第44話 水蓮寺の下準備3
「一条、アンタは驚いてないで私と一緒に土下座しなさい。早くしないと神谷さんの機嫌が悪くなっちゃうでしょ?」
綺麗な土下座の体勢から水蓮寺は俺にだけ凄みを見せて呟く。俺も黙って水蓮寺と同じように土下座をした。目の前の神谷さんは困ったように腕を組んで、
「土下座をされてもキャパ的にその解放祭とやらで花火を打ち上げることはできないんだよ。うちも夏に向けてのこの時期はもう忙しいんだ。本当にやりたいのなら三か月前には予約してくれないと」
神谷さんが言うことももっともだ。たった数週間後に大掛かりな打ち上げ花火をしろというのは客だとしても横暴すぎる。俺は水蓮寺にもう一度頭を下げさせて引き返したほうが良いのだろうか? 俺は少々床から目を話して水蓮寺に顔を向ける。しかし水蓮寺の目は微塵の諦めもないほど輝いていた。水蓮寺は急に体を起こすと、
「………私、自分達で作り上げてきた解放祭を最高の形で終わらせたいんです。みんな一生懸命頑張って準備をして、それぞれの青春をこの花火で完結させてあげたいんです!」
そう言いながら水蓮寺は手で顔を覆い号泣し始める。おそらく演技で泣いているんだろうがあまりにも臨場感があるため、神谷さんも少し動揺しているようだ。水蓮寺は更に動揺と同情を誘うように大きく声を震わせて、
「私の隣にいるこの人も一緒に花火が見たいねって言ってくれたんです。私、彼には特に綺麗な花火を思い出に残してあげたくて……」
「まさか、お嬢ちゃん。その男は君の……?」
「はい。この人は私の彼氏です。ここまで聞いてお分かりでしょうが、解放祭での打ち上げ花火に私達の青春と恋愛の全てが掛かっているんです。だから神谷さん、解放祭で打ち上げ花火をやってくれませんか⁉」
水蓮寺のとんでもない嘘と迫真の演技力で客間には静寂と混乱が入り混じった空気になっていた。ここで下手に動けば水蓮寺に殺されかねない俺は未だに深刻そうな顔で腕を組む神谷さんに注目する。
「そうか、そうだったのか……」
神谷さんは息絶え絶えにやっと言葉を発しだす。ああ、水蓮寺がここまでしてもダメなのか……。眉間に刻まれた深いしわで俺は交渉失敗を感じ取る。しかしその瞬間……。
「ご゛め゛ん゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛! お嬢ちゃんがそんなに繊細で純粋な子だと知らずに俺は……。よ゛し゛、や゛ろ゛う゛っ゛! 絶゛対゛や゛ろ゛う゛!」
「はい! 神谷さん、よろしくお願いします!」
一気に感情が爆発する神谷さんをあやすように水蓮寺は熱い握手を交わす。そして後ろを振り返って俺を見た時には水蓮寺はすっかり元の繊細さのかけらもない雰囲気に戻り、空いた片手で天高く拳を突き上げた。
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