売られた情報
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──売られた情報
アロイス率いるヴォルフ・カルテルが無計画に反乱を起こしたヨハンのティーガー・カルテルを追い詰めていく中、フェリクスたちも動いていた。
フェリクスたちは寂れたガソリンスタンドにいる。
そこである人物を待っていた。
「来たぞ」
「おいでなすったか」
フェリクスが言うのにエッカルトが頷く。
向こうから“国民連合”製のSUVが2台走ってきていた。
「フェリクス・ファウスト捜査官。こうして会うのは初めてだな」
「そうだな、ヨハン・ヨスト」
フェリクスたちが待っていたのはヨハンであった。
「それで、取引には応じるのか?」
「応じる。情報を提供し司法取引する代わりにヴォルフゲート事件からアロイス=チェーリオ・ネットワークの存在まで全てを暴露する」
「それで結構だ。アロイスは俺たちが始末してやる」
「逮捕するだけだろう」
「その予定だ」
「刑務所で奴を殺させる準備は整っている」
「聞かなかったことにしよう」
フェリクスたちはあくまで法の執行者。法に背く行いを止めるわけにはいかない。
だが、アロイスが違法薬物取引で25年で刑務所を出るくらいならば、ヨハンのギャングたちに刑務所内で死刑執行された方がいいだろう。
そうでもしておかなければ、奴は刑務所の中からでもドラッグ戦争というゲームと戦い続けそうですらあるのだ。
「では、続きは“国民連合”で聞く。あんたは最良の選択をしたよ、ヨハン」
「娘の仇を討ちたいだけだ」
ああ。俺もこれまで死んでいった人間の仇を取りたいだけだ。
捜査官の心得など当の昔に忘れた。最初に国がフェリクスを裏切ったのだ。フェリクスにも国を裏切る権利がある。
それからヨハンは麻薬取締局のプライベートジェットでエリーヒルに向かい、そこでヴォルフゲート事件の全容とアロイス=チェーリオ・ネットワークについて知っていることを洗いざらい喋った。
「トマス。とうとうこの日が来ましたよ」
『あんたと一緒じゃないのが残念だ』
「ええ。できれば立ち合いたかったのですが」
『すまないな。しかし、約束しよう。俺たちはチェーリオ・カルタビアーノを確実に上げて、血祭にしてやる』
それから3時間後、チェーリオのオフィスにフリーダム・シティ市警麻薬取締課の捜査官たちとSWATがなだれ込んだ。
何が起きたのか分からないチェーリオにトマスが罪状を読み上げる。
「畜生。ヘマはしない。裏切らないという約束だったはずだぞ」
「お前は終わりだ。一生刑務所の中だ。お仲間と一緒にな」
チェーリオ・カルタビアーノのカルタビアーノ・ファミリーは残らず検挙された。証拠は揃っていた。全てをヨハンが暴露したし、この日のためにフリーダム・シティ市警麻薬取締課は総力を挙げてカルタビアーノ・ファミリーを捜査していた。
そして、その努力が今日実を結んだ。
チェーリオは逮捕。幹部たちも逮捕。下っ端の元5大ファミリーの人間たちも逮捕となり、これでアロイス=チェーリオ・ネットワークは壊滅した。
チェーリオの裁判が始まり、ヨハンが証人台に立つ。流石のマフィアもドラッグカルテルのボスは黙らせられなかった。ヨハンはチェーリオとの取引について洗いざらい暴露する。チェーリオの弁護士にできることは何もなかった。
「いよいよ、アロイスもお終いだな」
「そうでもないだろう。奴はまだドラッグをばら撒ける。新しいパートナーを見つけ出す。そして、ドラッグは延々と“国民連合”に流れ込み続ける。『ホーク作戦』は全く無意味な作戦だった。有害ですらあった。これで本来ならばもっと粘るはずだったヨハンのティーガー・カルテルは早期に壊滅したんだ」
「そのおかげで今の勝利がある。だろ?」
「アロイスを刑務所にぶち込むまでは勝利とは呼べないさ」
フェリクスはそう言って煙草の火を灰皿で消した。
「そうかもな。だが、アロイスをぶち込んでも次のドラッグカルテルが台頭するだけだぞ。シュヴァルツ・カルテルも残っている」
「そうだな。だが、俺たちにできるのはこれだけだ。後は政治の問題だ。いよいよ連邦捜査局の捜査がオーガスト・アントネスクに及びそうになっている。ヨハンが洗いざらい喋ったおかげで、あのドラゴンも危機的だ」
「ドラッグカルテルがまた復活する件とは関係ないぞ」
「少なくとももう国家がドラッグカルテルを庇うことはなくなる。それだけでも十分な収穫じゃないか」
「そうだな」
これでヴォルフゲート事件は全てケリがつくはずだった。
だが、前大統領もオーガスト・アントネスクも起訴されなかった。
誰も彼らを起訴できなかった。ヨハンの情報はチェーリオのケツを蹴り上げて刑務所に叩き込むことはできたものの、前大統領とオーガストの責任を追及するまでではなかった。改革政権でもオーガストの留任を望む声があり、彼は戦略諜報省長官という地位から退くことすらなかった。
その不起訴の決定から3日後にヨハンが死んだ。証人保護プログラムを受けて、西部に移動する途中にプライベートジェットが墜落した。航空事故調査委員会は機体のトラブルによる墜落してことを処理した。
そして、また証人が消えた。
ティーガー・カルテルはボスが消えてからも抵抗を続けているが、次第に追い詰められていっていた。幹部にかけられた懸賞金目当てに裏切るものも現れ始め、ティーガー・カルテルは徐々に分裂していった。
そして、最終的にティーガー・カルテルは“連邦”の軍と警察に追い込まれ、ドラッグカルテルとしては異例の速さで消滅した。
逮捕されたはずの幹部たちは全員両膝と額を撃ち抜かれており、誰が本当にこの事件を“解決”したのかということを暗に物語っていた。
ヴォルフゲート事件も不起訴が決まったことで報道の熱は冷め、ドラッグ戦争への税金の投入が本当に正しいことなのかということが、フェリクスの予想通り流され始めた。人々はこの終わりのない戦いに疲れ始めていたのだ。
この時点でフェリクスは諦めるべきだった。
だが、彼は諦めなかった。
「ヴォルフ・カルテルを挙げます。確実に」
「そうは言うが、どうやって? 陸軍の特殊作戦部隊でも失敗したんだぞ」
「まだカードはあります」
「君はまさか……」
フランクが正気を疑う目でフェリクスを見る。
「分かった。私も腹を決めよう」
フランクは頷いた。
「だが、これだけは言っておこう。フェリクス──死ぬな」
「はい。死ぬことだけはありません。自分の果たすべきことをしっかりと果たし終えるまでは死のうにも死ねません」
そして、フェリクスが“連邦”に向かう。
彼は最後の賭けに出ていた。
証人たちが戦略諜報省に消され、裁かれるべきものたちが不起訴となるならば。もう他に証人となり得る人間がひとりしかいないのならば。そして、自分たちのカードがもはや1枚しかないのであれば。
その最後のカードを切ろうではないか。
最後のカードとは。
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