29話 正体


「……」


 どれくらい時間が経っただろうか……? が俺のいるテントへ向かって、徐々に近付いてくるのがわかった。


 朧気だが殺気も感じるし、間違いなく依頼を妨害してきた犯人だと断定できる。あれだけ慎重だった犯人がようやく尻尾を覗かせた瞬間だ。


 こっちは半睡状態とはいえ、相手がかなり巧みに殺気を隠しているので、気付くのに少し時間を要したらしい。


 俺は朦朧とした意識を急いで繋ぎ合わせ、覚醒状態へと移行させていく。この状態で奇襲されると、魔法も放てないどころか体もろくに動かせないので非常にまずいのだ。


 しかし、中々上手くいかない。一日中歩き続けたことによる疲労もあって、意識を戻すスピードが遅くなってしまっているみたいだ。果たして間に合うかどうか……。それでも、なんとしても呪いを解いてやろうという執念によって、意識の覚醒速度は次第に増していった。


 よし、ギリギリだが間に合った――って、あれ……?


 これは一体、どういうことだ? 犯人は俺のテントのすぐ前まで来たかと思うと、途端に引き上げていったのだ。


 なんとも奇妙な話だった。押し殺すような殺気からもわかるように俺を襲いにきたのは確実だというのに、何もアクションを起こすことなく帰ってしまったんだから。まさか、諦めたっていうのか……?


「……」


 俺はふと我に返る。いや、まだだ。まだ終わってなんかいない。自分の戦闘勘がそうしきりに訴えてきている。むしろ戦いはこれからなんだと。


 ってことは……犯人は追い詰められたことによって、自害するつもりなのかもしれない。自ら犯人だと自白するようなものだが、そこまでしてでも依頼を失敗させることに執念を燃やしているんだ。


 俺は僅かに残っている気配を辿るようにして、犯人の尾行を開始した。少ない魔力でずっと黒魔導士をやってきた分、どんな些細なものにも敏感に反応できるんだ。


 それからほどなくして、犯人のものと思われるテントの前に到着する。


 俺のテントからここまでほんの短い間だったのに、やたらと長く感じたな……。まるで分厚い壁のようなものに遮られてるような感覚があって、さすがに長いこと【時の回廊】パーティーを苦しめてきた呪いの持ち主だと感心させられる。


「……」


 おもむろにテントの中へ入ると、仄かな月明かりに照らされた人物――犯人――の姿があった。


「メ、メルル……」


「あれ、モンドおにーちゃん、起きてたの? 嬉しいっ」


 メルルが嬉々とした表情で迫ってきて、俺は寸前のところでそれを両手で止めてみせた。彼女が握りしめていたのは短剣だった。


「メルル、まさかお前がパーティーを妨害していたとはな……」


「……え、妨害って、なんのこと?」


「依頼の妨害だ。メルルが犯人なのはもうわかっている」


「そ、そんなっ、酷いよ……私を疑うなんて……」


「この状況でまだ言い逃れするつもりか?」


「あ……もしかしてぇ、私がこの短剣でモンドおにーちゃんを刺すなんて思っちゃった? 違うよー。これはただ単に、自衛用に持ってただけなのにぃ……」


「もういい、メルル。白魔導士のお前の武器は短剣じゃないだろ。杖だったはずだし、それでも自衛としては充分に機能する。お前はその短剣で自衛じゃなく、自害しようとしていたんだ。違うか?」


「……」


 はっとした顔でメルルが後ずさりする。どうやら観念したらしい。


「……ふふっ、うふふふふっ……」


 メルルが口を押さえていかにも愉快そうに笑い始めたかと思うと、急に表情が消えた。


「はぁ……凄いねぇ、どうしてわかったの……?」


「俺はな、どんなに些細なものでも自分に向けられた殺気を指紋のように嗅ぎ分けることができる。自分のテント前で感じた殺気は、今メルルが放ってるものと同じだ……」


「……へえ。ちょっとならバレないと思ったのに、抜群の嗅覚の持ち主なんだねえ……」


 メルルは一切まばたきをせずに俺を見つめながら言葉を続けた。


「私ね、モンドおにーちゃんのこと、とっても気に入ってたんだよ。だから、すっごく残念。このパーティーを妨害してる犯人だって知られちゃったのは……」


「メルルが俺のことを気に入ってたのは、臨時メンバーのくせに妨害の邪魔もできないほど無能に見えたからか……?」


「ん-、確かにそれもあるけどぉ……もっとほかにちゃんとした理由があるよ?」


「話してくれ。どうしてメルルがこのパーティーを妨害してるのか、その理由についても詳しく知りたい……」


「うん。どうせ今日で全部終わりにするつもりだったから、特別にモンドおにーちゃんにだけ話してあげるね……」


 メルルは薄らと病的に笑ったあと、おもむろに語り始めた……。

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