突発的ショート
更楽茄子
暗い森にて
暗い森の中、辛うじて残っている獣道を一つの人影が歩いていた。
その背には別の人影が背負われており、その顔は赤く、イビキと共に漏れる息は強いアルコール臭が含まれている。
暫く進むと少し開けた場所へたどり着き、そこには美しく澄んだ小さな泉があった。
「よいしょ…っと」
背負った泥酔中の男性を降ろすと、女性は腰に携えていた縄を取り出すと、男性の両手を背で縛り、足首も揃えた状態で縛り付ける。
それから泉の近くにあった大きな岩へと近付き、その岩を縄で縛ると、その岩と男性の足首の縄をそれなりの長さの縄で繋ぐ。
「…ふぅ。じゃあね、あんた」
女性は縄で括った岩を必死の形相で持ち上げると、泉に向かって放り投げる。
投げ込まれた岩は当然一気に泉へと沈んでいき、縄で繋がれた男性も引っ張られるように一気に泉へと消えていった。
男性の沈んだ場所からは激しく泡が浮いていたが、しばらくするとそれも収まっていった。
「……………」
女性が何も言わずに、穏やかになった水面をじっと見ていると、突然泉の中央が小さく金色に光りだした。
そして光の中心に泉から浮いてくる様に金髪の女神が姿を現す。
『貴女の落としたのは─────』
「あたしの旦那を返しておくれっ!」
女神が話し終わるのを待たずに、女性が強い語調で言葉を被せた。
「旦那にあの斧を渡したのはアンタなんだろう!?。あれを持ち帰ってきてから旦那は変わっちまった」
女性は視線を上に向け、何か思い出すような顔をした。
「あれを売ったお金で酒を買い、酒の味を覚えた旦那は変わっちまったんだよ!。あたしが何を言っても働きもせずに酒浸りの毎日さ!」
そして女性は再び視線を戻すと、女神を強い眼光で睨みつける。
「それもこれも、アンタがあんなもんを旦那に渡しやがったからだよ!」
『…………』
女性の強い口調に、女神は何も言えないまま光の中央に佇んだままだった。
突然女性が膝を折り地面に座ると、そのまままるで土下座をする様に額が地面に擦る程に頭を下げた。
「頼む、頼むよ!。金なんかいらない。あれも返せって言うなら働いて必ず返す!。だから、昔の真面目だったあたしの旦那を返しておくれよっ!」
背を丸め小さくなる女性は、「頼むよ、頼むよ…」と繰り返している。
そんな女性を見ていた女神がゆっくりと光というか泉へと沈んでいき、全身が沈んでしまったが水面の光は残ったままだった。
少しすると、片手に古びた鉄の斧と、そして肩に先程泉に沈んでいったはずの男性を載せて浮き上がってきて、女性の方へとススっと近付いてくると地面に下ろした。
『…斧は返す必要はありません。私の軽率な行動で迷惑をかけて申し訳ありませんでした』
女神はそれだけ言い残すと、またススっと泉の中央に戻ると、光に吸い込まれるように消えていき、今度はその光も消え、周囲に静寂が戻った。
「ううぅ…オレは一体…」
「あんたっ!」
目を覚ました男性に飛びかかる様に抱きつくと、女性は小さく嗚咽を漏らすのだった。
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