女子高生武将の恩返し  ―最弱名族大名の滅亡する史実を、不死鳥と呼ばれたダメ当主と共に乗り越えます―

黒澤ちかう

小田城奪還編

氏治、戦にボロ負けし敗走す

「な、なぜじゃ!わしの策は完ぺきだったはずじゃ!なのに、なぜうまく行かぬのだああああ!」


 背後に佐竹軍の大群が迫っているとの報を聞き、常陸小田家ひたちおだけ15代当主小田氏治おだうじはるは本陣で泣き崩れていた。


 目の前では小田家の軍勢が、敵兵に何とか耐えている現状。


 だが背後に、敵の援軍が迫っているのだった。


 一刻も次の早く策を出さねばならぬのに、当の氏治は泣き崩れていたのだった。


「だから言ったはずです、無理であると」


 作戦、布陣担当の天羽源鉄あまばげんてつがため息をつきながら氏治にさらに追い打ちをかけた。


 この度の戦は、小田家の海老ケ島城えびがしまじょう多賀谷たがや家が攻めている隙に、多賀谷の本領に攻め込むという物。


 だが、多賀谷家は兵をうまく操り小田家は撃退され、更に多賀谷家からの要請で佐竹家まで背後から迫っているのだった。


 今回の戦には家中は反対だったものの、氏治の勢いに押し切られた。


 源鉄も、失敗を予見しての出陣である。


「源鉄! お主は一石二鳥という言葉を知らんのか!」


「殿は二兎追う物は一兎も得ずという言葉をご存知でしょうか?」


「わしの書物に、そんな言葉などない!」


「お読みでないだけでは、ないでしょうか。さて、どうしますか?」


「ててて、撤退じゃ!今のままでは、多くの民を失うことになる!なんとかしてくれぇ!源鉄!!」


 源鉄は頭を抱えた。


 いくら小田兵が屈強であれ、民が大事ならばなぜこんな無謀な策が通用すると思ったのか。


 今すぐにでも、問い詰めたい。


 しかし、今はそんなことをしている暇はない。


 佐竹軍の行軍速度は早く、このままでは取り返しのつかないことになるやもしれなかった。


――速度によっては、小田城すら落ちる。が、それも考慮せねばな。


 戦で策を司るものとして、最悪を考慮する。


 一刻も早く、戦場からの離脱が必要だった。


「伝令!全軍に小田城への撤退を!!兵の統率を乱すなと!」


「はは!」


 伝令である母衣武者ほろむしゃがハッキリと返事をして、駆けていく。


 そして、それを見届けると本陣の兵達もあわただしく旗や馬印を片付け始めた。


「もっと、殿を諫めてくれる人がおればよいのだがなぁ」


 これまでも何度も戦場や、日常で氏治のわがままや無謀に振り回されていた源鉄は大きくため息をついた。


 しかし、当の氏治には聞こえないが小田家家中、全ての者が日々思っていることだった。


* * *


「殿!もう少しで土浦ですぞ」


「ひぃ、はぁ、すまぬな……」


 ガチャガチャと鎧の擦れる音をたてながら、氏治は脚を進めている。


 顔は焦燥し、息も絶え絶え。


 周りにいる源鉄、撤退先の土浦城主、菅谷政貞すがのやまさただも当然、疲れが色濃く出ている。


「二度も城を落とされる将など、この日ノ本にそうも居ないだろうな」


「自虐やってる暇あったらもっと、走ってください! 佐竹の兵はおらずとも、落人狩りにあったらどうするのです!」


政貞は、当主である氏治を叱り飛ばした。


 あの後、結局佐竹軍の軍勢に行く手を阻まれ、追撃の多賀谷家に挟撃されて小田家は見事に敗れ去った。


 そして撤退予定の小田城も見事に落とされ、支城の海老ケ島場も落とされた。

戦は、小田家大敗北である。


 ここで落ち武者狩りに合えば、常陸の名族小田家はここで潰えることになる。


 それなのに、能天気なことを口走られては、重臣ではあるが叱り飛ばしたくもなってしまったのだ。


「政貞。安心せぇ、周りはもう小田領ぞ?それに、土浦までもう少しではないか。少し緩めてもよかろう……はぁ」


 だが、氏治は政貞に応えると、膝をつき息を整えるように大きく息をついた。


 小田城を落とされたとはいえ、ここはまだ自分の領地内。


 そう簡単に、落ち武者狩りがされるわけがないという、超々楽観的な態度だった。


「しかし、まぁ、戦下手ですなぁ」


「本当です。辞世を読む寸前でしたぞ」


当主が脚を止めたので、政貞と源鉄も足を止めた。


だが、二人の口から出たのは、揃いも揃って当主に対するねぎらいではなく、呆れ半分の言葉。


「お前ら、いくらなんでもひどくないか!? あれくらいで辞世などと!」


「本城を落とされながらも、必死で氏治さまを逃がしたのですぞ! 読みたくもなります!」


「これで辞世は4首目ですぞ……。皆の辞世が歌集にならないように頼みますぞ」


「つ、次は勝つ!勝つに決まっておろう!」


 源鉄、政貞の言葉に氏治は力強く言っているが、身体はがくがくと震えている。


 こう見えても氏治は、常陸の国では名族に当たる小田家の当主。


 当然、彼らにとっては主君に当たるのだが、今は威厳のいの字もない。


「わしは無事じゃが、民や他の兵は、上手く逃げられただろうか」


 徒歩かちに切り替えた氏治は、空を見上げた。


 他の部下たちは無事に自分の城に逃げ帰れただろうか、小田城下の領民の被害はあまりなかっただろうか。


 彼の頭は自分が助かった安堵感よりも、そんな不安でいっぱいになっていた。


「田も、荒らされてしまいましたしな」


 これから向かう土浦城主である政貞の言葉にも、少し力が無い。


 小田城も周りは湿地帯で、そこは防御も兼ねた田がたくさんある。


 季節は3月。


 土や籾の準備をして、数か月後の田植えに備えなければいけないのに戦でまたやり直しという状態になってしまった。


 米は兵糧の意味もあるが、通貨とも言えるような物。


 戦場に立つものとしては、非常に重要なものだからだ。


「しかし、氏治殿が生きておられれば、また小田に帰れましょう。民も、きっと待っておりましょう」


「そうであるな」


 生きていれば、明日がある。


 明日があれば、諦めることはない。


 氏治はそう聞かせて、前を向いた。


「まずは土浦城で多賀谷の他、結城、佐竹の動向の確認をしよう。他の支城ももしかしたら落ちているかもしれぬ」


「しかし、氏治殿は初陣が川越、そして今回の戦と戦の神に嫌われておりませんか?」


「政貞、そう言うな。少し……いや、かなり気にしておるのだ」


 氏治の初陣は、後世に名を残した川越合戦。


 絶対勝利安泰と言われた足利連合側に参加していたのだが、北条軍の奇襲によって10倍の戦力差をひっくり返されての敗戦。


 初陣がこれでは、戦に自信がなくなったと思っても仕方がない。


 そんな、トラウマ級の敗戦だ。


「武神である鹿島の神にでも祈りま……おや?」


 政貞が苦笑いを浮かべてふと気が付くと、目の前に何か輝く光があった。


 光輝く、その物体は敗走している三人にゆっくりと近づいてくる。


「ひいいいいいいいいいい!!! 物の怪ええええっ!」


「お、落ち着きなさいませ。神かもしれぬでしょう」


「ででは!ご先祖様がわしの不甲斐なさに? ひいいい!!!お許しおおおおおお!」


 すっかり腰を抜かす氏治をほおっておくこともできず、政貞と源鉄は刀を抜きその光と対峙する。


「む、あれは……」


「鹿です。わしには、そう見えましたが源鉄殿にはどう見えます」


「鹿ですな。角と足が視えました」


 その正体は、一頭の鹿であった。


 しかも、普通の鹿とは違う。


 全身が白く輝き、眩しい程であった。


 純白とも言える立派な鹿が、いつの間にか一行の目の前にたたずんでいたのだった。


「これは、鹿島大明神様の……いや、まさか?」


 まさかという感じで、源鉄も眼をこすってみるが鹿の姿は確かにそこにある。


 鹿はこの地で古くから信仰されている神社、鹿島神宮の使いともされている。


 鹿島大明神はタケミカヅチ。


 武神としても有名でありまさかとも思うが、敗走の彼らにはそう見えてしまっても仕方がない。


 鹿はゆっくりと一向に歩み寄ると、かがんでとさりと何かを落とした。


「人……か?」


 氏治はその鹿が落としたものをまじまじと見つめる。


 肩ぐらいの長い髪をしていて男のように思えるが、首筋はえらく細く女子のよう。


 確認するように顔を見ると、ほのかに光に照らされた顔つきは、明らかに女子ではあった。


 だが、その女子は気を失っており、衣服は見たこともない形と色の衣に、細く白い脚がはっきりと見える不思議な腰巻をつけ、出してみたこともない草履をはいていた。


「これは、一体?」


 驚く彼らに一つ鹿は頭を下げると、そのままふっと霞のように消えていった。


「これは……どうしましょう。神か物の怪か、見当が尽きませぬぞ」


「下野の狐かもしれませぬが、いかがいたしましょう」


 政貞と源鉄もこれには判断が付きかねて、氏治の命を待つしかなかった。


 普通の将なら、この怪しげな者を助けることに迷うこともあるだろう。


 だが、彼はあの小田氏治。


 後世、行く旅の敗戦にも負けず不死鳥のごとく立ち上がる鋼メンタルを持った最弱の武将。


 そう呼ばれることになる男である。


「当然、助ける!」


 先ほどまでのビビりっぷりは、どこへやら。


 どこか風格を感じさせるような雰囲気を醸し出し、ハッキリと氏治は告げた。


「ですが、殿、脚が震えておりますぞ」


「頭と体が別です」


 だが、側近二人が言うように氏治の足はがたがたという音がぴったりなほどに震えている。


 明らかに先ほどまでの出来事と、目の前の倒れている女子にビビっている。


「な、何を申す!わしは怖くなどない!今はこの気を失っている女子のことを心配せい!」


「震えてることに触れられないように、話題を逸らしましたな。政貞殿」


「そうですな、源鉄殿」


「と、ともかく!わわわ、わしらとともに土浦城に連れゆくぞ! どのような女子であろうが、小田領内で何人たりとも捨てゆくことは出来ぬ!」


 あきれ顔の家臣二人に氏治は、はっきりと宣言し自らその女子を担いだのだった。


 仮にも戦国武将である氏治には、疲れた身でありながら女子はまるで雲のように感じられるほどだった。


「意識はないが、息はあるな。恐らく鹿島様が私たちに助けを託したのだろう」


 氏治は、すぅすぅという息を感じて生きていることに安堵すると徒歩の脚を速めた。


 自分一人や側近なら、疲れや何かで急がない事の言い訳ができる。


 だが、領地に倒れた人の命がかかるなら話は別である。


「もうすぐだぞ。ゆっくりそこで休め」


 優しく、安心させるように背中の女子に声をかけた。


 そう、彼は戦国時代には似つかわしくない、お人好しで優しい将なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る