第23話 女の子はボールにもたれかかる。

バックパックを背負った老人はふと思い出す。仲間にも打ち上げていない過去を。




 木木に囲まれたとある公園の中には、大きな池がある。


 その池の前で、ふたりの女性が話をしていた。


 ふたりとも、腕に手提げバッグを引っかけていることから、買い物帰りなのだろうか。


「本当に!? まさか、あの人が変異体だったなんてねえ」

 女性のひとりが、信じられないように口に手を当てた。

「ええ。なんでも、人の皮を被った変異体ですって」

 もうひとりの女性が、大声を出さないつつ強調するように説明する。

「まあ、人間に紛れ込んでいたの。変異体って、普通の人間が見ると恐怖に襲われるんでしょ? よく姿を隠すことができたわねえ」

「人間に紛れ込んでいたんじゃなくて、人間から皮を剥いでそれを被っていたのよ。たまたまこの街に来ていた変異体ハンターっていう人が、その変異体を確保したみたいだけど」

「まあ、人から皮を剥ぐ……なんて恐ろしい……」


 ウワサ話で盛り上がるふたりの女性の横を、ふたりの人影が横切った。




 ひとりは黒いバックパックを背負った老人、坂春。


 もうひとりは黒いローブを身にまとったタビアゲハだ。



「……もう昼か」


 公園に建てられた時計を見て、タビアゲハは腹をさすった。

「しかし、珍しいことにまだ腹は減っていないんだよな……」

 言葉通りに珍しく思うように、隣のタビアゲハは坂春の方を見て口を開けた。




 その口からは言葉は出なかった。




 坂春の後ろに、小さな男の子がぶつかってきたからだ。




「いててて……」

「ん、だいじょうぶか?」

 尻餅をついた男の子の声に、坂春はようやく気づいたようだ。後ろを振り向いて男の子に心配をかけるためにしゃがむ。

「……うん。平気」

 男の子は坂春の顔を見ても怖がることはなく、尻をさすりながら立ち上がった。

「あ!」

 すぐに後ろを振り向くと、男の子はその場から走り去ってしまった。

 その男の子を追いかけるように、もうひとりの男の子がこちらにやって来て、ふたりの横を楽しんでいるように通り抜けた。


「……」「……」

 タビアゲハは鬼ごっこをしていると思われるふたりの男の子の後ろ姿を、坂春は先ほどまで男の子のいた地面を、それぞれ見つめていた。


 先にわれに返ったのは、タビアゲハの方だった。

 しゃがんだままの老人の背中を、指の腹でつつく。

「……あ、ああ、すまん。ちょっと考え事をしていてな」




 坂春は立ち上がると、少し気まずそうに頭をかきながら歩き始めた。




 その後を、タビアゲハが追いかけていった。











 場所はおろか、時さえも変わり、数十年前。


 ビルの建ち並ぶ街並みに囲まれた公園の中には、噴水がある。


 噴水の前に置かれている1台のゴミ箱。


 そのゴミ箱を、ある人影が中身をあさっていた。


 まだ10歳にも満たない女の子に見える。しかし、その腕は膨らみがほぼなく、骨のシルエットに当てはまりそうだ。

 白色を下敷きにところどころが茶色く変色したワンピースを着ており、その前髪は顔を多い被さり、後発は肩まで伸びている。腕を動かすと、髪から白いフケが舞い落ちていく。


 突然、女の子は右の方向に倒れた。あさっていたゴミ箱とともに。


「あ……」


 その側に立っていた男性が、倒れた女の子に目を向ける。

 女の子はゴミの上でうつぶせになったまま、動かなかった。動くほどの力も残っていないのだろうか。


「……まいったな。ちょっと急いでいたら肩にぶつかってしまった」


 頭をかくこの男性、歳は30代と思われるだろうが、顔が怖い。

 黄色のコートを羽織り、頭はショッキングピンクのニット帽を被っている。


 男性は申し訳ないようにうごかない女の子を見つめていた。しかし、面倒くさいという心境もあるのか、辺りを見渡している。


「……」


 周りには誰もいないことを知った男性は、見なかったようにそっぽを向きながら、その場から離れようとした。




「……変異体……」




「!!」

 女の子のか細い声は、立ち去る男性を引き留める効果があった。

「どうして……死なないと……いけないの……?」


 まるで問いかけているような女の子の声を、男性はこれ以上背中では聞かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る