第20話 商談とジョーダン


 私の後ろを歩くスーザン。スーザンの懐には発毛剤を忍ばせております。ふっふっふっ。売りつけてやりますわよ、ええ。


 お相手はナタリオ・パチェコ伯爵。浅黒い肌のスキンヘッドの男性です。彼、見た目はとても強面ですが黒い噂は聞かない方ですし、信用できると思うわ。


「それで、アレクサンドラ嬢。お話とは?」


「ええ。実はこの前東洋の‥」


「あ。もしかして私に何かを売りつけようと?」


 パチェコ伯爵の目がギラリと光りました。こうなったら誤魔化しても無駄です。私は左手を上げてスーザンに合図を送りました。


「申し訳ないが、私は心に決めた商人からしか物を買わないんだ」


「世界には様々な物が溢れています。そう視野が狭くては勿体無いですわ!」


 スーザンから渡された発毛剤は、私の手によって高く掲げられました。ちょうど街灯の灯を浴びてまるで発光しているかのようです。


「おおお!!なんとそれは!!!幻の‥幻の発毛剤!!!」


 パチェコ伯爵の目が輝きに満ち溢れています。凄い好感触だわ!!口元に手を当てて「はわわ」と口にしているし、どうやら一気に心を奪われたようね。クラリッサ嬢、なかなかやるじゃない。‥と、その時でした。


「きゃあっ!!」


 あまりにも一瞬の出来事でした。私の手に握られていた発毛剤が何者かに奪い取られたのです。


「追います!」


 直ぐ様スーザンが動き出しました。泥棒の正体は恐らく猿‥!!紫色のリボンが首に巻かれていましたので、どなたかの飼い猿かと。

 こうしちゃいられないわ!私も行かなくては!!スーザンの後を追うようにして私も走り出しました。スーザンは手摺を利用してピューンと滑りながら降りて行きましたが私にそれは出来ません。長く続く階段、その下にいるお猿さん。

 焦りながら一歩踏み出すと明らかに体が宙に浮きました。


 あ、踏み外しちゃったわ‥や、ば‥‥




 咄嗟にグイッとお腹に腕が巻かれ、私の体は止まりました。


「あっっぶなっっ」


 そのままひょいっと持ち上げられます。どうやら右手で階段の中央にあった手摺を掴み、左腕で私を助けてくれたようでした。

 地上に戻され、私はまだバクバクと煩い心臓に両手を置きます。


「あ、ありがとうございます、レックス様」


 この長い階段を転げ落ちていたのかもしれないと思うとゾッとします。一泡吹かせていないまま借りを作ってしまったのは癪ですけど、感謝せざるおえません。


「‥本当気をつけてください。落ちたらどうなっていたことか」


 レックス様がたまたま居合わせてくれてよかったわ‥。まだバクバクは止まりません。それはレックス様も同じようで、心臓に手を当てて息を吐いていました。


 すっかり存在を忘れていたパチェコ伯爵がボソッと、「つり橋効果‥」と呟いていました。‥一体なんですの?それ‥。



*その頃のジュリア


 アリー、どこなの?どこにいるのっ?

アリーを追いかけていた筈なのにぐるぐるぐるぐる、同じところばかり回っている気がする‥!

 アリーが昔私のこと方向音痴って言ってたけど、本当だったんだね!ああ、どこだろう、アリー!!


 私はキョロキョロと辺りを見ながら半泣きだった。


「ジュリア様っ、どちらに向かわれるのですかっ!!」


 ライラは私を探してくれていたみたい。


「ア、アリーをね、探したくて」


「私は直ぐにジュリア様を追いましたがまさかこんなところをグルグルしていると思わなくて一瞬見失っていました!すみません!」


「あ、いや、いいの!ア、アリーのところに行きたいっ」


 涙が溢れてしまいそう。アリーに何かあったら、どうしよう。


「分かりました!ジュリア様、ずっと左に曲がっていてはまたぐるぐるしてしまいます!次は右です!」


「わ、わかったわ!!」


 すんすん、と鼻が疼く。泣き出す5秒前、そんな感じ‥。だけど泣いてたらアリーを探せないから泣かないで頑張らないと‥。


 ここにきて初めて右に曲がった時、誰かにぶつかって私は後ろに吹き飛んでしまった。


「ジュリア様?!?!?!」

「マティアス殿下!!!!」


 ごっつんこです。盛大に。ここは曲がり角、お互いが死角だったみたい。


 いてててて、と額に両手を当てる。ぎゅっと目を瞑ったせいで堪えていた涙がポロポロ落ちた。

 相手の人、大丈夫かな。そう思ってチラッと見上げる。たぶん私より年下みたい。おでこの位置が同じくらいだったし‥


 でもなんかこの人、すっごい顔を赤くして、私の顔をじっと見てる‥?


「マ、マ、マ、マティアスで、で、殿下!!大変申し訳ございません!!!!!」


 ライラが地面にめり込みそうな勢いで謝ってる。

殿下‥‥?あ、この人殿下なのか‥。


 殿下の周りの人達が私たちに何か言ってる。すごい怖い声。


 だけど殿下がそれを制した。


「な、名前は‥!!」


「‥‥え?」


 名前まで聞かれて復讐されるのかな。ずっと顔真っ赤だし、すごく怒っているのかも。


「殿下。こちらの方はノーランド侯爵家のジュリア嬢です。レックス・ドレイパー公子とご婚約されております」


「っ!」


「‥‥あ、あの‥。ぶつかってしまってごめんなさい」


「お、お、俺はマティアス!俺こそ悪かった!!」


 いたずらっ子のような、わんぱくそうな、そんな男の子。あ、男の子って言ったら怒られるか。殿下、うん。殿下。


「実は妹を捜索してまして、急いでてあまり前を見てなくて‥」


「お、俺も!俺もジョーダンを探してたんだ」


「ジョーダン?」


「猿だよ!飼い猿!妹と猿、一緒に探そう!な?」


 結構強引だけど、私にとっては力強くも感じた。私が頷くと、殿下は嬉しそうに私の手を取って走り出した。


 殿下の髪はアリーに似て金色だから、少し親近感が湧く。

強引に引っ張られると、私がオドオドしてても関係ないから楽。


 何より、男の子とこうして走るのは初めてで、なんだか少しだけ楽しいと思ってしまった。

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