女神のサイコロ 第2部

チョッキリ

プロローグ

アーニー劇場「女神のサイコロ」第2幕


――― ???年後 アマイア暦???年紫陽花の月6月7日 午後 ―――

       <大都市ネゴル カルメロ商会 アーニー劇場>



大都市ネゴルの大通りの一角にあるカラフルで派手な装飾の巨大な建築物、アーニー劇場はいつも満席だが、今日は特に異常な熱気を帯びていた。


演目は1番人気の冒険譚ぼうけんたん「女神のサイコロ」。


この演劇は座長のアーニー自らが関わったことのあるパーティ「女神のサイコロ」がギルドにあげた報告書を元に制作されている。




アーニー劇団の演劇は、今やレイル共和国だけでなく、ミンドル王国、レーベなど世界中で注目されていた。


―――あの他種族を嫌うリード帝国ですら、アーニー劇団だけは国内への出入りが許されるほどだ。




1度は解散することになったこのパーティだが、メンバーのその後を追うべく、熱烈なファンたちが総出で冒険者の記録がない部分までも調べ上げた。


そのおかげで、アーニー劇団はこの第2幕を作り上げることができたのだ。


今日はその第2部の初公演。


チケットは売出した瞬間に立ち見席も含め、即完売。


チケット転売の値段は10倍に吊り上がっても買い手がつく程の大人気だ。


外は雨にも関わらず、会場の周りをチケットが手に入らなかった熱狂的なファンたちが取り囲んでおり、中から漏れ出る役者の声を少しでも聞こうとありとあらゆる努力をしている。


耳の良い獣人の商人が、外から漏れ出る音を拾い、リアルタイムで実況すると宣伝をしたところ、新聞記者やファンがすぐに集まってきたが、これは流石に劇団の運営に注意をされていた。






場内にいる観客たちは期待と興奮で目の色を輝かせ、にぎわいでいた。


「やば~、あーし、昨日興奮して眠れなかったんですけど~」


「ね、わっかるぅ~」


「今日のヴァルナ役誰?」


「ドミツィア」


「あー、良いねぇ。初回だし、劇団も全力出してきてるな」


「ヤバい、俺、興奮してトイレ行きたくなってきた」


「バカッ!漏らしてもいいから最後まで見ろ。一生後悔するぞ」


「ね~、第1部何回見た~?」


「10回は見たわ。特にエレオノたんがやるルッカたんはマジ可愛い。マジで病んでる」


「いや、わかってねぇわ。ルッカたんはチェキータさんが至高」


「てかてか、今日のオルロ様、マリユスだって。ヤバい」


「マリユス様!ハァ~ン」


「てか、あの場面からパーティは1つにまとまるかね?」


「無理じゃね?ネエ様裏切っちゃったわけでしょ?」


「ルッカたんも壊れちゃったし…どうなるんだろ?」


「会場、この日のために増築したらしいぜ」


「それでこの満員かよ、ハンパねぇな、アーニー劇団」


「外ヤバいらしいよ。雨降ってるのに」


「あー見た見た。俺も同じ立場ならそうするわ」


ファンたちが口々に演目について語り合う。


皆、第2部の続きを期待しているようだった。




その時、リンリン、とベルが鳴り、開演の時間が来たことを告げる。


「皆様、本日はお足元の悪い中、当劇団に足をお運びいただき、誠にありがとうございます」


場内の係員が声を上げると、途端に観客たちが静まり返る。


係員が会場のトイレや有事の際の避難経路、視聴マナーなどの説明を伝えるが、係員も公演が楽しみなのか、なんとなくソワソワした雰囲気が伝わってくる。


「それでは「女神のサイコロ」第2幕の始まりです!」


係員が最後にそう告げると、場内の明かりが一斉に消された。


幕がゆっくりと上がっていき、青いガラスに入れられたろうそくが並ぶ舞台が姿を表す。


青く輝く夜のような幻想的な空間に観客は見入る。


舞台の真ん中には顔の上半分を仮面で隠した中性的な雰囲気のある語りが椅子に座っていた。


語り部はゆっくりと立ち上がり、観客に優雅に一礼する。




「…第1部で数々の伝説を築いた伝説のパーティ「女神のサイコロ」。しかし、彼らは道を違え、それぞれの方向へ進んでいくことを選択しました」


語り部は左手を胸に、右手を広げて悲しげに語る。


「記憶のない赤髪の青年…エルフの女性に英雄の名前を与えられた彼は今、どこにいるのでしょう?」


舞台の袖から赤髪のヒューマンの男性が飛び出す。


彼の手にはキラキラと光る剣と盾が握られており、鋭い動きで剣を振り、盾を掲げる。


背中には弓を背負っており、剣を素早くしまうと、弓を取り出し、矢をつがえる。


そして観客席の最後方に向けて矢を放った。


そこには的が用意されており、矢はそこに見事に命中。


観客から歓声が沸き起こる。特に女性ファンの黄色い声が目立った。


「「偽の英雄」赤髪のオルロは、記憶探しの旅に出たといいます。…果たして彼は旅の中で記憶を取り戻したのでしょうか?」


語り部が両手を広げ観客に語りかける。その間に赤髪のヒューマンは舞台袖へ消え行く。




「…第1部で退治した悪の組織の親玉ロザリーですが、その残党はまだ残っているようです。ロザリーによって里を焼かれ、姉と信頼していた仲間に裏切られたエルフの少女は今どこに…?」


十分な間を置いて語り部が口を開く。


すると舞台右袖から銀髪のエルフの少女がうつむいて、反対側の左袖からは黒髪のエルフの少女が意気揚々いきようようと現れる。


2人は舞台の中央で鏡合わせになり、手を絡めて観客席を見つめる。


銀髪のエルフははかなげに、黒髪のエルフは妖艶ようえんに…。


それを見た観客たちは一斉にく。


「ルッカー!」「シエラー!」とファンからの声が上がった。


「…「眠姫」ルッカと彼女の中に突然現れたもう1人の人格―――シエラ。正気を失った彼女はパーティの元を去り、一体なにをしていたのでしょう?」


語り部の声に合わせてルッカとシエラは互いに登場した舞台袖とは反対の袖へ消えていく。




「では、我等が美姫、「変異種殺し」ヴァルナはどうでしょう?彼女の活躍は皆様もご存知の通りかもしれません」


舞台袖から黒い剣を担いだ踊り子のような格好をした褐色のドワーフの美女がスッと現れる。


観客はその美しさに見とれ、言葉を失う。


ドワーフの美女は観客にウィンクをすると背中からもう一振り銀色の輝く剣を抜き放ち、舞うように剣を振るう。


観客たちは一斉に立ち上がり歓声を上げた。


「今や英雄の1人として名をせる彼女ですが、「女神のサイコロ」の解散からの出来事を今一度一緒に振り返ってみましょう。…彼女がなぜ英雄と呼ばれるようになったのかを」


会場は「ヴァ・ル・ナ!ヴァ・ル・ナ!」とヴァルナコールが沸き起こる。


その声援を受けながらヴァルナ役の役者は舞台袖へと消えた。




「…ではこの人は今、なにをしているでしょうか?過去を一切明かさず、ロザリーの組織とも関係があった可能性が高い彼―――ユージンは?」


語り部の問いかけとともに現れるのは眼鏡をかけたトントゥの青年だ。


小柄な彼の手には大きな本が抱えられており、その肩にはトカゲのおもちゃが乗っている。


「イチゴー!イチゴ―!」と観客からイチゴウコールが聞こえ、ユージン役の男性が「ムッ」と顔をしかめながら眼鏡を抑える。


「なんでだよ!!!」


ユージン役の男性が観客に向けてツッコミを入れると観客が拍手を送る。


「…「分析眼鏡」ことユージンは「女神のサイコロ」の作戦指揮官の役割もありました。その聡明そうめいな彼はパーティに疑われたまま、姿を消しましたが、彼はなぜ過去を語らないのでしょうか?…いや、語れないのかもしれません」


語り部は意味ありげに仮面の下から覗く口元を歪める。




そして、舞台の明かりがいくつか消え、元々夜の演出であった舞台がさらに薄暗くなる。


そして、舞台袖から大柄な獣人が現れた。


その瞬間、観客はしん、と静まり返った。


誰しもが息を飲み、彼女の一挙手一投足いっきょしゅいちとうそくを見守る。


獣人は体格から男性とわかるが、女性の格好をしている。


その歩く姿勢や雰囲気はモデルのように華やかだ。だが、どこかその足取りは重い。


役者の腕が良いのだろう。上品さは残しつつも、歩き方だけで彼女の暗い心の内が手に取るように伝わってくる。


彼女に対して観客のブーイングが殺到するかと舞台裏では関係者が固唾かたずを飲んで見守っていたが、観客は彼女のかもし出す雰囲気に完全に飲まれていた。


彼女が舞台の真ん中に立つと、裏方によって彼女や語り部の後方にあった明かりに火がつけられ、彼女の表情が逆光でかき消される。


「…あぁ、あなた」


グラシアナ役の役者は、どこかにいるという「彼」のことを想いながら、手を広げる。


表情は見えないが、声だけで彼女の苦悩が表現されている。


「アタシは…アタシは一体どうしたらいいの…?」


パチ…


誰かが手を叩いた。


パチパチ…。


パチパチパチパチ!!!!!


次第に拍手の数が増え、やがて多くの観客から役者に向けて拍手喝采はくしゅかっさいが送られる。


「…「ひき肉」グラシアナ、裏切りが発覚した彼女は今どこに…?ルッカや「彼」との関係は…?」


語り部が十分な間を取って語り、逆光を作っていた明かりが消えると同時にグラシアナが舞台袖へ消える。


再びグラシアナ役の役者へ拍手が送られ、そして再び、語り部の口元に注目して静まり返る。






「『女神のサイコロ』第2部の始まり始まり…」


仮面をつけた語り部は、観客へ深くお辞儀をし、幕が一旦次のシーンを作るために閉じられた。

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