予想外の再会
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──予想外の再会
「俺のこと知っている?」
「……ええ。聞かされた。“連邦”に面白い人間がいると。その人物はドラッグカルテルの関係者で、大規模なドラッグ密売ネットワークを築いたと」
そこまで聞いてアロイスはどこから情報が漏れたのか懸命に頭を働かせた。だが、そのことを知っているのはヴィクトルなどのアロイス=ヴィクトル・ネットワークの関係者だ。そして彼らとは取り決めをしている。ヘマをしない。裏切らないと。
だとすると、どこで情報が漏れたというのだ?
「よう。久しぶり」
そこで懐かしい声が聞こえてきた。
「マーヴェリック?」
「あたしのこと、恋しかったろ?」
マーヴェリックは“国民連合”陸軍の戦闘服姿で、上着の前は開け放ち、タンクトップを晒していた。彼女のスレンダーな体が浮かび上がっている。
「君について大学の事務局に問い合わせたら、そんな学生はいないと言われたぞ」
「そうとも。偽名で入学してたからね。言っただろ。言語研修だって。これから“連邦”やその周囲で揉め事が起きると踏んで、その付近の言葉を習いに来てたのさ」
「じゃや、君も民間軍事企業のコントラクター?」
「その通り。軍歴は、まあマリーと同じだ。マリーについては調べたんだろう?」
「ああ。彼女はどうしても引き入れたかったら」
「なら、あたしもセットでどうだい?」
まるで『ポテトも一緒にいかが?』とでもいうようにマーヴェリックはそう言う。
「君は俺が何をやるのかを知っているよね?」
「分かってるとも。暴力が欲しいんだろう。権力を得るために」
そうとも金で暴力を買い、金と暴力で権力を構築する。それが必要なのだ。
「法律に触れることもするよ」
「構いはしないとも。あたしは危険なことが好きなんだ。マリーもね」
アロイスが言うのに、マリーは静かに頷いた。
「では、君たちを雇わせてもらおう。他に紹介できそうなコントラクターは?」
「エルニア国のコントラクターが2名。どっちも特殊空挺偵察大隊の出身者だ。戦場では連中ほどタフで頼りになる男たちもいない」
「彼らも違法行為には?」
「そんなことは気にしない。金が支払われている限りは」
コントラクターたちは意外にも順法精神というものがないようだった。
いや、法的にグレーな民間軍事企業のコントラクターである時点で、順法精神などどこかに置き忘れてきたに違いない。彼らは民間の警備会社の社員であると言って、魔導式自動小銃や魔導式機関銃で武装しているのだ。
「なら、その4人を雇おう。残りの連中は“連邦”の軍隊からリクルートしようと思っている。彼らを君たち並みのレベルの兵士に育てられるか?」
「簡単なことじゃないけど、使える程度にまでは育てられるよ」
「では、決まりだ。報酬の話をしよう」
暴力は金で買える。
アロイスは年間の給料を5億ドゥカートとし、マーヴェリックとマリー、そして2名のエルニア人のコントラクターを契約した。契約は2年ごとに見直され、修正が必要であれば修正を行う。報酬に不満がある場合や、もう辞めたくなったという場合は、2年の契約更新時に契約を変更することになる。
「よし。交渉成立。これからよろしくな、アロイス」
「またよろしく頼むよ、マーヴェリック」
アロイスはマーヴェリックと再会し、彼女を雇うことになった。
しかし、彼女はいつからアロイスがドラッグビジネスの人間だと知っていたのだろうかという疑問は残る。
彼女は“連邦”の周辺地域で揉め事が起きると思っていたと言っている。
“連邦”で揉め事と言えば、ドラッグカルテル同士の抗争だ。夥しい血が流れ、銃弾が雨あられと飛び交う。無実の民間人が巻き込まれ、汚職警官たちはどちらに付くべきかを考えなくてはいけなくなる。
そのような抗争が起きるのだ。1度目の人生の10年間の記憶があるアロイスには分かる。抗争は起きるし、アロイスはそれを迎え撃つつもりだ。たとえ、シュヴァルツ・カルテルを生贄の羊にせず、キュステ・カルテルとも講和を結んだとしても、それでも絶対に血が流れるという確信が、アロイスの中にはあった。
それを知っていてマーヴェリックが自分に近寄ってきたのならば、アロイスは残念だという気持ちがあった。アロイスはマーヴェリックと仕事の話もしたが、もっぱらは楽しい会話で過ごしていた。はっきり言ってしまえばアロイスはマーヴェリックに好意を抱いていた。
それが金とためだった、となればアロイスは失望する。
しかも、それを問うことはできない。マーヴェリックとマリーはセットだ。どちらが欠けても取引は成立しない。そして、マリーは引き入れておかなければ、対抗するドラッグカルテルにリクルートされる可能性があった。
だから、アロイスは馬鹿正直に『俺と寝たのは金のためだったのか?』とマーヴェリックには尋ねられない。そんなことをすれば間違いなく相手の機嫌を損ねる。今の取引で主導権を握っているのは誰にでも暴力が売れるマーヴェリックたちの側で、アロイスは頭を下げて自分たちの私設軍を訓練してくれるように頼まなければならないのだ。
「俺たちは正義の執行者にはならない。俺たちの戦争には大義はない。無関係と思われる民間人を殺すこともある。大学教授、学生運動家、弁護士、政治家、ジャーナリスト、聖職者エトセトラ、エトセトラ。ドラッグビジネスを批判する人間は皆殺しにする」
「わお。最高にイケてる。超クール。危険な臭いがぷんぷんするじゃん。あたしが待ち望んでいたのはそういう仕事だよ。そういう仕事こそあたしたちのやりたかった仕事。正義も、大義もクソくらえ。自分に正直であれ」
「正直だね」
ああ。正直だとも。俺は冗談で話しているわけではない。
将来的にドラッグビジネスを批判する人間は出てくる。“連邦”からドラッグビジネスを排除しようという動きが出てくる。
アロイスだってドラッグビジネスが国の収益になっているような状況をひっくり返したいとは思う。だが、彼はそういうことが言える立場ではない。彼はドラッグビジネスの幹部でありボスの候補なのだ。
しがらみがなければドラッグに反対する運動に募金すらしただろう。だが、立場が立場だ。彼はあくまでドラッグビジネスサイドに立っている。そして、ドラッグビジネスに関わる人間は暴力で人を従わせる。
暴力を使いこなせなければ、ドラッグビジネスはやっていけない。もちろん、暴力だけが全てではない。大衆をコントロールする手段は他にもある。だが、第一に持ち上がるのは暴力である。何故ならば暴力は権力を構築する材料であり、それを示すことで他のカルテルに対する示威行為にもなるからだ。
ドラッグビジネスに反対する人間は殺さなければならない。そのまま放置しておけば、他のカルテルに付け入る隙を与えることになる。暴力が脆弱だと判断されれば、他のカルテルは暴力を使って攻撃を仕掛けてくるだろう。
結果としてそれが抗争を生み、無駄な血が流れる。
そうなるぐらいなら、ドラッグビジネスに反対する人間を早期に圧倒的暴力で排除していった方が、最終的な犠牲は少ない。
死体は晒しものにしなければならないだろう。誰が彼らを殺したのか示さなければならないだろう。殺す際にも民衆が恐怖で震えあがるような残忍な殺し方をしなければならないだろう。それでもこれは必要なことだ。多くを救うための仕方ない少数の犠牲だ。
「それであたしたちが指揮する私設軍の名称は?」
「名称なんているのか?」
「いるとも。士気にかかわる。決めてないならあたしが決める」
マーヴェリックが言う。
「『ツェット』。軍時代のあたしのコールサインだ。これがこれから大量の命を奪う軍隊の名前になる」
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