手前ぇ、兄貴を売る気かよ!


「……レイニーこそ、怖くない?」

「あ? ンなもん、誰が信じるかよ」

「違う。ああいう人達」


 大通りに潜む警官や、暴力の気配を漂わせた人達を目で示す。


 掏摸すり師をしているレイニーは、そういう人達と否応なく関わらざるを得ない。


 盗る獲物を間違えたり、ヘマをするとブタ箱か……もしくは、身の危険に直結する。場合によっては、その命すらも危うくなるだろう。


「ま、自分で決めたことだからな。お前らには迷惑掛けねぇよう上手くやるさ」

「……程々にね」

「お前こそ、変な連中に絶対ぇ目ぇ付けられンなよ? その小綺麗な面」


 レイニーのクセに真面目な心配顔。


「ンで、割と有用」


 有用というのは語学のこと。数ヶ国語の翻訳は、それなりに有用だろう。


 子供だろうが、信用に足れば雇ってくれる連中はいる。無論、ヤバい連中だ。但し、一度でもその筋の依頼を受ければ、堅気とは見做みなされなくなる。


 あとは……なんとなく、人を殺しそうな奴が判るというところか?


 人を殺しそうな危ない奴や、殺したであろう奴は、案外いるものだ。人混みの中に、数人は混じっている。普通の顔をして、街を歩いている。


 数年前に殺されかけたことで、なんとなくそれが判るようになった。浮浪者や孤児など、そこら中で野垂れ死んでいるというのに。迷惑極まりないことに、ワザワザ減らそうとする奴もいる。


 今、レイニーとやっているのは、そういう危ないであろう奴の擦り合わせ。ヤバそうな奴を、互いに教え合っている。


 これは、後でホリィを通してスノウにも教える。ヤバい奴のいる場所には近付けさせない為に。


 裏情報と照らし合わせるとなかなか精度が高くて、助かっている。


 なんだかんだ悪態は吐くが、レイニーは家族思いだ。それを言うと、罵詈雑言が飛んで来るから言わないが。


「……まあ、そっち方向に行くつもりはないよ」


 レイニーの側には行くつもりは無い。


 一応、選択肢の一つではあるけど――――無いとは思うが、万が一のときの選択肢。


「なら、いい」

「けどまあ……いつか警察に協力して、レイニーを逮捕するのも悪くない」


 これはかなり本気。


「手前ぇ、兄貴を売る気かよ!」

「もちろん。必要ならね」


 ブタ箱行きなら、余程のことをしない限り、出て来るまでは命が保証される。まあ、ブタ箱も環境は劣悪という話だが……


 必要なら、躊躇ためらわない。


「ほら? 情報提供者には謝礼が出るし。どうしても困窮したら、覚悟しといて」

「なんつー性格の悪ぃガキだよ」

「今気付いたの?」

「前から知ってる。再確認だ」

「そう」


 会話が途切れる。そして、


「……なあ、次もあると思うか?」


 レイニーが低く呟いた。


「知らないよ。ただ、あるとしたら……」

「あるとしたら?」

「便乗犯なら別だろうが……また、化け物の噂のある人だろうな」

「化け物、か……いるか? 他に」

「……いる。オレらの知り合いに」

「マジか?」

「……レイニーさ、色んな噂知ってンだろ? なんで知らねーの? ……っ!?」

「あ? どうかしたか?」

「後ろ、でっかい犬が……」


 レイニーの背後に佇んでいたのは、銀灰色の毛並みと、蒼い瞳のどでかい犬。座った状態でも、顔がオレの胸の位置。


「野良……にしては、毛艶良いな。首輪はしてねぇみたいだが、飼い犬……の脱走か? こんなんが野犬になるとやべぇぞ」


 軽口を叩きながらも、緊張の面持ちでオレを庇うように犬に向き直るレイニー。ジリジリと数秒が過ぎ――――


「……」


 そして、ふいと視線を逸らし、犬は興味無いとばかりにそっぽを向いた。


「……うわ、なんかムカつく」

「や、いいじゃん。無視されんならさ」

「そりゃそうだがな……チッ、行くぞ」


 犬を刺激しないようゆっくり離れ――――


「……ね、レイニー」

「ああ?」

「なんか、ついて来る……んだけど?」

「は?」


 オレらの後ろ向きを付かず離れず、一定の距離を保って銀灰色の犬が歩く。


「……俺はあっち。お前はあっちな」


 歩けという指示に従って左右に別れる。と、


「うわ……オレかよ」


 犬がついて来た。


「……なんでお前に? 餌でもやったか?」

「ンなワケあるか。犬は嫌いじゃないけど、あげる餌自体が無いだろ」

「それもそうか。なら、食い物持って……るワケもねーか」

「なんもねーよ。ったく、どこの犬……あ」


 ふと、駄犬という声が頭を過る。


「どした? コルド」

「……飼い主、知ってるかも」

「ああ? マジで飼い犬かコイツ? で、どこのどいつだ? 犬逃がした間抜けは」

「よくわかんない変な奴。オレより一、二コ上の偉そうな子。別の街から来たって。多分、ヤバい筋の関係者」

「確かに、そういう奴らが番犬にしてそうだ。ドーベルマンじゃねぇけど」

「ハスキーみたいな狼犬も定番だよ」

「なんにせよ、こんなんがついて来んのは迷惑だ。飼い主ンとこ行くぞ」

「ま、スノウが見たら泣くだろうし」


 レイニーと連れ立って街外れの、新旧倉庫が乱立する広場へ。

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