ふわふわ、ほよほよ。
塔
ぽよよよ。
ふわふわ、ほよほよ。
いつもそいつは浮いている。
今は髪をとかす私の周りをころころ自転しながら浮いていた。
髪をセットし終わり居間に移動すると、そいつもついてくる。
大きさは私のこぶしぐらい。形は‥‥うーん、メンダコとかいう生き物に似てる。
色もピンクで似てる。いつもと一緒。
「終わった?早く食べちゃいなさい」
「ん」
お母さんに急かされて、朝ごはんに手をつける。朝はあんまりいっぱい食べられないから、お母さんもたくさん作らない。
前にバカみたいにいっぱい作ってたことがあるんだけど、なんでか聞いたら「そういえばなんでかしら?」と言ってやめた。なんかマイブームだったみたい。
玄関を出ると、ふよふよしたのがついてきた。
いつもこう。
こいつが何なのか、私にはわかんない。
気がついたらいて、ただ私の周りをこうやって浮いてるだけ。
別に変なことしてこないし、そこそこ可愛いし、浮いてるだけだし。
「おはよー、まゆ」
「おっはよ、あや」
途中であやに会った。友達の一人。ちょっとぽちゃっとしてて、「ダイエットしなきゃー」って言いながら幸せそうにお菓子を頬張るタイプ。ちょっとリスに似てる。
「ここ来るまでに妄想おじさん見ちゃってさー」
あやは浮いてるやつを気にもせず話を続ける。これ、私以外には見えてないらしいのだ。だから私も気にせず話に乗る。
「マジ?最悪」
「だよね、頭おかしいんだよあのおっさん」
妄想おじさんというのは近所で有名な、所謂変なおじさんというやつだ。ある日突然「子どもがいなくなった!」と騒ぎ出し、それ以来ずっと探している。あの家庭には子どもは一人もいないはずだとお母さんが言っていた。
3時間目は自習で、特にやる気もなかった私はこっそり浮いてるやつをつついて遊んだ。
私にしか見えないコイツは、触るのも私だけしか出来ないらしい。
親指と人差し指でムイッとつまむと、お餅みたいにムニュゥッと潰れた。あははブサイク。
ツンツン、と背中をつつかれて後ろを振り返ると、後ろの席のクラスメイトが手紙を回してきた。あれだ、あやからだろう。
学校の中でスマホを使うのは禁止されてるから、授業中はこうやって小さいメモを回して会話してる。今日はハートの形に折られたメモ。あやはこういうの得意。
内容はいっつも些細なことで、あやの場合は龍太郎くんの話題が多い。あやの片思いの相手。さっさと告白しちゃいなよって言ってるんだけど、なかなか勇気が出ないらしい。
その割に彼の話題ばかり出してくるので、正直ウンザリしてきたところだ。はよ行け取られるぞ。
昼休み。今日のお弁当はサンドイッチだった。
「まゆこれあげる」
「いいの?」
「うん、ダイエット始めたから」
「三日坊主になるなよぉ」
「今度こそ成功させるってば!」
そう言って二人でケタケタ笑った。その間をふよふよアレが浮いている。
たまにサンドイッチに近づくから、食べるのかな?と思ったけど、そういうわけではないらしい。ホントなんなんだろうなこれ。
午後の授業はめっちゃ眠い。しかも私の席は窓ぎわで、今日は晴れ。日差しがあったかい。眠い。
気がつくといつも浮いてるあれが机の上にちょこんと乗っていて、身体が小さく上下している。
もしかして寝てる?
試しに人差し指で押してみた。むにゅにゅう。めっちゃ潰れる。草。
放課後、ちょっとした事件が起こった。教室の机と椅子がワンセット多かったのだ。
また誰かのいたずらだろう、とみんな慣れた様子で、美化委員の二人が片付けていった。
うちの学校ではこういうことがよく起こる。何故か放課後まで増えた机にみんな気づかないんだけど、誰のものでもないし、きっと移動授業の時に他のクラスの誰かが忍び込んでやってるんだろうって言われてる。未だに犯人は見つからないけど。
たまに中に教科書とかペンケースが入ってるんだけど、クラスメイトのものではないし、だいたい忘れ物として先生が預かって終わり。一部オカルト好きな生徒の間で幽霊の仕業なんて話が出るけど、ただの手のこんだイタズラだと思う。
家に帰って、ご飯を食べて、宿題やって、たまにあやとLINEのやり取りをして、寝る。
その間もずっと浮いてるやつは私の周りを浮いてて、特に邪魔することもなく、私以外に見えるわけでもなく、私だけに見えるアクセサリーみたいに、ただそこで浮いていた。
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