WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)

木村 仁一

プロローグ

 とある真昼の工場付近――


 覆面車2台の間に居るのは、神奈川県警・白摩はくま警察署・刑事課の刑事。20代半ばの、まだ青臭さが残る男。大下おおした タケル

 前髪が逆立ったショートの髪型は、一見すると不良のような印象を受ける。

 上下黒のスーツ、ボタンは閉められているが、中の白いワイシャツはネクタイをしていない。

 

 助手席には、50代の白髪の男性、たに 大介ダイスケ。武の相棒で、ベテラン刑事。通称・オヤッさん。

 上下グレーのスーツ。ネクタイもしっかり結ばれ、きちんとした服装をしている。受ける印象は、まさに刑事の姿のそれだ。


 その2人は今、人生最大のピンチに陥っている。

 何故なら襲撃を受けているからだ。


 県警に運ぶ途中の容疑者を消す為に覆面の男たちが前後から襲って来る。

 その手にはサブマシンガンのイングラム。

 2人が乗っていた覆面車も銃撃でボロボロだ。


 谷は携帯電話を取り出し、応援を要請したが、仲間が来るには時間が掛かるだろ。

 

 さらに最悪なことに、県警のミニバンから、高級そうな黒スーツにワインレッドのシャツ、金のネックレスをかけ、富士額の髪をオールバックにした暴力団の男・加藤が飛び出し、ガードレールを跳び越え、運河に飛び込んだ。


「クソ、加藤が――」


 武は加藤を追いかけようと、車の陰から立ち上がってしまった。


「――よせ!」


 谷が武の腕を掴み、車の陰に引き戻した。直後、イングラムの凄まじい銃声と共に無数の銃弾が通過した。

 銃撃を緩めない襲撃者たち。その魔の手は徐々に武たちへ迫る。


 殺すか?


 武の脳裏に、その言葉が浮かんだ。襲撃者たちを殺せば、脱出できるかもしれない。

 

〝刑事が銃を撃つのは、犯人を殺すためじゃない〟


 かつて谷に言われた言葉が武にストップをかけた。

 容疑者を殺しては、事件が迷宮入りしてしまうのは当たり前だ。

 襲撃者の足音が迫る。


(おやっさんを、死なせるわけにはいかない)


 武は迷いを振り払う。

 武にとって谷は、ただの仲間ではない。刑事になるために色々支援してくれた恩師でもある。


 そんな人を死なせて良いはずがない。


 拳銃に残った弾は3発。

 後方だけではなく、前方からも2人分の足音が迫ってくる。


(とても足りない。でも、やるしかない……)


 武は覚悟を決め、拳銃の撃鉄を立てる。

 すると――


 バンッ!

 

 何かが破裂したような音が聞こえた。

 銃声だ。

 一体誰が?


 すると、武たちの覆面車の屋根に何者かが軽やかに着地した。

 黒いロングコートに身を包み、空中を舞う雪のように白くて長い後ろ髪、少し細身の体系から見ると、おそらく女性だ。

 勢いで舞い上がった女の白く長い髪が下りる光景は、まるで舞い降りた天使が羽を畳むような神秘的な美しさを感じさせている。


「敵か⁉」


 突然現れた謎の女に向けて、咄嗟に拳銃を向けて警戒する。

 だが女は、武など眼中にないようだ。

 

 襲撃者たちが女にイングラムを向けたが、女の方が早く銃弾を放った。

 弾は襲撃者の眉間に撃ち込まれ、崩れるようにその場に倒れる。


「冗談じゃねぇ!」


 後ろを塞いでいたワンボックスカーの運転手が慌てて車を発進させようと、セルを回そうとキーに手を掛けた。


 しかし女は容赦なく発砲。

 弾は、運転手の右の肩に撃ち込まれた。

 運転手が、命乞いしようと口を開いくが、女の拳銃は火を噴き、運転手の頭に風穴を開けた。

 運転手の死を確認した女は拳銃を下ろすと、武と谷が居る方へ顔を向けた。


 ロングコートの長い襟が、女の鼻の先端まで隠しているため素顔は分からない。

 それよりも目を引くのは、先天性白皮症せんてんせいはくひしょう(アルビノ)なのだろうか、まるで雪女を思わせるほど人離れした純白の肌と髪だ。

 そして海を思わせるほどの青い瞳が、わずかに確認できるが、女の目つきは細く鋭い、まるで得物を捕捉する獣のようだ。


「まさか、この女が……」


 武の中である暗殺者の名前が浮かんだ。


 ホワイトウィッチ。

 

 広域指定暴力団・黒富士組を専門的に狙う、暗殺者の名前だ。

 暗殺以外にも、組にとって利益になる物を奪う、又は破壊して損害を与えている。

 警察も彼女を追っているが、包囲網は突破され、犯行時の目撃情報はあるものの、その他の証拠は殆ど残っておらず、身元は未だに不明のまま。

 白い身なりと魔法のように警察の前から消えてしまうということが、〝ホワイトウィッチ〟の由来となっている。


 その女が今、自分の目の前に居る。

 武は拳銃を握りしめ、車の陰から出た。


「動くな、銃を捨て――」


 バンッ!


 乾いた銃声が、周りの空気を切り裂くように響き渡った……。

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