第12話 うちの子たちを誑かしたのはだぁれ?
地面に突っ伏したオルロの身体から血がゆっくりと広がっていく。
「オルロ!オルロ!しっかりしろ!おい!」
「ユージン危ない!!」
シュネルが制止するが、それを無視し、ユージンは叫びながらオルロに駆け寄る。
「ハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!」
オルロの刃によって千切れかけた右腕をぶら下げたままエドヴァルトが笑う。
シュネルはエドヴァルトを警戒して睨むが、必死になっている様を眺めるのが楽しいのか、あるいはダメージが大きいためか、オルロに駆け寄るユージンを攻撃する気配はない。
オルロの側に駆け寄ったユージンは血溜まりからオルロの身体をそっと抱き起こす。
「オルロ!しっかりしろ!」
ユージンがオルロを揺さぶるが、既にオルロに意識はなく、反応は返ってこない。
胸に深々と突き刺さった緑色の刀身のナイフは背中にまで貫通にしていた。
「シエラ!」
ユージンが地面に倒れているシエラに向かって叫ぶ。
「頼む!起きてくれ!オルロが…オルロが…」
「…………?」
ユージンの必死な叫び声に意識を取り戻したシエラが頭を押さえながら顔を向け、
「………」
状況を理解すると「…ルッカ」と呟いて目を閉じる。
彼女が目を開けた瞬間、黒髪が茶色がかった銀髪に変わり、瞳の色もグリーンガーネットのような緑色に変わった。
人格がシエラからルッカへと入れ替わったのだ。
「ルッカ、オルロが…」
ユージンがルッカに助けを求める。
「…!オルロ!!」
瞬時に状況を理解したルッカが叫び、オルロの方へと駆け寄る。
「………ッ!!」
近づいてオルロの傷口の状態を見たルッカが口元を覆い、そして口をぎゅっと横に結ぶ。
ユージンはすぐさま
「…オルロ!!」
「
グラシアナがまたも見せた隙をつき、黒く染まった
「!!」
グラシアナはそれを左腕で受けるが、紫色の金属質の包帯が一部弾け飛ぶ。
「!? 『|魔力喰らい』が…」
これまで一度足りとも破られることのなかった神器の硬度を上回る斬撃。
一点における破壊でいえば
「惜しいわね。もう少し深く入っていれば…」
ルシアは槍斧をヒュン、と素早く回転させて舌打ちする。
「でも…見つけた。これならば貴女に一撃入れることができそうね」
ルシアは微笑むと再び槍斧に赤いオーラを纏わせ、間合いを詰める。
「調子に乗るんじゃ……ないわよッ!!」
グラシアナの異形の右腕がピンク色に輝き、5本の触手が超高速で打ち出される。
「…ッ!!」
ルシアは視力を持ってしても捉えがたい攻撃に思わず大きくバックステップで距離を取る。
「そこッ!!!」
グラシアナが彼女のバックステップと同時に姿を消し、地面を這うように距離を詰める。
「せいッ!!!」
グラシアナの左の拳が輝き、ルシアの腹部を打つ。
「高速移動(2)」と「正拳突き」を組み合わせたスキルアレンジ「高速正拳突き」。
「ぐっ………」
みぞおちに神器を
「
グラシアナが異形の右腕を槍のように一点にまとめ、跳ね上がったルシアの身体に突き刺す。
「~~~~~!!!」
ルシアはそれをすんでのところ
「…」
長い前髪がパラリと顔にかかり、ルシアの表情は見えない。
なにかを小さく呟いたのが聞こえた。
「?」
グラシアナが拳を構えながら警戒するとルシアは顔を起こし、グラシアナの顔を見据える。
「…ああ、そういうこと」
普段よりもトーンの低い声がルシアの口から漏れる。
「?」
「そう…。私、わかったわ」
そう呟くルシアの顔から表情が抜け落ちていた。
「ハクロウ、貴女が私のヨハンとシュネルをそそのかした。そういうことなのね?」
「なにを言って…」
「うるさいッ!!」
ルシアが叫び、グラシアナの声をかき消す。
「ディミトリ派に引き抜いたってことでしょう?どこでなにをしたのか知らないけど、卑怯なことをして!!」
ルシアの目には怒りが宿っていた。
「あの2人が私を裏切るなんてこと、あり得ないわ。とても良い子たちなの。―――貴女は知らないかもしれないけどね。可愛そうに。洗脳されているのかしら。ヨハンなんか姿まで変わってしまって…」
ルシアはオルロの側で必死に叫ぶユージンを見て顔を歪める。
「こんなことならもっともっともっともっと…祈りを捧げる時間を作ってあげればよかった。ああ…なんてこと、私のミスだわ」
「…洗脳してるのはアンタの方じゃない」
グラシアナが反論するが、ルシアは光の無い瞳をきょとんとさせ、首を傾げる。
「…何を言ってるの?貴女だってウロス様に身も心も捧げたんでしょう?ウロス様に祈ることのなにが洗脳なの?『組織』の幹部が言うセリフじゃないわ」
「その幹部なら
「皆の気持ちを一つにするために必要なことよ。それを洗脳って言うかしら?―――貴女、もしかしてお祈り、サボってる?」
ルシアが疑わしげにじぃぃぃぃぃ、とグラシアナを見つめる。
「うちの幹部は思考力を保つために祈りはやめるの。じゃないとアンタみたいなのが生まれるからね」
「…ふーん、そう。
ルシアがグラシアナを異端者と
「貴女を殺してあの子たちを取り戻す。―――ウロス様、私に力をお貸しください」
ルシアが目を閉じ、魔神ウロスに祈る。
その祈りが通じたのか、ルシアの身体から放電が始まる。
赤い髪が雷によって逆立つその姿は彼女の怒りを体現しているようだった。
「!?」
ルシアの身体を纏う黒い電流を見た瞬間、グラシアナの全身に寒気が走った。
(なんでアイツに力を貸すのよ)
グラシアナは心の中で魔神に悪態をつく。
“わりぃな、
頭の中で悪気のないウロスの声が響く。
(節操のない男は嫌われるわよ)
“俺、男だって言ったっけか?”
(うるさい)
今はウロスの軽口に付き合っている暇などない。
「…『魔神の腕』」
危険な攻撃が来る。
それを直感したグラシアナは出し惜しみせずに切り札を切った。
魔神ウロスの
「それだけの力をウロス様からいただいているというのに…。なぜ私たちの邪魔をしようとするの?ウロス様を復活させたいんじゃないの?」
ルシアはグラシアナの異形の黒い腕を見て、自分たちを邪魔することが心底理解できないという顔で首を傾ける。
「アンタたちが『組織』による永遠の支配なんて馬鹿なこと考えているからでしょう!」
「力のある者が世界を統治するのは当たり前でしょう?貴女たちだって似たようなことを考えているくせによく言うわ」
「支配と統治は全然違うでしょ!!」
グラシアナはイライラしながら叫んだ。
魔神ウロスが復活すれば、ウロスの力によって、信者たちと、その信者たちが選んだ最愛の者たちは永遠の命を手に入れることができる。
そして、不死となった人類のリーダーとしてディミトリが世界を治めるならば、必ずや争いや苦しみのない理想郷を築き上げることができるだろう。
失った人間すらも生き返らせ、永遠に幸せに暮らすことができるならば、自分たちと関係の無い人間たちが多少犠牲になるのはやむを得ない。
知らない人間よりも愛する人間の方が大切なのは当たり前のことだ。
だが、人類の滅亡を望むイレーネ派はディミトリ派とは違う未来を望んでいる。
彼女たちが望む未来には人間は存在しない。
全ての人間を魔物に変え、イレーネを頂点とした絶対普遍の支配構造が確立される。
魔神復活前の序列が永遠に固定され、二度と
支配者は永遠に支配者。被支配者は永遠に被支配者として生きることになる。
ディミトリ派、イレーネ派、どちらが魔神ウロスを復活させても、恒久的な平和は実現するが、平和の定義が根本的に異なるのだ。
それに加えて、今のグラシアナには、彼女自身にも魔神ウロスを復活させる理由ができた。
その理由とは、シャーラの身体を奪い復活したという女神アマイアを殺すこと―――
そのためには魔神ウロスの協力が不可欠だ。
「
「遅いわ」
眼の前の黒い雷が走ったと思った瞬間、グラシアナの脇腹に槍斧が突き刺さる。
「!?」
グラシアナの身体の中を黒い雷が駆け巡り、意識が吹き飛ぶ。
「グラシアナ!!!」
地面に倒れるグラシアナを見てユージンが叫ぶ。
その瞬間、目の前に黒い雷が走り、ユージンの前に槍斧を持ったルシアが現れる。
「ヨハ~~~~ン、なんで貴方がアレの心配をするの?おかしいでしょう?」
そしてチラリ、とオルロを治療するルッカに視線を向ける。
「あら?ヨハン、その子はだぁれ?んん?…ひょっとしてその子―――
ルッカを見るルシアの目がスゥ…と細くなる。
「ふぅん、貴女もうちの子たちを
「?!」
弾かれたように顔を上げるルッカにルシアの黒い槍斧が無慈悲に振り下ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます