31話 死に物狂い
「モンドおにーちゃん、もしかして怯えてるの? ふふっ……それなら、大丈夫だから安心して……」
「……メルル?」
強烈なデバフをかけてきた直後とは思えないほど、メルルはなんとも優しく笑いかけてきた。
「なーんにも心配しなくていいから……だって、モンドおにーちゃんをこの手で殺して、たっぷりと返り血を浴びたあとは、私もすぐに追いかけてあげるんだからあぁ……!」
「っ!?」
目を見開いたメルルが勢いよく迫ってきたかと思えば杖を振り下ろしてきて、俺は避けるのに精一杯だった。
「あれれっ。今の、よくかわせたねえ。もしかして、反抗期なのかなぁ……?」
「はぁ、はぁ……」
身体能力を大幅に下げられたことによる影響なのか、俺は動きがやたらと鈍くなっただけじゃなく、簡単な回避動作をしただけで呼吸をするのも苦しくなってしまう。
声だって呟く程度しか出せない。もし風魔法で自分の動作を補助してなかったら、避けられずに頭をかち割られていたはずだ。
魔力もごっそり下げられたとはいえ、俺のは元々極小だからそんなに影響がなかったのが不幸中の幸いだった。
「お願いだから、じっとしてて。この杖で頭なでなでしてあげるからっ……!」
「ぐっ……!」
ブンッという物騒な音とともに杖の先が頭の近くを通り過ぎて、背中に冷たい汗が流れ落ちる。
これって、普通に身体能力UPのバフも彼女自身にかけてそうだな。それもかなり強力なやつを。そうか、できないわけじゃなくて隠していただけなのか……。
さらに尋常ではない威力のデバフによって、俺とメルルの身体能力は幼児と大人くらいの差になってしまっているから、正攻法じゃもうどうしようもない。
さすが、ここまで誰にも気付かれずに依頼を妨害してきただけはある。
「大丈夫だよ、モンドおーにちゃん……」
「な、何が大丈夫だというんだ……」
「一発で脳漿ぶちまけて殺してあげるから……。ちゃんと苦しまずに死ねるからぁ……」
「は、ははっ……」
まあその言葉に嘘はないだろう。なんのためらいもなく、全力で杖を振り下ろしてきてるのが伝わってくるしな。ただ、当たりさえしなければどうということはない。
「モンドおにーちゃん、大好きだよ……」
「……」
「あの世で結婚式をあげようね。約束だよ……」
「……」
「だから、早く……早く死んでっ。ねえ、お願い、死ね、死ねえぇっ!」
もし誰かがこの戦いを見たら俺の防戦一方に見えるだろうが、自分にはまだ余裕があったし、とある準備もしていた。
「メルル、聞いてくれ……」
「……なあに? モンドおにーちゃん、もしかして命乞い? それとも、お漏らしでもしちゃったぁ? 粗相したんだったらぁ、お仕置きしてあげないとねえ……」
「お願いだからもうやめてくれ。それでも攻撃を続けるっていうなら、痛い思いをする羽目になるぞ……」
「はぁ? 痛い思い? だから、楽に殺してあげるって言ってるでしょ。いい加減、私の言うこと聞いて。いつまでも小さな子供か赤ちゃんみたいに駄々こねてないで先に逝ってよ。私もすぐ逝くから……」
「……」
メルルのやつ、完全に目がいっちゃってるな。これじゃ聞く耳なんて持つわけないか。なるべく手荒な真似はしたくなかったが、仕方ない。こっちも体力の限界が近付いてきている。
「あうっ!?」
おそらく、メルルの視界は真っ暗になっているはずだ。これはただの闇ではない。俺が風魔法で相手の攻撃をかわしつつ、密かに集めておいた闇魔法の集合体であり、それを彼女の顔にぶつけた格好なんだ。
だから決して暗闇に目が慣れることはなく、真の暗黒状態が続く。ゆえに俺がどこにいるかわからず、闇雲に杖を振り回していた。
「もうっ!? ふざけないで! 一体何をしたの!? モンドおにーちゃん、どこぉ? どこに隠れたのよ!?」
「ここだよ、ここ」
「あ、そこだねっ! ふふっ……じっとしてて! 今度こそ、可愛いおにーちゃんの脳みそごとぉ、頭蓋骨を木っ端微塵にしてあげるから!」
メルルが向かってきたところで、今度は光魔法を目元にぶつけてやる。
「きゃあああああぁぁぁっ!」
物凄い悲鳴とともに、彼女は地面をのたうち回った。極小の光魔法も、闇魔法で覆われた状況だと効果覿面ってわけだ。
これがもう少し強い魔力によるものだったら、ショックのあまり命を落としたか、最低でも失明していただろう。
まもなく、メルルは失神したのか泡を吹いて動かなくなった。起きたときには精神的な歪みも矯正されているはずだ……。
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