ブロークンスカル

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 ──ブロークンスカル



 アロイスは2日間の休みを取り、“国民連合”に向かった。


 “国民連合”の人間が“連邦”に入るのは容易だが、逆は厳しい。


 入国審査を受けて、荷物を確かめられ、始めて入国できる。


 NWCFTA──北西大陸自由貿易協定は両国の人の行き来をある程度自由にしたはずだったが、やはり“国民連合”から見れば“連邦”からやってくる人間はギャングやドラッグの売人、不法労働者なのだろう。


 自由の国が聞いて飽きられるが、ある程度のことは事実なのでしょうがない。


 アロイスは空港を出て、タクシーを拾う。


 事前に連絡はつけてある。相手は話し合うことに同意した。場所は相手が指定してきた。街の中でも治安の悪い場所にある酒場の2階だ。下で酒を飲んで、2階に女性を連れ込むというのは昔の商売方法だったらしいが、その手の行為に規制が厳しくなり、今の2階はブロークンスカルの拠点のひとつになっているそうだった。


 町の名前はレニ自由都市。“国民連合”の長ったるい国名の中にも含まれている高度な自治が認められた都市である。


 レニ自由都市は独自のレニ都市軍を抱えている。州兵のようなものだが、州兵と違って海外に派遣されるようなことはない。


 マギテク関連企業への税制を優遇し、多くのヴェンチャー企業が生まれている活気ある都市であると同時に、カジノ産業が合法化された都市でもあり娯楽に満ちている。


 “国民連合”西部最大の都市であるこレニ自由都市でアロイスは商談に臨む。


 アロイスはタクシーで指定された酒場まで向かった。


 酒場は普通の酒場とは思えないようなセキュリティーシステムが付けられているのが分かった。監視カメラが少なくとも5台。正面入り口には人相の悪い入れ墨を入れ男が立ち、これでは普通の客は入れないではないかとアロイスは呆れた。


「なんだ、お前。じろじろ見てるなよ」


「これは失礼。ヴィクトル・バザロフ氏に用事があってきた。アロイスが来たと伝えてはくれないか?」


「はん。混血が偉そうに。まあ、一応ボスに問い合わせてやるよ」


 男はそう言って扉をバンバンと叩く。すると中から別の男が出てきて、何事だという顔をして入り口の男の方を見る。


「ボスにアロイスって混血の男が来ていると伝えてくれ。ボスに用事だそうだ」


「分かった」


 1度目の人生のアロイスはこんなことはできなかっただろう。まだ大学に通っている内から、“国民連合”のギャングと話し合うとは。


 だが、2度目の人生のアロイスに恐れるべきものはない。ギャングなどよりも恐ろしいものを相手にしてきたのだ。凄惨な拷問を得意とするカルテルの人間や、権力のためならばなんだろうとするカルテルの幹部、暴力でアロイスを脅すカルテルのボス。


 それに比べれば、こんな小ぢんまりとした拠点に立て籠もっているギャングなど大した相手ではない。アロイスは良くも悪くも、この手のことに慣れていた。


 確かにアロイスが継承したのは記憶だけだったが、精神を全く継承していないわけではない。エルケの件では微妙な気分になったものの、相手がギャングならば逆にやりやすいとかんじるくらいであった。


「通せ」


「分かった」


 再び扉が開いて、男がそう伝える。


「身体検査だ。銃や盗聴器を隠し持っていないよな」


「丸腰だ。遠慮なく確認してくれ」


 ボディチャックを受ける。


 アロイスは未だに魔導式拳銃を手に入れておらず、ナイフも持ち歩いて余計なリスクを背負わず完全な丸腰だし、盗聴器など身に付けているはずもない。むしろ、相手が盗聴器をつけているのではないかと疑いたくなるほどである。


「よし。行っていいぞ」


 アロイスは入り口の男が扉を開くのに、足を踏み入れた。


 1階は確かに酒場だった。その代わり会員様限定だ。


 筋骨隆々の男たちが煙草を吹かし、度数の高い酒を飲んでいる。彼らはじろりとアロイスを見ると、そのまま観察を続けた。


 アロイスはそのような視線は気にもしなかった。修羅場を切り抜けてきた経験はある。こういうときは舐められないように堂々としておくべきだ。ギャングというのは単純で、力の強弱だけで相手を見定める。


 ギャングのメンバーは比較的若いように見えるが、中には白髪頭の老人も混じっている。その目つきは他のメンバーより鋭く、アロイスを睨むように見つめている。


 腰には旧式の魔導式拳銃と軍用ナイフ。この老人もまた外人部隊の出身者なのだろうかとアロイスは思った。


 “国民連合”外人部隊の歴史は長い。下地となったのはエリティス帝国──現在のエルニア国からの独立戦争を戦った時に、ドラコ帝国──現在のスクアーマル大共和国などから傭兵に近い志願兵を募ったことにある。


 彼らは独立戦争を勝利に導き、そのまま外人部隊として“国民連合”大陸軍の一部となった。それから月日は流れ、外人部隊は“国民連合”での市民権を獲得するための場所といして、かつエリート部隊として、存在し続けることになる。


 “国民連合”の海兵隊も同じように市民権を得られるし、エリート部隊ではあるが、外人部隊では過去の経歴を消してくれるという利点がある。外国で問題を起こしたものや、脱走兵などの犯罪歴のあるものが、自由とチャンスの国“国民連合”の市民権を得るためには外人部隊に入るのはもっとも適切なのである。


 そんなわけなので外人部隊の人間が立ち上げたギャングというのは、ある意味ではとても危険だ。素性の分からない連中を兵士として優れているからという理由だけで構成したのが外人部隊なのだから。


 だが、アロイスは何もかギャングに喧嘩を売りに来たわけではない。ビジネスの話をしに来たのだ。お互いが得をするビジネスだ。相手が外人部隊上がりだろうと、アロイスは恐れることはない。ただ、ビジネスの話をすればいいだけの話だ。


「こっちだ」


 先ほどとは別の男が案内する。


 その男も入れ墨を入れていた。ナイフが刺さり、ひび割れた骸骨の入れ墨。


 なるほど。ブロークンスカルというわけかとアロイスは思った。


 2階に入ってすぐに南京錠で封鎖された金網の扉が飛び込んできた。


「ボスの客人を連れてきた」


「分かった」


 南京錠が外され、アロイスは中に入る。


 さらに2名の煙草を咥えた男が守る扉の前で再度ボディチェックを受け、アロイスはようやく室内に入れた。


「お前がアロイスか」


 部屋にいたのはスキンヘッドの大男だった。


 ボロボロのジーンズにタンクトップ、そして“国民連合”陸軍の迷彩服を羽織っている。それから金のアクセサリー。どうしてこういう連中は金のアクセサリーが隙なのだろうかとアロイスは疑問に感じる。どいつもこいつも似たようなアクセサリーで個性がない。アウトローを気取ってるが、ドレスコードはアウトしてない。


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