第4話 川口銀二(かわぐちぎんじ)


 銀二の車は近くのタワー式の立体駐車場に駐めてあった。駐車料金が払えないとマズいので銀二に千円札を渡しておいてやった。


 カードを入れて千円札を料金機械に突っ込んだらエレベーターがくるくる回ってそのうち銀二の車が現れた。


 銀二の車は丸の中に青白青白と交互に書かれたエンブレムの付いたドイツ製の紺色のセダンだった。ただのチンピラかと思っていたが結構羽振りがいいようだ。いちおう右ハンドルなので日本仕様であることが分かる。そういったところは高評価だ。


 銀二が先に乗り込んで、ドアのロックを外したので、俺たちは後ろの座席に乗り込んだ。俺が右で、アズランが真ん中、トルシェが左という順だ。トルシェもアズランも初めて自動車に乗るわけだが落ち着いたものだ。


 そう思って座席に座った二人を見たら、結構緊張した顔をしていた。可愛いところもあるじゃないか。


「道にいっぱい同じようなのが走っていたけれど、これが車? 最初はゴーレムでできているかと思ったけれどちょっと違うような」


「何だか少し緊張しますね」


「こういう物だと思っておけばいいんだよ。椅子シートの後ろにベルトがあるから二人とも俺のマネをしてベルトを腰に回しておけよ」


 俺がシートベルトをしてみせたら二人も見よう見まねでシートベルトをしたようだ。


 銀二もエンジンをかけながらシートベルトを締めて、


「それじゃあ、出発します」


 軽やかな滑り出しで銀二の車が車道に乗り出してそのまま速度を上げていった。トルシェとアズランは外の景色に釘付けだ。



 しばらく車道を走っていたら、首都高の入り口が見えてきた。


「姉さん。首都高で池袋まで回ります」


 池袋まで行くのか。俺たちがさっきまでいたところは日比谷だったはずだ。そういえばあそこの地下を歩いているときに俺は死んじまって1回目のゾンビになったんだった。あの時は散々だったなー。


 などと、感慨と感傷にふけりながら首都高を走っていたら、俺の覚えている東京と何も変わっていないような気がする。


「ところで、銀二、奇妙なことを聞くようだが今日は何年の何月何日だ?」


「今日は、2025年の4月2日になります」


 俺がおっちんでから10年以上経っている。俺は自分の死んだ日付をはっきり覚えていないので、正確には分からないが、向こうにいた時間分こっちも時間が経っているような気がする。だからどうってことは全くないがな。


「そうか、すまんな。そういえばお前をボコっていた連中だが、何でお前はボコられてたんだ?」


「連中とは少々因縁があるんですが、たまたま日比谷で用事を済ませた俺を見かけた連中が俺のことを追って来たようで、あの小路に連れ込まれてボコられました」


「因縁があるということは、連中はタダの通りすがりじゃないってことだよな。どこの連中なんだ? やつら大陸語をしゃべっていたが」


「うちのシマを荒らしている大中華興業という名前の大陸系のヤクザです。俺たちも綺麗な仕事をしているわけじゃないけど、あいつらは素人さんにも相当汚いことをやってるようです」


「俺たちにはあまり関係はないが、これも縁だし、俺たちでその大陸系のヤクザを何とかしてやろうか?」


あねさん。あねさんたちがいくら強くて不思議な技が使えたとしてもたった三人ではかないっこありません。止めてた方が身のためです。われわれもじり貧で偉そうなことは言えないんですがね」


「銀二の言うわれわれというのは?」


「連中が来るまでは池袋一帯だったんですが、今はその半分をシマに持つ大川組です」


「なるほど。たとえば俺たちがその大陸系のヤクザを叩き潰したとなると、大川組の中でお前の地位というかそういったものが上がるんじゃないか?」


「そんなことが可能なら、一気に若頭わかがしら待遇になるかもしれませんが、さっきも言ったようにあの連中には手を出さない方が身のためです」


「銀二。お前、俺たちのことを心配するとは結構いい奴だな」


「それは命の恩人ですから当然でしょう」


「よしわかった。戸籍を買って、きんを売ったら、俺たちが何とかしてやるよ」


「これだけ言ってもダメなら、せいぜい気を付けてください」


「任せておけ。そういえば、その大陸系の連中というのはいわゆる不法滞在者とか密入国者なんだろ?」


「もちろんそうです」


「なら、失踪届なんかが出るわけないから、この世からいなくなっても問題が起こらない連中なんだよな?」


「そうなんでしょうが、まさかあねさん?」


「相手次第だがな」


 ……。


 車は池袋から少し先の料金所から下の道に下りた。


 そこからそれなりに銀二の車はいろいろな道を通っていき、最後にやや細い道に面した2階建ての駐車場に入った。運よく1階に空きが有ったので銀二はそこに車を停めた。


「姉さん、すぐそこですから」


 銀二についてぞろぞろと裏道をしばらく歩くと、間口の狭い細長いビルがあった。


 銀二がここですといってそのビルの中に入っていったので俺たちも銀二について中に入っていく。ビルの中は窓もなく照明が少ないせいで薄暗い。雰囲気のある場所だ。少し廊下を進んだところに階段があり、2階に上って、狭い廊下を進むと、突き当りに小さな窓口が空いていた。銀二はその窓口に向かって何やら話していた。


あねさん、今話はつけました。大陸系の男ですが信用はできます。カネは明日まで待ってくれるそうです」


 銀二に頷いて、俺が窓口の前に進むと、


「必要ナ戸籍ハ、3人分ダナ。年齢ヲコノ紙ニカケ。ソレニ近イモノヲミツケテヤル」


 メモ帳とボールペンを差し出された。


「3人姉妹として作れるか?」


「ココニアルノハ、実在シテイタ日本人ノ戸籍ダ、勝手ニ作ッタモノデハナイ」


 それはそうか、勝手に作った戸籍が通用するはずないものな。


 22歳、18歳、18歳


 そう書いて男に差し出した。


「ウシロノ二人ハトテモ18ニハミエナイガ、イイノカ?」


「ああ、それで頼む」


 中高生だとやりにくいので、18歳しておいた。


「ワカッタ。

 今アル中デ、ソレニ近イノハ、

 黒木真夜(クロキマヨ)22歳、斉木登枝(サイキトシ)18歳、真中由美(マナカユミ)18歳ダ」


 トルシェとアズランには悪いが俺の名前がカッチョイイ。これに決めた!


「それで頼む」


「一式一人当タリ100万ダ。明日ノ正午マデニカネヲ持ッテコイ」


「ちなみに持ってこなければ?」


「銀二ガ死ヌ」


「分かった、今日中には何とかする」


 差し出された3通の紙袋の中身を確かめて銀二ともどもそのビルを後にした。



 その後銀二に連れられて貴金属の買い取り屋にまわった。そこは俺でも名前だけは聞いたことのある大手の貴金属商だった。


「トルシェ、金の延べ棒が有ったろ? アレを2本ほど出してくれるか?」


 トルシェがキューブから取り出した金の延べ棒2本をハダカで片手に1個ずつ持って店の中に入っていったら、当たり前だが驚かれた。悪いことをしているわけではないのでこっちは堂々としたものなのだが、店の連中からすれば妙なコスプレーヤーが金の延べ棒をじかに素手で持って店に入って来れば驚くだろう。しかもこの延べ棒はおそらくだが1本20キロはある。2つで40キロだ。


「これを売りたいんだが買い取ってくれるよな?」


 延べ棒を店のカウンターの上に並べて、カウンターの後ろに立っていたおっさんに尋ねた。


「は、はい。もちろんです。いま品位と重さを確認いたしますのでしばらくお待ちください。品位の確認の際、サンプリングの関係で延べ棒に傷がつきますがご了承願います」


 もちろん了承した。


 1分ほどで品位の確認が終わったようだ。


「見事な24金でした。重さはどちらも20000にまんグラムちょうど。現在の買い取り価格は1グラム当たり7015円になりますので、4万×7015円で2億8060万円ちょうどになります」


 電卓の数字を見せながらおっさんが買い取り金額を俺に告げた。思った以上に高額だ。


 しかし困ったぞ。おそらくこの店には現金で3億近い現金かねはあるまい。先に銀行口座を作っておけばよかった。


 念のためにおっさんに現金で払えるかと聞いたら、首を振られた。


「わかった。これから銀行口座を作ってくるから、手続きを進めておいてくれ」


 そう言って俺たちは銀二に連れられ大手銀行に向かった。何気に疲れる。

 


「しかし、姉さんたち、とんでもない金持ちだったんですね!」


 トルシェがあといくつ金の延べ棒を持っているのか知らないが、確かに金持ちではあるな。金貨何枚ではあまりピンとこなかったが、こっちに帰ってみて億円と聞くと「おおっ!」と思ってしまうのは、ちょっと神さまとしては恥ずかしいことかもしれんが、仕方ないだろ。



[あとがき]

金の品位の確認方法は適当です

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