったが、そういうわけにもいかないようだ。衛兵のところまで連れて行かれたら、本当にティアリスの立場が危うくなるし、何より俺もそこまで気が長い方じゃない。


「ん? 貴様は……」

「あ、兄貴……」


 気配を消すのをやめ、物陰から出てきた俺にその場にいる全員の視線が集まる。おいおいトゥース、なに情けない顔してんだよ。聖女様親衛隊六番隊隊長なんだろ? しゃきっとしろ。


「あぁ……見覚えのある顔だと思ったら、昼間こやつらにちやほやされておった男か」

「覚えてもらっていて光栄だな。だが、世間話をする間柄でもないし、そんな時間でもないだろ。さっさとそのバカ達を返してくれ」

「ふん……猿山の大将気取りめが。だが、貴様には同情を禁じ得ないな。こんなにも愚かで役に立たない部下を持たされているのだからな」


 ガイドウが小馬鹿にした口調で言うと、トゥース達が申し訳なさそうに俯いた。そうだな、全くもってその通りだよ。


「確かにあんたの言う通りこいつらは出来損ないのポンコツ集団だ」


 大して強くもないくせに威勢ばかりがよくて、二言目には聖女様聖女様とうるさい連中だ。最初の頃は俺のことを目の敵にして、それはもう鬱陶しくて鬱陶しくて、何度ぶん殴ってやろうと思った事か。


「けどな、こいつらがティアリス・フローレンシアを護ろうとする気持ちだけは本物だ。そして、俺の大事な仲間でもある。そんな奴らが身に覚えのない罪で衛兵に差し出されるってなったら、放っておけないだろ?」

「兄貴ぃぃぃ!!」


 トゥース達が目を潤ませながらこっちを見ている。バカなペットでも懐いてくれば愛着が湧くってもんだ。


「いやいや、実に感動的ではないか」


 ガイドウがわざとらしく大仰に両手を叩いた。


「しかし、残念ながらこの者達を返すわけにはいかない。なぜならこやつらはこの教会に盗みに入ろうとしたコソ泥なのだからな」

「盗みに?」

「左様。大方お布施をいただきにでも来たのだろう。貴様らの主人がせっせと働いて稼いだ大事なお布施をな。ふっ……やはり冒険者など性根が腐った連中ばかりだ」

「てめぇ適当なこと言ってんじゃねぇ! 兄貴! 俺達は盗みになんて……!」


 俺は静かに首を左右に振り、必死に訴えてきたトゥースを黙らせた。わかってるよ。短い付き合いだが、お前らはバカだけどティアリスの信頼を裏切るような真似はしない奴らだってな。

 それにしても働いて稼いだ、ね。どうやらこいつらとディアリスでは考え方が違うらしい。ティアリスの治癒は'救い'だが、こいつらにとっては'ビジネス'なんだろう。まぁ、先立つものがないと生きてはいけないからどちらが正しいかなどと論じるつもりはない。だが、間違った行為はちゃんと指摘してやらねばな。


「……お布施っていうのはあれか? あんた達が控えめに上へと報告してるやつの事か?」

「……なに?」


 ガイドウの顔から笑みが消える。代わりに俺はニヤリと笑いかけてやった。


「教会も結構大変らしいな。毎日お布施の金額を教会を取りまとめる連合会とやらに報告しなくちゃならないんだろ? しかも、その大部分を納めなくちゃならない。そりゃ、ちょろまかしたくもなるよな?」

「な、何を言ってるんだ?」

「教会の運営資金のため……ってわけじゃなさそうだけど」


 俺は丸々肥えたガイドウの腹を見ながら言った。不摂生ここに極まれりって感じだな。どんだけ豪勢な生活してんだよ。


「まぁ、どっちにしろ感心できる事じゃねぇな。特に今日のお布施は俺らの大将がその人徳で必死に集めたものだ。教会への貢献っぷりをしっかりと報告してもらいたいもんだな」

「き、貴様……適当な事を……!」

「適当? それが適当かどうかはお前が一番わかってるんじゃねぇのか? 街の連中に聞き回ってもいい。あんた達がどれだけ教会に感謝の気持ちを差し出したのか、ってね。そうすりゃ採算が合わない事がはっきりする。……怖いくらいにな」


 ガイドウだけでなくトゥース達を拘束している神父達までもが冷や汗を流していた。という事は全員グルってわけか。聖職者が聞いて呆れるぜ。


はかりごとを企てるんだったら今日くらい我慢するんだったな。聖女が街にいる時は黒いからすが目を光らせているんだからよ」


 きな臭い連中だと思って'漆黒の監視者レイブン・アイズ'を放ってみたら、この教会の地下で大量のお布施を前にガイドウとその付き人が喜々として話してたんだよね。まぁ、魔王の俺には関係のない話だったから、トゥース達を見逃していたら、俺も見なかった事にしてやったものを。


「ざ、戯言ざれごとを! 貴様のような下等な人間の言葉など誰が信じるものか!?」

「少なくともあのお人好しの聖女は信じてくれるだろうよ。そして、彼女はこの教会を徹底的に調査する事を命ずるだけの力を持っている」

「ぐ……ぐぬぬ……!!」


 仮に俺が真実をティアリスに話したとしても、あいつは嘆き悲しむだけで何もしないかもしれない。だか、そんな事は関係ない。重要なのはこいつらのちっぽけな悪事が明るみになる可能性が少しでもあるという事だ。


「……こうなったらやむを得ん……! 我らの秘密を知った者を全て排でょ!?」


 光魔法を唱えようとしたガイドウの首を、一瞬で間合いを詰めた俺の右手が掴み、その体を持ち上げた。


「……舐めるなよ? これでも教会の重鎮である長司祭の護衛だぞ? お前らが魔法を放とうと悠長に腕を前に出す間に、俺はここにいる全員の腕を素手で切り落とす事だってできる」

「がっ……がっ……!」

「なーに、安心しろ。お前らがどれだけクズでも、慈悲深き我らが聖女様はきっと治療してくださる。腕が切れてもちゃーんと治してくれるぜ? 類まれなる力を持った彼女に感謝するんだな」


 ガイドウを掴んだまま、周りにいる神父達を睨みつける。ブルブルと震えながら怯えた瞳を向けているところを見る限り、すっかり戦意は消え失せたようだ。


「最後に二つだけ、お前らに言っておきたい事がある」

「ぐ……ぐるじい……!」

「これからは死ぬ気で患者を治せ。それこそティアリスの力など必要にならないほどにな。そうしている限り、お前らの悪事は俺の胸の中にしまっておいてやる」

「は……はひっ……!!」


 段々とガイドウの顔色が土気色に変わっていく。ここで息の根を止めるのは簡単だが、ティアリスの為にもそれをするわけにはいかない。


「そして、もう一つ」


 話をしながら、俺は左拳にグッと力を込めた。


「少しは痩せろ、デブ」

「がふぇ!」


 首を掴んでいた右手を離し、落下するガイドウの顔に左拳を叩き込む。そのまま十メートルほど跳ねていったガイドウは、だらしなく地面に横たわった。結構強めにいったけど、首と体は繋がってるか。指輪の抑えは偉大だな。


「ひ、ひぇぇぇぇぇ!!」


 蜘蛛の子を散らすように神父達が散っていく。おーおー大した逃げっぷりだ。


「兄貴ぃぃぃぃ!!」


 俺が神父達の逃げ様を観察していたら、突然トゥースが抱きついてきた。そして、ちょっと遅れて他の奴らも俺にしがみついてくる。


「暑苦しい! 離れろ!」

「兄貴まじかっけぇ! 超リスペクトっす!!」

「兄貴すげぇ!!」

「最高だぜ兄貴!!」


 たくっ……本当にしょうもない連中だな。こいつらがいっぱしの冒険者を気取ってるってなると、どうにも不安になってくる。まっ、根は悪いやつらじゃないってだけ、ここの聖職者もどき達よりだいぶマシだな。


 それにしても気にかかるのはティアリスの方だ。あいつ……いくら長司祭だからといって献身的にも程があるぞ。このままじゃティアリスの方が先にまいってしまう。別にどうでもいい相手なら放っておくんだが、彼女はリズの大切な人だ。つまり、俺の大切な人でもある。無理をさせて倒れられるわけにもいかない。


 明日、馬車の中でそれとなく話をしてみるか。

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