第14話 ゼツボウとキボウ


「………なに?失敗、したの?」


少し間を置いて、シュネルの姿を見たルシアが声を絞り出す。


そのルシアの感想は無理もない。


なぜなら今のシュネルの姿はやり直しアンドゥ前の世界の「全武装」フルアーマーとは似ても似つかないふざけた姿だったからだ。


「…」


ユージンもうさぎの着ぐるみのような姿をしているシュネルに唖然あぜんとしていた。


だが、当のシュネルは大真面目な声で、


「行きますよ」


とルシアに声をかけるとつま先で地面を掴み、後方に向かって蹴り上げる。


ももの筋肉の中を通っている太い血管がギュン、と収縮し、


次の瞬間、目の前にあった筈のシュネルの身体がかき消える。




ヒュッ、パァァァァンッ!!!




少し遅れて空気が破裂する音と共に凄まじい風が後方にいたユージンの髪を吹き上げた。




リィィィィィィイイイイイイイ!!!!!!!!




金属がぶつかり、振動する音がホールに響く。


シュネルの拳を髪の毛を逆立てたルシアが槍斧ハルバードの側面で受け止めていた。


グラシアナとの戦いで見せた「魔神の雷」を発動し、シュネルの超スピードの攻撃をさばいたのだ。


「流石ルシア様。これでもまだ遅いか…」


うさぎの着ぐるみ姿のシュネルが呟く。


「シュネル…本気なの?」


ルシアの声は動揺していた。


「すみません、ルシア様。でも僕はもう決めたんです。僕が彼のヒロインになる・・・・・・・って」


「??? 何を言って…」


訳の分からない言動にルシアが混乱するが…


パンッ!!!


もう話すことはない、とばかりにシュネルは拳を受け止めた槍斧の側面を両足で蹴り、後ろへ飛び退く。


「ダメだ。まだダメだ。余計なものを削ぎ落とせ…」


距離を取ったシュネルはうさぎの姿でブツブツと呟く。


四肢ししを減らすわけにはいかない。


長い耳も大きな目も戦闘には必要だ。


外見ボディはこれ以上軽量化できいじれないなら…」


シュネルは身体の感覚に意識を向ける。




真っ先に削減するのは胃だ。


戦闘では食べ物を消化する必要はない。


身体を操作し、胃を限りなく縮小する。


胃が不要ということは、栄養を吸収する必要もないわけで…


大腸も小腸も可能な限り短くできる筈だ。


身体の中を渦巻くロープのような内臓をばっさりと削る。


―――じゃあ肝臓は?と身体に問いかける。


肝臓は糖をエネルギーに変換する上で重要な器官だ。


肝臓はむしろ活発に動くようにパフォーマンスを上げる必要がある。


肺も削れない。


戦闘は無酸素運動の連続だ。肺活量を高め、酸素を沢山取り込めるようにする必要がある。


身体の中にできたスペースを利用し、肺の機能を拡張していく。


心臓は当然残す。


心拍数を上げてパフォーマンスを更に高める。


…他はどうだろう?とまだ調整いじっていない部位に意識を向ける。


腎臓は血液のろ過をする器官だけど、今は必要ない。


カットだ、とシュネルは腎臓の機能を弱める。


脾臓ひぞうも同じだ。


機能しなければ免疫力が著しく落ちるが、戦闘中の今はそんなものは関係ない。




シュネルのイメージに従って身体の中身が変化していく。


内臓を縮小することで減らせる重さ自体はたった1.8kg程度。


それ自体は大した軽量化にはならない。


しかし、彼の狙いは軽量化ではなかった。


身体の器官を削ることで、戦闘に全エネルギーを費やすようにすること…それがシュネルの狙いだった。


その結果…


キィィィィン!!!


ルシアの武器が突然跳ね上がる。


「!」


いつの間にかシュネルの立ち位置がルシアを挟んで反対側に移動している。


「…」


シュネルは自分の腕を見つめて「まだダメか」と呟く。


彼の右手からはダラダラと血が流れていた。


先程よりも遥かにはやく攻撃を仕掛けたのにルシアに槍斧で迎撃されてしまった。


「まだ足りない」


シュネルの右手が短剣へと変化していく。


「もっと、もっと、もっと、もっと!!!」


シュネルはホールの壁や天井、床を縦横無尽に跳ね回り、加速していく。


ギィン…


ギャンッ


ギギギ…


シュッ


ギィィィィン!!!!


しかし、シュネルが四方八方から超高速で攻撃を仕掛けてもルシアはそれをことごとく槍斧で防ぐ。


「やめなさい。加減ができないわ。このまま続けたら本気で貴方を殺してしまうわよ」


身体から放電するルシアは攻撃を防ぎながらシュネルを説得しようと声をかけ続ける。




(なにが足りないんだ?)


シュネルは自問自答する。


防御力を全て削ぎ落としたせいで、槍斧で攻撃を防がれる度に全身が傷ついていく。


「全武装」フルアーマーで無茶をしているからなのか、それとも内臓を削ったせいなのか、身体の発汗が止まらず、頭の回路が焼け切れそうだ。


呼吸も先ほどから浅い。思うように酸素が取り込めていないのかもしれない。


(これ以上なにがけずれる?)


シュネルの手元にはもうなにも無駄なものは残っていない。


手に残っているのは戦闘に必要なものとユージンへの想いだけ…。










そうか…




と、不意にシュネルは悟る。


これ以上削ることはできない。


その発想自体が間違っていた。


シュネルは口元に笑みを浮かべる。


「…そうだ。僕はなにを勘違いしていたんだろう」


不意にシュネルは足を止め、ピタリ、とその場に立ち止まる。


そしてゆらっ、と脱力してユージンの方へ顔を向ける。


「削るんじゃない」


シュネルは目をつぶり、スーッと鼻から息を吸い込む。


この空間にあるユージンの香り成分を余さず肺に取り入れるイメージ。


「…ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


シュネルは恍惚こうこつとした表情で天井をあおぐ。


身体の中にユージンエネルギーが入ってくる…。


「僕に…足りなかったのは…ユージン燃料だ。」


そのことを理解した瞬間、秘めていた想いがぜる。


普段、抑えていたユージンへの気持ちあふれかえり、濁流だくりゅうのように脳からアドレナリンとエンドルフィンが分泌される。


ドバドバと出る脳汁のうじる…。


これまで体験したことのないレベルの多幸感…。


シュネルはゆっくりと目をつぶる。




―――想像しよう。


この戦いが終わったらまず僕はユージンとなにをしたい?


そうだな…まずは勝利の喜びを分かつ友愛のハグだ。


ユージンに残されたのは僕だけ…。


僕は彼の最高のパートナーとなる。


それは彼のヒロインになるための重要な一歩だ。




脹脛ふくらはぎももの筋肉がシュネルの想いに応えるかのように膨張する。


シュネルが地面を蹴ると、地面が大きくえぐり取られる。


「!?」


雷をまとったルシアが槍斧で防ぐよりもはやく、シュネルの右腕と同化した短剣がルシアの腕をかすめる。


ピッ…と腕が薄く出血し、ルシアの表情が変わった。


「『魔神の雷』をまとった私よりもはやく…?」


「もっと!!」


ルシアに背を向けて着地したシュネルが笑顔で叫ぶ。




アジトを出たらどうしよう?


汗もいたし、水浴びもいい。良い!!


彼の白い身体を流れる清らかな水。


僕も水になりたいくらいだ。


水浴びした後の水、どうにかして保存できないかな?


あ、そうだ!


僕が「武装」アームで彼の浴槽よくそうになればいいんじゃないか?


それなら彼は清潔な浴槽でお湯を使って身体を清められるし、浴槽は彼の役に立てる。


それで浴槽が彼の残り湯を残さず飲めば、浴槽も幸せ。


凄い!!!!これは凄い発見だぞ!!!!!!




「シュネル!血が…」


突然聞こえてきたユージンの声でシュネルはハッ、と妄想から我に返る。


いつの間にか鼻血が出ていた。


「ああ…本当だ」


シュネルは左手でぐい、と鼻から血を拭う。


「シュネル…大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫。丁度、調子が出てきたところだよ」


心配そうに声をかけてくるユージンにシュネルは微笑む。


彼の優しさが嬉しい。


とうとすぎる彼に対し、性的な欲求を抱く自分が恥ずかしい。


しかし、最早もはやこのあふれ出るよこしまな気持ちは止められない。




Myマイ libidoリビドー isイズ unstoppableアンストッパブル!!!(※注:僕の性欲は止められません)




「Foooooooooooooowwwwwwwww!!!!」


声を出さなければおかしくなる。


性欲に負けて、今!この場で!彼を押し倒してしまいそうだ。


シュネルは有り余るエネルギーを全て移動の力に変えてホールを跳ね回る。


一層激しくなったシュネルの攻撃。


それを徐々にさばき切れなくなってきたルシア。


彼女の身体に少しずつシュネルの斬撃が刻まれていく。


「やめて…シュネル…やめてよっ!!」


ルシアが悲痛の叫びを上げるが、シュネルは止まらない。


「もう…やめてったら!!!」




バチチチチ!!!!




ルシアが全身から黒い雷を放電する。


黒い雷を見て危険だと判断したシュネルは大きく距離を取り、動きを止める。




「…もうやるしかないのね」


飛び退いたシュネルを見て、ルシアは悲しそうな顔をする。


口を横に結び、槍斧を握る拳にぎゅっと力を込める。


槍斧からバチバチと黒い雷が放電が始まる。




(あれは一撃でも貰えばアウトだ)


ユージンの元仲間だったというグラシアナ―――。


彼女は「組織」の司教…つまりシュネルよりも格上でルシアと同格の幹部の筈だ。


しかし、そのグラシアナをもってしてもルシアの黒い雷にうたれて一撃で倒れた。


しかも今のシュネルは素早さに特化させているため、防御力は限りなくゼロ。


かすればそれだけで死ぬと考えていいだろう。


雷をかわすには雷よりもはやく動く必要がある。


先程のオルロやエドヴァルトのように…。




もっともっと燃料・・がいる。


シュネルは全武装フルアーマーで手に入れた超速を使って、地面にへたり込んでいるユージンへ飛びかかる。


あまりの疾さに半ば放心状態のユージンは自分の背後にシュネルが回り込んだことに気づかない。


(ユージンのっ!頭皮の!におひ!)


白く変わってしまったユージンの髪の毛。しかし、彼の頭皮の匂いは健在だ。


シュネルは瞬きをする間に鼻孔いっぱいにユージンの頭皮の匂いを吸い込む。


「ンンンンン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


あまりのかぐわしい香りにシュネルの下半身が荒ぶる。


「?」


ユージンが背後に気配を感じて振り返るが、その時にはシュネルはもう別の位置へと移動を完了させた後だった。


ユージンへの愛エネルギー全開フルチャージ!!!」


大量の鼻血を床に撒き散らしながらシュネルは叫ぶ。


興奮し過ぎて毛細血管が切れたのか、弾丸兎バレット・ラビットの黒い目の縁から血がにじむ。




その時、




「それは良かったなァ」


静かだがやけに通る男の声がホールで聞こえた。




まるでその場に固定れたようにルシア、シュネル、ユージンの動きがピタリと止まった。


『影踏』シャドウ・ステップ…くくくっ」


全員が動かなくなった空間の中で、男は笑いながらゆっくりと歩を進める。


魔剣「ミルグリム」によって奪い取ったオルロの力「影踏」


「核を傷つけられちまったせいで傷の治りが遅ぇがなぁ。まぁ、その価値はあったな」


傷が塞がりきらないせいで、動くたびに左肩が傷口を支点に上下にパカパカと揺れ、地面に血がしたたり落ちる。


しかし、そんな状態にも関わらず、男の血まみれの左手には紫色に光るナイフが握られていた。


オルロのせいで右手にはナイフを握る指が残っていないからだ。


「よい…しょっと」


大きく裂けた肩のせいで、不安定に揺れる左腕を男は大雑把に振り上げる。


そして、鞭のように振り下ろし、シュネルの肩へトスッ、とナイフを突き刺した。


「ンン!バッチリ。バッチリだ」


男は少し後ろに下がってシュネルの身体がユージンからしっかり見える位置であることを確認して頷く。


そしてユージンに向かってニヤリと笑う。


「さぁて、俺からのプレゼントだ。気に入ってくれるかね?ヨハンくぅぅぅぅぅん」




そして、「影踏」シャドウ・ステップを使用したことによる「加速した時」が終わり、時が正常に動き出す。




「!!!」


時が動き出した瞬間、ユージンは自分の視線の先に突然エドヴァルトが現れたことに気づいた。


そして彼の邪悪な笑みからなにか良くないことが起こったのだということを察する。


彼の隣にはいつの間にかシュネルが立っていた。


そのシュネルもまた自分の側に突然現れたエドヴァルトに驚いた様子だった。


「!!」


シュネルは突然肩に走った痛みで、自分の肩にいつの間にか紫色のナイフが突き刺さっていることに気づく。


「ちょっと…エド…」


ルシアが突然戦闘に乱入してきたエドヴァルトに対し、なにか言おうと口を開いた瞬間、


ドサッ…


シュネルがその場で膝をつく。


ナイフの刺さった肩の傷が突然、ぐぐぐぐぐ…と盛り上がる。


直後、傷口を突き破って、白と黄緑色の混ざったまだらうみが大量に吹き出した。


勢いよく飛び散ったうみによって、紫色のナイフが傷口から抜けて、カランカラン、と音を立てて地面へ転がる。


「あ…」


なにも考えず、咄嗟とっさにユージンがシュネルに向かって手を伸ばす。


「ゆ…じ………ん」


それに応えようとシュネルも手を伸ばした。


次の瞬間、シュネルの目や耳、口など身体の穴という穴からうみが吹き出した。


白と黄緑色のまだらうみまたたく間にシュネルの身体を飲み込んでいく。




「あああああああ…」


眼の前でまた大切な人を失った…。


「あああああああああああああああああああ…!!!!!!!!」


ユージンが悲痛な声を上げた。


「あッははははははァァァァはははははははははァ!!!!!!!!!!!…ブフッ、うひゃっ!やっっっっっべぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」


湧き水のように吹き出すうみの塊の横で、手を伸ばしたまま絶望の表情を浮かべるユージンにエドヴァルトが腹を抱えて笑う。


「サイコー!サイコーだよ、ヨハン君。お前の今の面、最高にそそるぜぇ!!!」


「ちょっとエドヴァルト!アンタねぇ…!」


ルシアがエドヴァルトをキッ、とにらむ。


「はっ、うるせぇぞ、ブス!今最高に楽しいところだろうがよぉ。そもそも、上位者に敵対行動を取った時点でてめぇのお人形さんシュネルは処分確定だろうが。くっくっくっ…おっといけねぇいけねぇ…」


エドヴァルトは笑いながらルシアをあしらうと床に転がっていた紫色のナイフを拾う。


そしてユージンに向かって目をニィィィィィ、と三日月の形に歪める。


「さぁて、デザァァァァトの時間だァ。今度はその紫色のおめめ、もらうぜぇ?」


そして、ぐるん、とルシアに首を向ける。


「それくらい止めねぇよなァ?お前が止めねぇならこれでコイツの反逆罪の分は手打ちにしてやるからさァ~。それとも俺とヨハン君を賭けて戦うかぁ?ここで・・・?」


エドヴァルトの問いかけに対し、ルシアは黙って床に視線を落とすと「…命を取らないなら目の1つくらいなら」とボソリ、と応えた。


「ヒャッハァ!クヒヒヒヒッ!!!!わかってんなァ、ルシア。そうそう。そうだ。そうだよ。ルシアちゃん。俺たち、争ってる場合じゃねぇもんなぁ。仲良くしねぇとなぁ」


エドヴァルトはユージンの目1つで、本来なら処刑は免れない上位者への反逆の罪を不問とすると言った。


しかし、それでもルシアがユージンをかばえば、エドヴァルトと戦うことになるだろう。


だが、ここはディミトリ派のアジトであり、ディミトリ派との抗争を控えている現状、イレーネ派の幹部味方同士で戦うわけにはいかない。


葛藤した結果、ルシアはユージンに対する拷問ごうもんをエドヴァルトに許可する。


「!!」


ユージンはそれを聞いてびくり、と身体を震わせた。




逃げなくてはならない。


逃げられないならせめて魔法を使わなくては…。


そうだ。「アンドゥ」だ。「アンドゥ」を使ってやり直せば…。


ショックと恐怖が入り混じったパニック状態のせいで思考がまとまらない。


「アンドゥ」を唱えなければならない。


それはわかっているのに唇が動かない。




「…ケテ…」


ユージンの口から言葉が漏れる。




助けて


誰か…


誰か、僕を助けて




迫り来る恐怖の中でユージンの思考が高速回転する。


それは自分がわずかにでも生き残る可能性を探る最終演算走馬灯…。


それらがこれまでユージンの中にあった違和感ピースを集め、1つの仮説へと導いていく。




ルッカ、グラシアナ、オルロ、そしてユージン…


昔のパーティが同じ場所にこれだけそろっているのは偶然なのだろうか?


これが第一の違和感だ。


パーティが解散して1年半。これまで一度たりとも交わることのなかった仲間の道が突然、このアジトで重なり始めた。


そんな偶然があるわけがない。


これがもし、誰かの思惑によって集められたものだとするならば…。




ユージンの思考が更に次の違和感へとスポットライトを移す。


『立場的にはそうすべきでしょうけど…止めないわ。なぜアタシがこんなところに来るように言われたか、ようやくわかったしね』


ルッカが囚えられているFブロックの隔壁の前で、ルッカたちを救出しようとしているユージンたちに向かって、グラシアナは確かにそう言った。


この発言は彼女が誰かに言われてこのアジトに来たということ示唆しさしている。


魔神教の司教である彼女を動かすことができる人物がいるとしたら、それは彼女の上官である大司教ディミトリに違いない。




大司教ディミトリ…


ユージンたちのパーティにグラシアナを潜入させた張本人だ。


そして…


この数年、名も無い里を次々と信者たちに襲わせているのもイレーネ派ではないことから恐らくディミトリ派の仕業だとユージンは睨んでいた。


つまり、信者たちにルッカの里を襲わせたのも、ディミトリということになる。




そのルッカはこのアジトでディミトリ派に囚えられ、Fブロックに幽閉ゆうへいされていた。




ユージンもニゴウからルッカがこのアジトに囚えられていると聞かされなければこんな作戦を立てることはなかった。


ではニゴウはどこでその情報を知り得たのか?


ニゴウを現在操作しているのはギブラにいたザルトフの部下ではなく、ディミトリ派の人間だ。


つまり、ディミトリがニゴウに指示を出し、ルッカをえさにユージンをここにおびき寄せた可能性が高い。




さらに、だ。


オルロはオハイ湖の地下でここの地図を見つけた。いくら敵対している派閥のアジトの地図とはいえ、魔神教はその痕跡を一切残さない主義の集団だ。


にもかかわらず、自分たちの存在に繋がるヒントを破棄したアジトに残したままにするだろうか?


地図はユージンたちのパーティの誰かが魔神教の痕跡を探しに来た時に見つけるようにディミトリが仕込んだのだとしたら?




そもそも、これまでパーティが戦った相手は「角つき」「羽つき」「ロザリーとボニファ」。これらは全てイレーネ派の勢力だ。


ディミトリ派の勢力には一切被害が出ていないのはあまりにも不自然だ。




これら全ての違和感の断片を繋ぎ合わせた先にある答え…


それはユージンたちが最初からディミトリの手の平の上で踊っていたという事実だ。


それに気づいた時、ゾクゾクゾクゾク…とユージンの身体に全身に鳥肌が立つのがわかった。


目の前にせまり来るエドヴァルト恐怖とはまた別種の底知れない恐怖がユージンを襲う。




(落ち着け…考えろ…ここから生き延びる方法を…)


ユージンは発狂しそうになる自分に対し、心の中で言い聞かせる。


このままでは「アンドゥ」できないまま、エドヴァルトとルシアに捕まり、今度こそ確実に記憶を奪われるだろう。


そうなればおしまいだ。


全てが終わる…。


パニックになるために思考を回したのではない。


ユージンの脳もまたユージンをパニックに陥れるためにこの答えを導き出したのではないだろう。


この答えの先にあるはずなのだ。


生存の道が………………。




「!! …………そうか」


先程まで絶望によって、光を失っていたユージンの右目に少しだけ光が宿やどる。


なぜ気づかなかったのだろうか?


この大きな違和感に…。


(いる筈だ…)


ユージンの目に宿る希望の光が少しずつ大きくなっていく。


(いないとおかしいんだ)


ディミトリはユージンたちのこれまでの行動を完璧にコントロールしてきた。


恐らくこの状況もディミトリの計算通りなのだろう。


ならば、今回の計画に必ずなくてはならない人物がもう一人いるではないか。






「…頼む。を助けてくれ!!!!ヴァルナァァァァァァ!!!!!」


ユージンが叫んだ。


その時、まるで図ったかのようなタイミングで、ふわり、と目の前に赤い衣を纏った褐色の女性が降り立つ。


彼女の巻き起こした微風が得も言えぬ良い香りをユージンの鼻孔へと運ぶ。


後ろ姿だけでもわかる絶世の美女。


トレードマークであった長い黒髪がばっさりと肩の辺りで切り揃えられているが、彼女のまとうこの雰囲気は間違いない。




冒険者未登録、素人同然の状態でハイ・ソシアを単騎討伐。


その死体を引きずり、大都市ネゴルの大通りを血まみれにした「問題児」トラブルメーカー



「角つき」、「羽つき」などギルド指定の「ネームド」を倒し、ギルド史上最速でAランクに駆け上がった「変異種殺し」…



大都市テベロを襲った竜災。


その被災者たちであるテベロ市民たちの依頼を一身に引き受け、これまで最強の冒険者「半熟卵の英雄エッグ・ヒーロー」ボイルしか成し遂げられなかった単騎でのドラゴン討伐を果たした伝説的英雄「竜殺し」…


数々の異名を持つ彼女はいつも困難な状況でこそ、その真価を発揮し、パーティを勝利に導いてきた。




「うむ?呼んだか?」


ショートヘアの黒髪の美女が耳飾りを揺らしながらユージンを振り返る。






この圧倒的な安心感。


状況は最悪にも関わらず、彼女ならばなんとかしてくれるだろうと期待してしまう。


「ゔぁるなぁぁぁぁぁ~~~~」


心の緊張がゆるみ、ユージンは思わず涙を流しながら彼女の名を呼んだ。


「はっはっはっ、久しいのぅ、ユージン。…む?お主、ちょっと老けたか?」


パーティ「女神のサイコロ」の絶対的エース―――「竜殺し」のヴァルナが情けない声をあげるユージンを見てニッ、と白い歯を見せて笑った。


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