第9話 私からも差し上げますわ


 私とスーザンがモールス信号を始めたのは数年前。もちろんただの暇つぶしでした。私はそれまで暇な時間を埋められる趣味がなかったのです。

 ピアノも刺繍もダンスも絵画も。すべて中の中、つまりとても無難にこなせました。「ここまでできれば文句ないでしょ」というとっても可愛げのない子どもだった私は、更に腕を磨く熱量も持っていませんでした。


 一方でジュリアはとっても不器用。だけど努力を重ねて、ジュリアも今では刺繍やダンスなどを無難にこなせます。ジュリアが努力している姿が当時は痛々しく感じるほど、ジュリアは必死でした。



「はぁ‥」


 自室に入ってソファに腰を下ろすと、一際ソワソワしている人がひとり。私がジィッと見つめると、面白いくらいに震えています。


「ア・ン・ナ・ちゃん」


 にぃっと目を細めました。

‥さぁ、どうやって扱いてやりましょうかねぇ。


「あ、あ、あの、ど、どうして私が‥」


 ジュリア様の侍女は私だけではないのに何故私が選ばれたの?って言いたいのよね。どうしてアンナが選ばれたっていうより、アンナ目的で吹っかけたんだからアンタがここにいるのは当然のことなのよ。


 私が天女のような笑顔で微笑んでやってるのに、アンナはまるで悪魔を見ているように震え上がっているわ。失礼しちゃうわね。

 まぁアンナは私の悪口をガンガン話していたし、ジュリアぽわぽわ隊の隊員だし、私のことはジュリア様を虐める悪い奴!とでも思っているでしょうから仕方ないわね。


「貴女に伸びしろを感じたからよ」


 そう言ってフッと笑うと、アンナが驚いたように目を見張りました。

アンナのオレンジ色の長い髪は後ろで一本に編み込まれています。化粧はナチュラルに、だけど目尻には流行りのパステルピンクのシャドーが控えめに乗せられていました。


 超絶美人ってわけじゃなく、本来の顔面偏差値は中の中くらいでしょうね。だけど、自分の見せ方が上手なのよねこの子‥。全体のバランスもいいから美人に見える。

 明るいオレンジ色の髪と喧嘩をしない程度の、うっすらとしたパステルピンク。髪の毛だって朝に自分でやっているんだろうから器用だしお洒落なわけで。

 アンナに自信をつけさせてぽわぽわに負けない強い心を作れば、アンナの技術でジュリアは更に磨かれるのでは‥?少なからず社交パーティーに民族化粧はしなくなるんじゃないかしら。


 ‥アンナを鍛えている間、ライラにジュリアを抑制してもらって‥アンナが育ったら人事交流は一旦終了‥ってことでいいかしらね。


 でも忘れちゃいけない問題があるのよね。そう、アンナ物乞い事案‥。


 慈悲深く、ちょろいジュリアだからこそ付け込めたんでしょうし、私にはそんな姿見せないでしょうね。ひとまず警戒心を解いて仲良くなるところからかしら。


「アンナ、私の髪を結い直してちょうだい。化粧も直してもらおうかしら」


「はっ、はい!」


 アンナはテキパキと行動していました。

指先は震えていたようだけど、何をすればいいの?とオロオロするよりはマシでしょう。鏡越しに見るアンナの表情は少しウキウキしているように見えて、髪をいじったり化粧をすることが本当に好きなんだろうな、と感じました。


 やっぱりね‥この子、センスあるじゃない。


 金の髪はアンナの魔法にかけられたかのように器用に編み込まれていき、アイシャドーはワンポイントで赤色が入れられていました。派手に見えるはずなのに、見事にバランスが取れています。


「凄いじゃないアンナ!」


「えっ?!あ、あ、ありがとうございます!」


「ジュリアの格好を見てセンスのカケラもないと思っていたのに、センスがある人が近くにいたのね」


 ちらりとアンナを見ると一瞬眉が動いていました。

‥よっぽどジュリアが好きなのね。それなら何故ジュリアに付け込むようなことを‥


「‥‥め、滅相もございません」


「‥‥‥‥ところで、アンナ。貴女どこか体が悪いの?何か苦しいことでも?」


 よくよく考えたら‥別に直球で聞いたって良いんじゃないかしら。

いつになっても私に気を許さないかもしれないし、ど直球で確認すれば今後ジュリアに物乞いすることも躊躇うようになるのでは‥?まぁ私は確実に今よりももっと嫌われるでしょうけど。


「‥い、いえ、特には‥。あ、その‥以前はよく体調を崩してしまうこともあったんですが、今は健康です」


「ふぅん。‥‥ジュリアは優しいでしょう?」


「‥えっ?」


「ジュリアから色々貰ってたんですって?」


 別にジュリアが良いなら私が口を挟むことでもない。けど、ジュリアを慕ってジュリアに誠実な侍女ならば、付け込むようなことはしてほしくない。それだけですの。‥‥あ、いや。これも別にジュリアの為とかでは勿論なくって、ノーランド家に仕えるならもう少し誇りを持って働きなさいと諭したいだけですのよ、ええ。


「‥あ、はいっ!!」


 わ、目を輝かせてるわこの子‥

もしや悪気は全くない‥‥?


「‥‥一体どんなものを貰ったの?」


「えっと、香水や化粧品、アクセサリーに‥あ、この間は有名ブランドのコーヒーカップまでいただきました」


 へぇ‥呪われるヘアブラシとか、臍の匂いの枕とか、発毛剤とかじゃないのね‥。ジュリアが自分ので選んだら間違いなくガラクタになるでしょうから‥‥


「それは、これが欲しい、とお願いしたのかしら?」


「はいっ!そうです!」


 キラキラキラキラ~っとアンナの周りが煌めいているわ。

そうか‥貴女はいま、まるで素敵なパトロンを見つけた気分になっているのかもしれないわね。それも悪気なく無意識に。


 何度も言うけれど、ジュリアが良いなら本来口を挟むことでもないけれど‥アンナも子爵家の娘だった筈だし、気品が足りないんじゃないかしら。ジュリアが自ら、侍女に感謝の意を込めてプレゼントするなら話は別よ。


 ジュリアの侍女としてまともに仕事もできていないのに、強請るだけ強請っているなんて。


「ジュリアは優しいものねぇ。あ、私もね、ジュリアから貰った宝物が沢山あるのよ。貴女は暫くジュリアを恋しく思う日々が続くでしょうし、特別に差し上げるわ」


「えっ?!宜しいのですか?!」


 何かを貰うっていうことに過剰に反応するわね。


「ええ。この枕なんだけど‥。とっても安眠できるそうよ。ただ、袋は絶対に外しちゃだめよ?」


「分かりましたっ!ありがとうございます!!」



その日の夜、アンナの自室にて。


「はぁー、本当怖かったけど‥意外と普通だったな、アレクサンドラお嬢様。初日なのにプレゼントまで頂けたしっ!ジュリア様から貰った宝物を下さるなんて!」


 そうして早速枕に頭を乗せるが袋越しなのでシャカシャカと煩い。そのうえ布の質感も感じられず、アンナは頭を上げた。


「どうして袋から出しちゃダメなのかしら」


 理由はわからないけどこのままでは安眠できないし、せっかくの安眠枕なんだから安眠したいわ!とアンナは袋を開けた。


「ウッ!!!ーーーオエエェェェェェッ!!!」



 この日の深夜、ノーランド侯爵家には何者かの奇声が響き続けたという。

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