乙女ゲームの脇役に転生してしまいました⑥




数分前 エミリー視点



―――おかしい。

―――何かがおかしい。


エミリーは去っていくベンジャミンの後ろ姿を見つめていた。 庶民である自分に王子であるベンジャミンの態度としてなら別に不思議はない。 寧ろかなり寛大であったとも言える。 だがしかし――――


―――私はゲームのヒロインに転生したはずでしょ?

―――そしてベンジャミン王子と結ばれるんでしょ?

―――なのにどうしてフラグが立たないの!?

―――ここまで私は口調までもヒロインになりきっているというのに!

―――もしかして、ここはアプリの世界じゃないとか・・・?


アンジェもエイダだけでなく、エミリーも転生者だった。 もちろんエミリーは二人が転生者であるということは知らないが、各々が自由な行動を取るためシナリオが崩れ始めてしまっていた。 

主人公特性とはゲームにおいては無敵の属性で、どんなに有り得ない展開も可能にしてしまう力がある。 だからこそゲームのシナリオは面白く組み上がる。 

そして、エミリーはここがアプリの世界のはずなら間違いなく主人公であった。


―――ベンジャミン王子とは些細なことが積み重なり、フラグが立っていくはず。

―――そして今は物語の終盤。

―――それなのに、未だにベンジャミン王子の気を引くことができていない・・・!


エミリーは混乱し始めていた。 もしアプリのシナリオ通りにいかなければ、自分は庶民のままになってしまう。


―――悪役令嬢は王子に選ばれず、罰を受けるのが筋書きでしょ?

―――なのに、まだ何もしていない令嬢が逃げ出すってどういうこと!?

―――そんなのシナリオにはなかったじゃない!

―――ベンジャミン王子は二人の後を追ったわよね?


エミリーは主人公特性を持ってはいるが、庶民であるため権力や財力などの力は少ない。 もちろん特殊な能力も持っていないし、友人はいるがその友人も力を持っていない。


―――それでも私は諦めない。

―――ベンジャミン王子と絶対に結ばれるんだから・・・!


そこである予感が過った。


―――・・・ここまでシナリオが崩れているということは、もしかして悪役令嬢も転生者っていう可能性はある・・・?


エミリー本当の名前は有紗であり、三人共現在は知らないが現世で関わったことのある三人だ。


―――とりあえず、ベンジャミンの後を追うのが賢明ね。


幸い王子は徒歩で移動したためその後を付けるのは難しいことではない。 正門前でベンジャミンが誰かと合流するところを影に潜んで眺めていた。


―――アンジェとエイダ、だったっけ・・・。


予想はしていたが悪役令嬢とその親友が捕らえられている。 二人は押し込まれるように馬車に入れられ出発した。 普通王族が使うような乗り物とは全く思えない貧相な馬車だ。


―――一体何が起ころうとしているの・・・?


そのまま馬車の後を付けると別荘に辿り着いた。


「別荘・・・? ここで何をする気?」


街の中心からは外れ人通りが少ない場所。 華やかさは全くなくとても王子の別荘だとは思えなかった。


―――まぁ、そもそも別荘なんてゲームには一切出てこないからね。

―――えっと・・・?


やはりゲームの世界であることに間違いないが、シナリオはかなり違うように思えた。 元々庶民のエミリーは悪役令嬢のアンジェがいなければ王子と結ばれることなんて有り得ないのだ。

アンジェがいるからこそ自分にも接点ができる。 つまり自分のためにも彼女の存在は必要不可欠だった。

 

「この別荘はどこから入れば・・・」


馬車はそのまま門をくぐっていき、閉じられたそれはとても一人では通れそうにはなかった。 途方に暮れていたが、運がいいことに一台の馬車が別荘の門に近付いていき止まった。 

門番らしき人と何やら交渉をしているようだ。


―――食べ物とかを運んでいるの?

―――都合がいいわね。


正門から訪ねたところで入れてもらえるわけがない。 だからこっそり馬車に忍び込めば中に入れると考えた。 正直、後先考えない行動ではあったが、このチャンスを逃すわけにもいかなかったのだ。 

この世界で何が起きているのかを知らなければベンジャミンとはフラグが立ちようもない。 薄々何か得体のしれない気味悪さを感じてはいるが、もう行動しようとする身体を止められなかった。 

馬車に忍び込もうとしたところであるものを発見した。


「・・・え? これは令奈が自慢してきた横浜の限定ストラップ!?」


有紗もほしいと思っていたのに抽選で外れて悔しい思いをしたソレだ。 今朝、見せびらかすように令奈が持っていて、イラっとしたのを忘れるはずがない。 

悪役令嬢アンジェが付けているものに似ているが、アプリのファンである有紗が見間違うはずもなかった。


―――どうしてそれがここに?

―――もしかして令奈もこの世界にいる?

―――・・・まさか、あの悪役令嬢!?


だとしたら納得ができる。 悪役令嬢の様子がアプリでの様子と全然違うからだ。 令奈とは現実ではそりが合わず口喧嘩をすることが多かった。


―――愛海もよく口喧嘩をしているのを見るけど、それはアプリに関して話をする時だけだからね。

―――趣味が合わないのによく一緒にいられるわ・・・。

―――アンジェはゲームのシナリオでは処刑されることになっている。

―――令奈がもし悪役令嬢なら・・・。


エミリーは悪役令嬢が現実で不仲だった相手と分かり侵入することを止めようかと躊躇った。 だがすぐに首を振る。


―――・・・でもやっぱり駄目。 

―――いくらいがみ合っていても、殺されちゃうのは駄目。 

―――私が助けに行かなきゃ・・・!


恋のライバルになるが、同じ現世からの転生者なら価値観を共有できる唯一の相手でもある。 

この世界で生きるしか術がないのならシナリオに沿うのが一番だが、シナリオが崩れている今、何の保証もないのだ。 しかし決心して馬車に乗り込み驚愕の事実を知った。


「貴女は、誰?」

「え?」


馬車の中には貧相な格好の女性が大量にいた。 全員鎖で繋がれ自由に歩けないようになっている。


「そういう貴女たちは?」

「私たちは売られたの。 王子の元へ、大金で。 たとえ奴隷でも王子のもとでならいい暮らしができると思う」


そうは言うがボロボロの服装を着て繋がれているところを見るととてもそうは思えなかった。


「・・・まさか、ね」



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