乙女ゲームの脇役に転生してしまいました

ゆーり。

乙女ゲームの脇役に転生してしまいました①




明滅するスマートフォンの画面に、まさに王子様といった王子が笑顔を見せている。


―――ううん、眠い・・・。

―――でもまだ続きが気になる・・・!


愛海(アイミ)は夜遅くまで最近ハマっている恋愛アプリをしていた。 眠い目を擦り付け、スマートフォンの画面をタップする。

現在のシーンは愛海の分身となるヒロインではなく、攻略対象の王子とライバルである令嬢のワンシーンを見せられていた。


『アンジェ。 今週の日曜日、空いていたりする?』

『もちろん! 空いているけど、どうしたの?』

『アンジェと二人きりでデートがしたくて』


アンジェはメインヒロインの敵役として用意されたキャラクターで、華やかさと豪華さを併せ持つまさにボスに相応しい存在。 

身分の違う主人公は本来二人とは立場を並ぶことなど叶わないが、そこはゲームということで上手いことフラグが立つようシナリオが書かれていた。


―――今週の日曜日、悪役令嬢と王子がデートだって・・・!?


悪役令嬢であるアンジェと王子であるベンジャミンがデートをするらしい。 愛海はスマートフォンを投げ付けそうになるのを抑え必死の形相でスマートフォンをタップする。


「そんなの駄目だよ、ベンジャミン王子! このアンジェっていう令嬢は悪い奴なんだから、騙されないで!」


愛海は画面に向かって忠告する。 当然その声がアプリの中に届くはずがない。 恋愛アプリは学園もので、ヒロインの自分はベンジャミン王子のことを好いている。 

ヒロインと王子は長い時間をかけ、着実に距離を縮めてきたのだ。 だがこのデートを機に二人が婚姻関係を結んでしまうようだ。


「婚姻だって・・・ッ!? もう、ベンジャミン王子! アンジェの性格の悪さに気付いて!!」


令嬢のアンジェはベンジャミン王子に近付くヒロインを嫌っていた。 時代設定が中世ヨーロッパでもイメージをしているようなため当然なのかもしれない。 

庶民であるヒロインが王子に近付くことなんて普通は有り得ない。 だからヒロインを王子の見えないところでいじめていたのだ。 

散々嫌がらせを受けるヒロインを見てきて、愛海はアンジェのことを嫌っていた。 続きが気になり物語を進めようとすると一日分のチケットが切れてしまう。


「あ、また課金しなきゃ・・・」


バイトで溜めたお金はほとんどアプリの課金に使っている。 チャージしたお金を全てアプリに注ぎ込み物語を続けた。


「あ、ついに来た来た! 遭遇シーン!」


だがある時アンジェがヒロインをいじめている現場にベンジャミンが遭遇したのだ。


「明日は学校がある・・・。 でも今は、続きの方が大事だから!」


それを見たベンジャミンはアンジェに激怒し婚約を破棄した。 そして令嬢は死刑となった。 最終的にヒロインと王子が結婚するという物語だった。


「感動した・・・」


自然と愛海の目からは涙が出ていた。 余韻に浸ったまま今日は眠りについた。 翌朝になって親友である令奈(レイナ)と一緒に学校へ向かっていた。


「ねぇ、聞いてよ! 昨日ついに最終話まで進めてさぁ!」

「ふーん」

「令嬢と王子が婚姻したと聞いた時、本当に焦っちゃって! でも無事令嬢を懲らしめることができて、スッキリしたなぁ」

「そうなんだー」


テンションが高い愛海とは反対に令奈は興味なさそうである。


「本当に面白いアプリだったの! ねぇ、令奈もやってみてよ?」

「えー、嫌だよ」

「どうして? 一度やってみたら恋愛アプリにハマるよ?」

「何度も言っているけど、私は架空の人とラブラブになれても嬉しくないの! 分かる!?」

「・・・それは分かる、けど」


確かに分かるが、現実では絶対にできない恋愛をできることがアプリのよさだと思っている。 どんな幸運が起きても自分は今の時代で王子と恋愛することは不可能であると思った。 

それなら地球に隕石がぶつかって爆発する方がまだ可能性はありそうだ。


「現実の方が大事! だから愛海には彼氏ができないんだよ?」

「それはまた別の話というか・・・」


とはいえ、現状では二人に目ぼしい相手はいない。 学校のクラスメイトを想像してみるが、精神年齢の低さが目に留まり恋愛をしている自分の姿を想像できなかった。


「そんなことより! ねぇ、何か気付くことはない?」


令奈はどこか不満そうな感じだったが、それを振り払うかのように一回転して見せた。 その様子からして、身に着けているものに何かあるのだろう。


「えっと・・・? いつもの制服にいつもの顔で・・・」

「ちょっと、何か失礼な言い方ね」

「いやいや、そんなことは。 で、髪型もいつも通りで、って・・・! あぁーッ!」

「ふふーん。 気付いた?」


ここまでやって気付かなければ流石にどこか問題がありそうだが、令奈の頭に昨日まではなかった髪飾りが付いているのを発見した。 

女性アーティストがデザインした限定品で、愛海が好きなアプリのキャラクターが頭に付けているものとそっくりなため滅茶苦茶ほしかったものだ。


「どうして!? え、え、当たったの・・・?」

「そう! 愛海はハズレちゃった・・・?」


ハズレたという連絡はなかったが、当選の連絡もなかったためそういうことなのだろう。 アプリの悪役令嬢アンジェのものではあるが、好きなアプリということでそこはあまり関係ないのだ。 

ヒロインだろうがライバルだろうが、デザインは可愛くてほしいものはほしい。 羨ましく眺めていると、二人の耳に空気をぶち壊す言葉が届く。


「・・・バッカじゃないの」


浮かれた二人の横を通り過ぎながらそう口にして言ったのは同じクラスの有紗(アリサ)である。 別に何か理由があるわけではないが、いがみ合うことが多く口喧嘩が絶えない。

どうやら髪飾りを付けているところを見ているようだ。


「学校にそんなの付けていったら先生に怒られるだけでしょ。 そんな限定品が当たったからって、わざわざ自慢するかのように見せびらかしちゃって」

「自慢するつもりじゃなかったんだけど。 でも、確かにそうね。 このままだったら没収されていたかも。 ありがとう」

「べ、別に感謝される筋合いはないわ。 馬鹿じゃないの、って言ってるの!」


そう吐き捨てると有紗は足早に学校へと去っていった。


「忠告は有難いけど、ちょっと感じ悪いよね」

「きっとあの子も限定品がハズレちゃったんだよ。 私もほしかったもん」

「あはは、ごめん、 つい嬉しくて浮かれちゃって・・・」


令奈は今の件でかなりシュンとしてしまったようだ。 かける言葉も見つからず、静かに二人は歩いていく。 どうにも間が持たず溜め息をつきながらスマートフォンでアプリを開いてみた。 

するとトップで攻略したばかりの王子が現れ、笑顔で手を差し伸べてくれていた。


「あぁ、王子・・・!」

「もう。 愛海は夢を見過ぎなんだって」

「夢くらい見た方が幸せだよ」

「現実にはそんな出来過ぎた王子なんていないよ」

「だから、夢くらい見せてもらってもいいじゃん」


いじけながら再びアプリを見る。


―――あぁ、ベンジャミン王子・・・。


ベンジャミンの笑顔を見るだけで愛海はメロメロだった。 その時急に車のブレーキ音が聞こえてきた。


「愛海!!」

「え?」


気付いた時にはもう遅かった。 愛海は赤信号であることに気付かず歩道を渡っていたのだ。


―――私、死ぬの・・・!?


令奈が愛海の名を呼ぶと同時に愛海は令奈に突き飛ばされていた。



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