第12話 ダブルデートですわね!
馬車の中、私は遠くに聳える山の稜線をぼうっと眺めておりました。
心の中は「なんですって」のオンパレードですが、レックス様は恐らくもう忘れていることでしょうし、ここまで乱されるのも屈辱なわけで。
明らかに苛立った状態で顔を合わせれば「えっまだ怒ってる~」と腹の中で笑われるに決まっております。そう、冷静にならなくては。
全く気にしていない素振りでいなければ、その時点で負けなのです。何の勝負かは分かりませんがきっと負けなのです。平然と過ごして、どこかでサラッと一発やり返す‥それが今日の目標ですわね。‥ええ。レックス様のせいで平穏とはかけ離れた1日になりそうですわ。
‥というか、レックス様がいらっしゃるということは、単にレックス様とジュリアのデートというわけですよね。‥私、お邪魔ですよね。‥‥もしや、私はもじもじジュリアのフォロー役で呼ばれた‥なんてことないですわよね?!あぁ!どうしましょう!!冷静でいたいのに怒りが湧いてきましたわ‥‥!!
向かいに座るジュリアは私の心情など分かるわけもなく、楽しげに馬車に揺られております。私の苛立ちをぶつけられる所はここにはないので、馬車の外にこの鬱憤が流れていくようにと、私はまた溜息を吐くのでした。
「‥‥アリー、私、楽しみ」
頬を緩ませて、目尻まで下げて。まるで溶けてしまいそうな顔で、ジュリアはそう言葉を落とします。幸せそうね‥。
「‥ふんっ」
苛立っていたはずなのに、ジュリアが気の抜けるような顔を向けてくるものだから、私は扇子で口元を隠しました。ジュリアのぽわぽわにあてられて妙に口元が緩んだ気がしたのです。
馴れ合うなんてまっぴらごめんだわ。私までアホになるなんて耐えられないもの。
「‥アリーは、楽しみじゃない?」
ジュリアの眉が下がりました。反対に、私の眉は吊り上がります。いや、基本的にずっと吊り上がっているのかもしれませんけど。
「‥‥絵画は楽しみですわ。美術館なんて久しぶりですもの。だけど、絵画以外のことを考えなくちゃならないなんて気が重たくて仕方ありませんの。レックス様が来るなら、本来私はお邪魔虫ですわよね。それとも私はお姉様とレックス様の通訳として呼ばれたんですの?」
「っ‥‥。あ、あの‥‥も、もうひとり‥」
「え?」
「もう1人、来るの‥」
「‥‥なんですって?」
「私、2人きりは緊張してしまうとレックス様にお伝えして‥そしたら、アリーを呼びなよ、と‥。俺の友だちも連れていくから、と‥」
「‥‥‥それを早く言って頂けます?」
「ご、ごめん‥」
「‥‥まぁ、2人の邪魔になるわけじゃないならまだマシですわ」
2人の邪魔になるのが嫌だと言っても‥そもそもレックス様に警戒心を強めている今、ジュリアの婚約者がレックス様で本当にいいのだろうかという危機感を抱き始めているわけで。
ノーランド家は大きな力を持つ侯爵家ですが、もちろんノーランド家を継いでくださるのはお兄様。わたし達姉妹は出荷の如く嫁に出されるのが生まれた時から決まっています。
レックス様のドレイパー公爵家は元々王家の血が流れておりますし、他国の姫の血も流れております。まぁつまり王家に匹敵するほどの大大大貴族です。‥‥もちろんドレイパー公爵家との繋がりはノーランド侯爵家にとって非常に重要ですし、こんなチャンスは二度とないかもしれません。しかし他にも殿方は沢山いらっしゃるわけで、ドレイパー公爵家ほどの大貴族じゃなくても、力を持つ名家は沢山あります。いくら父の命で出荷される運命であっても、少しは足掻きたいのですわ。
‥‥レックス様が他に嫁候補を探してくれたらなぁ‥。そしたら私がありとあらゆる力を使ってレックス様の評判を地に下げて、ジュリアを可哀想な美少女という位置にして婚約破棄に
まぁ、ジュリアが既にレックス様に惹かれているなら話は別になるのだけど‥。
そうして頭を悩ませている間に、どうやら美術館に到着したようでした。
降りた先に立っていた人物を見て、私は目を見張りました。
そこにはレックス様と‥‥グレン・ペリング伯爵がいたのです!!!
そうです!最近の私の一押し!キリッとした眉に甘いマスクの彼です!!きゃあああ!なんてことですの!あーー、来てよかった!
そうです、私、意外と単純なんですの。
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