第11話 魔王、勇者に騙される
「それでは私達も行きましょうか。もう既に他の護衛を務めてくださる方々が外でお待ちだと思いますので」
そう言って大きなボストンバックを肩にかけたティアリスがせっせと部屋の外へ歩いて行く。随分と荷物が多いな。三日くらいかかるって言ってたけど、女の子ならあれぐらいの荷物は当然か。
「これは長司祭が持つモノじゃないな。俺が持つよ」
「あ、ありがとうございます……!」
なんと新鮮な反応か。リズだったら何も言わずに荷物を投げ渡してくるというのに。というか、三日も魔王城を離れるとなると、マルコキアスに連絡しておかないとなぁ……あいつ、すぐに小言を言うから。
「サクさんは荷物をお持ちじゃないのですか?」
「ん? 俺の荷物は……」
リズに急遽呼び出されたから適当に'
「男っていうのは女性に比べて荷物が少ないもんだぜ」
「そうなんですか」
うん、少ないっていうか手ぶらだよね。我ながら革袋すら持ってないってどうなの?
「そういえば、他の教会関係者は同行しねぇの?」
「はい。彼らには私がいない間の大聖堂を守ってもらいます。ここには朝夕問わず、傷を負った人々が足を運びますから」
「なるほど……って事は、本当に護衛の冒険者とティアリスだけで行くのか」
「そういう事になります」
リズが心配して俺に頼むわけだ。まだ見ぬ敵からも欲望に
再び大聖堂の中を通って外へ。出来る事ならもう二度と通りたくなかったけどそういうわけにもいかず、必死に平静を装いながら外へと続く立派な両開きの扉をくぐった。何という解放感。例えるなら限界まで海に潜ってから海面に出た時のような気持ちだ。
大聖堂の外には三台の馬車と十数人の男達が立っていた。見た感じ育ちはよくなさそうだ。まぁ、冒険者なんてこんなものだろう。それはそうと、なんでこんなに俺は注目を浴びているんでしょうか?
「皆様、大変お待たせいたしました。長司祭のティアリス・フローレンシアでございます。これから二週間ほど一緒に旅をしていただきますが、どうぞよろしくお願いいたします」
ティアリスが懇切丁寧に挨拶をすると、男達はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。ふむ、確かにティアリスは魔族の俺から見ても可愛らしい。小柄なところが
この人、今二週間って言いませんでした?
ギギギッと油切れを起こしながら横に目を向けると、ティアリスが素敵な笑顔で応えてくれた。その瞬間、野郎共から嫉妬の視線が降り注ぐ。その目は「誰だ、てめぇ? ティアリス様から離れろくそが」と言っているようだった。というか、実際に聞こえているから普通に口で言われてる。
「すみません、紹介が遅れてしまいました。この方は遥々ライブラ王国から来ていただいた騎士のサク・リーファイスさんです。皆様と共に私の事を護衛してくださる心強いお仲間です」
なるほど。心強いお仲間を見るような目をしている者が誰一人としていないのはどうでもいいとして、おかしい……おかしいぞ。確か、リズの話じゃ三日間だっただろ。なんでロスタイムが一週間以上もあるんだよ。
と、そんな事を考えていたら腕につけているリンクがメッセージを受信した。
『そういえば三日間じゃなくて二週間だったわ(´∀`*)テヘ』
「テヘじゃねぇだろぉぉぉぉ!!」
怒りに任せてリンクを地面へ叩きつける。絶対確信犯だろうが!! 三日と二週間は間違える奴なんて見た事ねぇわ!!
「……ど、どうかなさいました?」
興奮するあまり肩で呼吸をしていたら、隣にいたティアリスが困惑した顔で俺を見ていた。気が付けば冒険者達も呆気にとられた様子でこちらを見ている。いかんいかん、魔王ともあろう俺が冷静さを欠いてしまった。ここは落ち着いて事にあたるべきだ。
俺は咳ばらいを一つ挟みつつ、何食わぬ顔で地面に落ちたリンクを拾い、手首にはめた。
「ライブラ王国騎士団所属のサクだ。短い間だが、よろしく頼む」
さらりとそう告げると、俺は
「……それでは行きましょうか」
未だにぼけーっとしていた冒険者達がティアリスの言葉で我に返った。はぁ……二週間も聖女のお守りをしなきゃならんのか。リズの頼みごととはいえ、中々に辛い。とりあえず、マルコにメッセージを送っておこう。
「おい、騎士様よぉ」
俺が憂鬱な気分でリンクを操作していると、冒険者の一人が話しかけてきた。なんだ、こいつ。前歯が一本ないんだが。
「俺様がこの荒くれ共を取りまとめるリーダー的存在のマヌーサ・セレサントスだ」
マヌーサ? なんか攻撃が当たりにくそうな名前だな。ていうか、覚えるの面倒くさいから歯抜けでいいや。
「サクだ。よろしくな」
そう言いながら右手を前に出すも、歯抜けは俺を見てニヤニヤしているだけだった。あれ? 人族は握手とかしないのか?
「悪いんだけどよぉ、他の国の騎士様が来るなんて思いもしなかったからよぉ、あんたの席、ねぇんだわ」
「席がない? それは馬車の事を言ってんのか?」
「そうに決まってんだろ?」
ふむ。ここにいる冒険者は十六人。馬車の大きさ的に無理をすれば十人は乗れそうな大きさだ。それが三台もあるのに俺の席がないって事は……そういう事か。
「歯抜け……お前、さては算数が苦手だな?」
「なんでだよっ!?」
俺がニヤリと笑いながら指差したら、すげぇ勢いでツッコまれた。これは図星の臭いがプンプンする。
「だって、馬車が三台もあればここにいる連中は楽々乗れるだろ? それくらい計算出来なくてどうする歯抜け?」
「バカが! ティアリス様をこんなむさ苦しいバカ共と同じ馬車に乗せられるか!」
「なに……?」
ま、まさかそんな気遣いが出来るとは……
「彼女は冒険者リーダーで、ハンサムで優しいこの俺と二人っきりで馬車に乗るんだよ! そんでもって聖女様は俺様の魅力で骨抜きになっちまうのさ!」
前言撤回。こいつは歯抜けのバカだ。骨抜きにする前に歯を抜かれないようにしろ。
「何を言ってるんだ歯抜け。鏡を見てから物を言え歯抜け。百歩譲って歯抜けだから『ハンサム』じゃなくて『ンサム』だって主張しても誰も認めないぞ歯抜け」
「歯抜け歯抜けうるせぇよ!!」
むっ……身体的特徴はこいつのアイデンティティだと思ったが、コンプレックスの類だったか。これは悪い事をした。
「悪い、気にしていたのか。次からはマヌなんちゃらと歯抜けの間をとって間抜けと呼ぶ事にする。間だけに」
「いや、全然上手くねぇから!! それもう悪口だろうが!!」
歯抜けが顔を真っ赤にして抗議してくる。やばい、なんか面倒臭くなってきた。
「とにかく! お前みたいな余所者の居場所はないって事だ!! 一緒に来たいんだったら走ってついてこいよっ!!」
なんかすげぇ絡んでくるな、こいつ。俺はさっさと出発したいんだけど。
そんな事を思っていたらティアリスがこちらに近づいてきた。
「リーダーさん、そろそろ出発してもよろしいですか?」
「え、あ、は、はい! もちろんでございますです!」
一瞬で直立不動になる歯抜け。おいおい、骨抜きにするんじゃなかったのか?
「わかりました。ではサクさん、行きましょう」
「え?」
「え?」
不本意にも歯抜けと同じ反応をしてしまう俺。
「冒険者の皆さんのご厚意で女の私一人に馬車を使わせていただけるようなのですが、それでは少し寂しいのでサクさんもご一緒していただけませんか?」
「あ、はい」
反射的に返事をしてしまった。そのままティアリスは先頭の馬車に歩いていってしまったので仕方なく俺もついていく。やれやれ……背中に刺さる視線から察するに前途多難な旅になりそうだ。
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