第55話 準備完了、用意開始2

 誰も登校していない日曜日の廊下を俺と桐葉は少し急ぎ気味で歩いていた。桐葉は俺より半身早く扉に辿り着き、部室の扉を勢いよく開く。すると俺たちの予想通りオレンジ髪の少女は狼狽した様子で椅子に収まっていた。


「アンタ達、どうしてここに……? 今日は各自で作業を進めるんじゃなかったの?」


「えっと……。それはですね……」


 明らかに慌てている水蓮寺に桐葉は少し困惑して振り返って俺を見る。俺は大きく足を踏み出すと自信を込めた笑顔で水蓮寺を出迎えた。


「作業は終わった。今日はお前を手伝いに来てやったぞ」


「そんな……。あれだけの量の仕事をもう終わらせたっていうの? 信じられない。それに、こんなこと今まで全く……」


 水蓮寺は言葉を詰まらせながら手で顔を押さえる。やっぱり予想通りだ。俺は水蓮寺のことを理解したうえで、水蓮寺のために行動した。これが無条件に俺のために動いてくれた水蓮寺への最初の恩返しだ。俺は水蓮寺に向かってただ真心を込めた目線を飛ばすと偶然その対象と目が合った。


 底の無い漆黒の闇のように暗い水蓮寺の瞳にはところどころに光が差して、それを少し溜まった水分がちらちらと揺れ動かしていた。俺は今月に入って何度目かの同族感に襲われる。どうやら、俺が死ぬ気で作業を前倒ししたことは無駄なことではなかったらしい。本当に、良かった。俺は自分の気持ちを心の中で復唱しながらただ水蓮寺を見続ける。すると水蓮寺もそれに呼応するように俺を静かに見つめ続けていた。無言で気持ちを伝える時間。そんな二人を桐葉は不服そうに頬を膨らませながら見ていた。


「はいはいはいっ! 二人共、朝から黙り込んじゃって疲れちゃったんですか? 今の私たちにボーっとしてる間なんてありませんよ。さあ、遥さん! 私達は今から何をすればいいんですか? 部長として指示をお願いします!」


 桐葉は教室をいつもの空間に戻すようにとびきり元気な声で水蓮寺に問いかける。すると水蓮寺は正気に戻ったのか突然椅子から立ち上がり、屈託のないいつも通りの笑顔を浮かべた。


「……こんなことがあってもいいようにちゃんと仕事は用意してるわ。でも二人共、それを引き受けたらまた死ぬほど忙しくなるわよ。アンタ達にまだ仕事をやり続ける情熱と覚悟はある⁉」


「もちろん! 目の前に仕事があったならそれをやるのが私達ですよ。そうだよね、おにい!」


「ああ、そうだ。ここ数週間で鍛えた俺の鋼のメンタルをなめてもらっちゃ困るぜ!」


「よーーしっ! それなら今すぐ始めるわよ。部長の私についてきなさい!」

 

 同調の連続で膨れ上がったやる気の中で水蓮寺は勢いよく入口に向かっていく。その背中からはいつも以上に水蓮寺の活気と魅力が伝わってくる気がした。

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