ジャスティス・ジャンキー 1
ゴク・アクが殺害されてから数ヶ月。時が経れば、世間を騒がせていたニュースも日々の中に埋もれ、人々は普通の生活へと戻っていった。その中で、エスポワール戦隊対策本部は、行方不明になった『レッド』の行方を探っていた。
「調査結果はどうだったかね?『ブラック』君?」
「調べた所。奴は『中南米』に潜伏しているらしい。理由は言わずもがな『ガイ・アーク』を始末するためだろうよ」
「彼は南米の公用語を話せるのか?」
「適合手術の際に埋め込んだインプラントの副作用で意思疎通が可能になっているんじゃないですか? とりあえず、奴は現地に潜伏している」
「分かった。現地の警察に捕まえられるとは思えんが、連携を取っていくとしよう。それにしてもブラック君。新スーツの着用心地はどうかね?」
「最高っすよ。タイツみたいな見た目だけれど、実質ほぼ強化外骨格で、着心地も良い。毎日着ても問題ないね」
「ジャ・アークと戦う為に、我が国の技術力の粋を集めて開発した代物に更に改良を施した物だからな。」
ブラック。と呼ばれた若々しい声をした青年は通話をしながらも、スーツの動き心地を確かめていた。通気性も良く、人工筋肉のアシストにより運動性も快適な物だった。運動で加熱した部位には適切な冷却が行われ、銃などの武器を使う際にも手振れなどを補正したりと。兵器として転用できるほどの完成度であった。だからこそ、彼は疑問に思った。
「分からないですね。なんで、こんな危険な物を取り上げなかったんですか?」
「取り上げられなかったんだよ。改良前のスーツは持ち主とほぼ同化して引き剥がす事が出来んからな」」
「だったら監視下に置くなり、年金を出すなりして囲い込めばもっと安上がりで済んだでしょうに」
「出来たら、していた。だが、最近は野党や世間からのバッシングで、公的に保護することが出来なくなったんだよ」
『皇』は攻め入る為の軍事力ではなく、自衛力を保持した国家として世界に存在している。悪の組織を撃退していた者達を保護していたとなれば、彼らが政府の尖兵として見られることは想像に難くはなかった。
「自分達は人間同士のバトルにヒーロー様を使う気はないよ。というアピールの為に。エスポワール戦隊を見捨てたんですか?」
「仕方なかった。どうしようもなかった。あのスーツを使いこなせる彼らを、国を挙げて保護する訳にはいかなかったんだ」
「だったら、就職先を世話してやったら良かったじゃないですか」
「出来ると思うか? 存在自体が憲法に触れかねない連中の保護なんて」
言ってみれば、彼ら自身が兵器の様な物なのだろう。例え、彼らにその能力を振るうつもりは無くとも。周りの人間達がそれを信じ切れるかどうかは別だ。
何よりも変身ガジェットは道具の様に手放せるものではなく、本人達の意思一つで何時でも出現させられる。となれば、無力化の手段はほぼ存在していなかった。
「難儀なもんですね。怪人をぶん殴っているときは声を揃えて応援して。それが終わったら、こっちに矛先が向けられない為に声高に平和を叫び、追い払うと」
「全ては『ジャ・アーク』の仕業だ。奴等さえ居なければ、私達もレッド君達を路頭に迷わせる事もなかった」
「全部『ジャ・アーク』のせいってか。俺は引き続き、調査を続けます」
『ブラック』と呼ばれた男は通話を切った。政府の関係者は頭を抱えた。彼はレッドこと大坊とも話したことがあったが、その時の彼は正義感と優しさを合わせて持った少年であったことを覚えていた。
そんな彼がどうしてこのような凶行に走ったのか。こうなる前に自分達が出来る事は無かったのか。彼は亡き親友達と共に写った写真を眺めながら、溜息を吐いた。
「我々は。どうすれば良かったのだろうな。唐沢」
~~
中南米。大国と面したこの国は、不法入国者や麻薬など数多くの問題を抱えていた。そんな国に大坊は潜伏していた。
「(ゴク・アクの仕事を受けた時の金と。奴の口座から抜き取った金で滞在を続けているが…)」
勿論、正規の手段でこんな所に来れるはずもない。彼の信条に反した非合法的手段を使っての入国だった。そして、ゴク・アクとの通話記録から『ガイ・アーク』がこの国に居ることも分かっていた。
彼がどういった悪事を行っているのか。どれだけの人に迷惑をかけているかという調査の為に潜伏していたが、街は平和そのものだった。広場では少年達が元気にサッカーをしていた。
「おーい! ボールがそっちに行ったぞ―!」
「よぅし! 任せて!」
大坊のイメージの中にある物とは違い、暴力が蔓延っている事も無く。行き交う青年は仕事に精を出し、少年達の顔には笑顔が溢れ、彼らを見守る中年女性達の眼差しは優しい物だった。
フィールド外に飛び出したボールを取りに行った先には、転がっていたボールを手にした青年がいた。彼の姿を見るや、子供達は駆け寄って行く。
「あ。ガイ・アークお兄さん!」
「おう。今日も元気にやっているな! 未来のストライカー達!」
「うん! 俺。将来サッカー選手になって、いっぱい金を稼いで。おじさんが建ててくれたサッカー場でサッカーをするんだ!」
「楽しみにしているぜ!」
ガイ・アークと呼ばれた青年は快活な笑顔を浮かべ、子供達にボールを返した後、レッドの方を振り向いた。その顔には嘲りが浮かんでいた。
「どういうつもりだ?」
「どういうつもりもない。アレは俺の心からの本心だ」
「嘘を付け。優しい言葉で取り入り、利用するつもりなんだろう?」
「ヒーローなのに人を信じられないとは哀れな奴だ。お前もこの街の様子は見ただろう? ここで話すのもなんだ。付いて来い」
ガイ・アークに敵意がない事を確認した大坊は、彼について行く事にした。その背後では、少年達の歓声が響いていた。
~~
「俺は3人の中で一番早くに復活した。そして、この国を拠点に活動することを決めた。何故か分かるか?」
「俺達『エスポワール戦隊』から逃れる為だ」
「自意識過剰もそこまで来ると感動しちまうな」
「じゃあ、どういうつもりだったんだ?」
ガイ・アークは道行く人間に挨拶を交わしながら大坊と歩いていた。その際に老若男女問わず、誰もが挨拶を交わし、あるいは菓子などを手渡して来た。それらを頬張りながら、彼は話を続けていた。
「俺にピッタリだと思ったからだ。この国は貧困と暴力に支配されている。麻薬なんて、その象徴だ」
「だから、自分が支配してやろうと思ったのか?」
「その通りだ。お前も知っているだろう? 俺は幹部の中で最も強欲なんだ。欲しい物は手に入れなきゃ気が済まねぇ」
大坊はこの男との闘いを思い出していた。『シュー・アク』や『ゴク・アク』が術数権謀で追い詰めてくる中、彼だけは部下達と共にいつでも最前線に赴き、エスポワール戦隊と対峙してきた。
最も早くに倒された幹部であったが、彼が倒された後も部下の怪人や戦闘員達は仇を討たんと言わんばかりに、自分達を苦戦させたことも思い出した。
「ふん。お山の大将気取りなのは変わっていないみたいだな」
「おうよ。お前達と戦っていた時と同じく。俺はいつでも最前線に居た。俺はガキもおっさんも分け隔てなく、ぶっ殺し続けた。俺に刃向かう奴、俺の持ち物に手を出す奴、俺の縄張りを荒らす奴ら全員をな」
「クズは犯罪自慢をする時に限っては活き活きしているよな。どうせ、皆が親しくしていたのも。お前への恐怖からだろう?」
「ククク。ここからが愉快な所なんだ。着いたぜ」
ガイ・アークが足を止めた先にあったのは酒場だった。入店して、カウンターに座ると。マスターが彼の顔を見るなり、笑顔を浮かべた。
「ボス。その方は?」
「客人だ。マスター! 1杯おごってやりたい!」
「畏まりました。お客様、アルコールは大丈夫ですか?」
「要らない。アルコールで俺の動きが鈍った所をしとめるつもりなんだろう。騙されないぞ」
大坊の剣幕に圧され、マスターは静かに頷いた。しかし、そんな遣り取りも周囲は気にした様子もなく、老若男女問わずにガイ・アークの元へと駆け寄って来た。彼らは一様にして本心から笑顔を浮かべていた。
「ボス! 来るなら言って下さいよ! 俺達も一緒に飲みたかったんですから!」
「悪いな。今日、ここに来たのは客人の案内をしたかったからなんだ。よぅし、お前達の中で一番面白く、俺の武勇伝を話したやつには一杯おごってやるぜ!」
「それじゃあ私からね! ボスは凄いのよ。抗争から揉め事まで、何時でも最前線に出ていくのよ。最高にクールな姿でね!」
それから矢継ぎ早にガイ・アークの武勇伝を聞かされた。
曰く、自分の領地で誘拐を行った他所の麻薬組織を叩き潰し、子供達を無事に救い出し両親達の元へと送り届けた。
曰く、大国に麻薬を売りつけて稼いだ金でサッカー場を作り、子供や青年達が健全に遊べる場所を作った。
曰く、地元で大型地震が起きたときは真っ先に援助を行い、政府よりも先に市民を安心させたと。そのどれもが機嫌取りなどではなく、本心から語られていた。
「……なんだよ。それ」
「俺はやりたい事をやっているだけさ。俺が手に入れたモンは全部俺のモンだ。こいつらも麻薬も金も全部! だから、俺のモンに手を出すやつは許さねぇし。俺のモンが困っていたら、真っ先に俺が助けるんだ。当たり前だろう?」
彼がやっていることは倫理観を大きく外れた物だろう。人々を堕落させる麻薬を売りつけ、その金で我欲を満たすなど許されることではない。批難されるべき、裁かれるべき悪行のはずだと言うのに。
「ボスのおかげでね。私の息子も大学に行くことが出来た。これも、ボスが他の麻薬組織を叩き潰してくれたからだ」
「俺もボスのおかげで夢を見ることが出来ている。何処までも一緒にアンタに付いて行きてぇ!」
「私は妹を見つけて貰って、ハーレムにも入れて貰って…」
「お前らの為にやった訳じゃない。俺は何時だって、俺の為に行動しているだけだ。ま。それでお前らが盛り上がるのも勝手だけれどな!」
だと言うのに。彼の周りには本当の笑顔が溢れている。人々は幸せを享受している。その差を見せつけられ、大坊はブルブルと震えていた。
自分は皆の為に『悪』を倒し続けた。『正義』を全うし続けて来た。だというのに、皆は自分を恐れて批難してきた。
対する、ガイ・アークが行っているのは国家を揺るがしかねない程の『悪』だ。批難されるべき行いが批難されずに、彼の我欲は皆に受け入れられている。
「おかしいだろ、こんなの。なんで俺が批難されて、好き勝手にやっているお前が、皆に慕われるんだ」
「皮肉だよなぁ? 俺は好き勝手にやっているだけだ。法律には背いているし、政府にも楯突いているって。だけど、皆を救っている」
「ふざけるな!悪が人々を救うわけが無いだろうが!!」
「じゃあ、お前の『善』は誰を救ったんだよ?」
「……『皇』に住まう皆だ」
大坊が絞り出すようにして言ったその言葉に、ガイ・アークは呵々大笑を上げた。一頻り笑った後、彼は心底侮蔑した様子で吐き捨てるように言った。
「嘘付け。皆、お前に怯えているぞ。いい加減認めろよ。お前の『善』と『正義』は誰も救わないって」
レッドの心には今までに無い程の怒りが沸き上がった。正しき行いをしているはずの自分が咎められ、目の前の男が皆の『希望』の様に扱われている現状に我慢ならなかった。
拳を叩きつけてバーカウンターを粉砕し、大坊は目を見開いて。その言葉に混じりけの無い殺意を乗せながら言い放った。
「……そうだ。俺は『正義』なんだ。だから、この国に巣くう癌であるお前をぶっ殺してやる」
「やってみろよ。返り討ちにしてやるぜ」
周囲から敵愾心に満ちた視線を受けながら、大坊は店から出て行った。その様子を見ていた客達には困惑の色が強く残っており、その内の一人が心配そうに声を掛けた。
「ボス。大丈夫なんですか?」
「安心しな。俺はいつでも勝って来ただろう?今回も勝ってやるさ! さぁ、皆! 俺はこのカウンターの修繕費を出してやりてぇ! だから、好きなだけ飲んで食って! 稼がせてやれ! 俺からの奢りだ!」
先程までの不安は一転して歓声に変わった。その店内の様子を離れた場所から、大坊はスーツで強化された視力と聴力を用いて眺めていた。
「殺してやる。本当の希望は俺なんだ。『レッド』こそが本当の正義なんだ」
ブツブツと呟く彼の瞳にはもはや正気と呼べる物は殆ど残っておらず。周囲の人達から怯えながら、その場を去って行った。
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