第7話 何はなくとも現金3
酒を飲んでおいしい料理を食べて、すっかりいい気分になった俺たちはいい時間になったので勘定を済ませて銀行に戻っていった。代金は4人で食べて5万ほどだった。高かったのか安かったのか分からないが、どうせいただいたお布施で支払ったわけだし、まあこんなものだろう。
銀行に入って、預金の引き出し用に3000万円と用紙に記入してハンコを押してハタと気付いたが、この銀行に果たして3000万の現金があるのだろうか? だいたいこういった多額の現金を引き出す場合はせめて前日までに連絡を入れる必要があったような気がする。引き出せればいいが、ダメなら面倒だが引き出せる金額に改めなければいけないだろう。これがトルシェならキレるところだろうが、俺は大人なのでそんなことではキレはしないのだよ。
順番になったので、通帳と預金の引き出し用の紙を出したところ、窓口の女性が俺の顔と、金額を何度も見比べる。
「お引き出し金額が3000万と書かれていますが、通帳残高が今100円しかありません」
「いやいや、もう振り込まれているはずだぞ、調べてみてくれ」
「はい。少々お待ちください。……。
! 2億8000万! し、失礼いたしました!」
窓口でお客さまの預金高を口にしてはダメだろ! 待合にいた連中が一斉に俺たちの方を見たじゃないか。
トルシェじゃないけど俺もキレるよ。
「お客さま、この金額ですが、ただいま当行にはお支払いできる現金が1500万円しかありません。1500万でよろしいでしょうか?」
「仕方がない。それで頼む」
「それでしたら、3000の上に横線を2本引いていただき、上に1500と書いて、二本線の上にお届け印を押していただけますか」
面倒だが、ここはぐっとこらえて、言われた通りにしてやった。
「失礼ですがこのお金はどのようなご用途でしょうか?」
「俺が使う金だ。文句があるのか?」
つい声を荒げてしまった。俺もまだまだだな。
「振り込め詐欺が多発しております関係で、当行ではお客さまにお金の使途を確認させていただいております」
「生活費だな」
「1500万も生活費ですか?」
この女いちいち、しつこいな。
「俺の勝手だろ、悪いか?」
「いえ、申し訳ございません。普通預金にまだ相当額の現金が残っていますが、お勧めの投信がございます。今ですとキャンペーン中ですので、手数料が割引になっておりますがいかがでしょうか?」
「もういいから、手続きを進めてくれ」
「多額の預金をお持ちの方には投信を勧めるよう上司から指示されていますので申し訳ございませんでした。それでは、手続きいたしますのでこの札をお持ちになって少々お待ちください。お渡しは、右奥の8番の窓口になります」
札を受け取ってまた適当な席に座って呼ばれるのを待つ。案の定、銀二を含めた3人は飽きて来たようだ。トルシェが何かしでかす前に手続きが終わってくれればいいが。
「212番の札をお持ちのお客さま、8番の窓口にお越しください」
しばらく椅子に座って待っていたら、
窓口で先に通帳を返してもらい、1センチの厚さの100万円の束が10個、紙テープで縛られたブロックが渡され、別に100万円の束5つを渡された。横に置かれた紙袋に入れて、
「ありがとさん」
そう言ってみんなの待つ待合に帰り、銀行から出て行った。
「銀二。俺たちは、あそこに見える背の高いビルのホテルに泊まっているから、郵便物があったら届けてくれ」
「あのビルは、〇ンシャインですからえーと〇リンスホテルですね。姉さんの名前は黒木真夜でしたっけ?」
「俺も忘れていたが、それだ。念のため銀二の電話番号を教えておいてくれるか?
アズラン、悪いが銀二が今から言う番号を覚えておいてくれ」
「はい」
壊れかけのスマホを取り出した銀二が、少し操作して、
「えーと、XXX-XXXX-XXXXです」
アズランならこれくらいの数字は簡単に覚えるだろう。
「それじゃあ、銀二よろしくな。これは戸籍の代金300万と今日の駄賃だ。受け取ってくれ」
そういって、銀二に百万円の束を4つ渡してやった。
「姉さん、命を助けてもらった上に、こんな大金受け取れません」
なかなかいい返答だ。
「たまたま助けただけだ。お前がいようがいまいがあの連中は俺たちが叩きのめしたことには変わりはない。気にせず受け取っておけ」
「姉さん、ありがとうございます。遠慮なく頂きます。ホテルまであっしの車でお送りします」
「いや、遠くないし、街を見ながら歩いていくから気にしなくてもいい。それじゃあな」
「へい。失礼しやす」
銀二は車を預けた駐車場に向かったようだ。そう言えば銀二のヤツ、それなりに酒を飲んだはずだがもう素面に戻ったようだ。けっこう見どころがあるじゃないか。
銀二を見送った俺たちは人通りの中をサ〇シャインに向かって歩いていく。
あのビルも背は高いが何十年も前にできたビルだから、今ではホテルもそれほど立派ではないかもしれない。それでもあっちの世界のどんなホテルよりも便利であることは確かだ。最上階あたりにはさすがにスイートもあるだろうし、部屋でテレビなんかを見せたらトルシェもアズランもたまげるはずだ。
トルシェもアズランも街が珍しいので騒動を起こすこともなくおとなしく俺の後をついてきている。
好奇の目を向けられながら通りを歩き、目指すホテルにたどり着いた。アズランによると俺たちを途中まで付けていた者がいたらしいが、人目が多かったせいか俺たちにちょっかいをかけることもなくどこかに行ったそうだ。
ホテルの受付カウンターでスイートを一週間ほど頼んだら俺たちのちょと変わった風体を訝しく思ったのか、受付の女が、
「スイートは一泊10万ほどしますが、本当によろしいですか?」
とか失礼なことを聞いてきた。
「ああ。それで頼む。なんなら先払いしてやろうか?」
「いえ申し訳ありません。三人さまですとスイートと同じ広さのトリプルルームも同じフロアーで同じお値段でご用意できますが」
「それじゃあ、トリプルで」
「かしこまりました。こちらにお名前とご住所、電話番号をお書きください」
住所は昔俺が住んでいた住所を適当に書いておいた。番地までは思い出せなかったので本当に適当だ。電話は持っていないので無しとしておいた。
その後渡された鍵を持って35階に向かった。エレベーターホールでエレベーターを呼んで、中に入り行き先のボタンを押す。エレベーターの中の階数の表示が珍しかったのか、トルシェとアズランがじっとその数字が変わるのを見つめている。
エレベーターを降りて、番号の部屋を探して中に入り、ざっと中を見てみたがスイートと同じ広さというわりに結構狭い。もともとスイートも狭かったということか。
アズランが部屋の中の物品を珍しそうに眺め回っている。真っ黒いTVの画面が鏡だと思ったのか、顔を映してフェアと遊び始めた。そういえばこのホテルはペット禁止だったはずだから、フェアは作り物と思われたようだ。
トルシェは、窓の外の景色を眺めている。そのうち、は〇バスで都内観光でもしてみるか。
TVをつけるとこの二人には相当なインパクトがあると思うので、そういったお楽しみは後にして、
「トルシェ、いくら狭いからと言っても、ここはよそ様なんだから空間拡張はするなよ」
「それくらい分かってますよ」
「さて、部屋をとったが、この格好では目立ってしょうがない。服でも買いに行くか」
「向こうで着ていた服はキューブにたくさんあるけど?」
「ちょっと見た目がここでの普通の服とは違うんだ。いろいろ見た目のいい服もあるから新しく買おう」
「はーい」「はい」
俺たちは、部屋を出てエレベーターで地下まで下りて地下にあるらしいショッピングモールに向かった。
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