第86話 手を繋ぐ

「奏太そろそろ行くか?」

「そうだな」



 拓哉の祖父母が経営する旅館の一部屋で、奏太と拓哉がそんな話をする。



 海で疲れたので、1日目の部屋は男同士と女同士の荷物を置いた部屋のまま別れる事になった。



 奏太と2人きりよりも、友人と2人きりの方が、琴葉にとっても良い経験になるはずだ。



 ご飯やお風呂を済ませた今の時刻は8時前。その時間帯が1番見えやすいと聞いていたのだが、もう少し遅い時間でも良かったのかもしれない。



 夏真っ只中という事もあり、辺りはそこまで暗くはない。移動していればいい感じになる、と安易な考えの元、奏太達は部屋から出る。



 奏太達は女子部屋の状況をいまいち把握しきれていないが、この時間くらいになったら星を見に行くと伝えてあるので、向こうも準備は出来ている頃だろう。




「なっちゃーん、南沢さーん?」



 携帯で連絡をするのも良いが、こうして古典的に呼び出すのも悪くはない。拓哉が2人を呼べば、ドア越しで足音が聞こえてくる。




「もう行くのー?」

「行くよ」

「了解!」



 いつになってもハイテンションな七瀬は、ドアからも勢いよく飛び出してきた。その後ろからゆっくりと姿を見せたのが琴葉で、開きっぱなしのドアに鍵をかける。



 

「星、見に行くんですね」



 心なしか、琴葉がワクワクしている気がした。




「私達さっきお風呂上がったばかりだから、暑いねぇ」

「はい。暑いです」



 お風呂から上がったばかりだからか、琴葉は首の付け根から茹でっていた。旅館の浴衣を着用し、クロスになった胸元をパタパタと仰いで風を生み出している。



 そんな無防備なのに見えないのはお決まりの事だ。その上から羽織を着ているが、もちろん防御力はない。



 浴衣の柄に女性用の赤色の羽織りは似合っており、赤く火照った顔と組み合わされば、それは抜群に相性が良い。



 着痩せしていて体のラインも目立っていないので、奏太的には安心できた。



 男組も浴衣を着用しており、羽織りは青色となっている。奏太はまだしも、琴葉は旅館の浴衣でこれだけ似合うのだから、お洒落な浴衣を着たらもっと凄い事になるのだろう。



 奏太は旅館の色の落ち着いた柄も嫌いではないが。




「暑いかもしれないけど、あんまり胸元を開けすぎんなよ?」

「そんなに開けませんよ」

「ついポロリといっちゃうからな、気をつけて」

「そこまで言うならもう閉めます」



 奏太の一言で、琴葉の緩んだ胸元はキッチリと上の方まで閉まった。その方が品はあるのだろうが、前の方が女子高生らしかったかもしれない。



 琴葉の事を安全第一に考えているが、惜しい事をしてしまった。




「すぐイチャるなよ」

「………うるさい」

「本当だよ!」

「七瀬さん!!」



 バカップルにいじられながらも、奏太も奏太で反省はする。部屋の前で時間を使いすぎるわけにもいかないので、ここら辺で移動をし始めるべきだ。




「………拓哉、案内頼む」

「おうよ」



 唯一場所を知る拓哉の後を、残った3人はついていく。部屋の鍵は紛失防止の為に、また拓哉の祖父母に預かってもらう。



 鍵を預けた後に、『気をつけるのよ』拓哉の祖母からそう言われれば、『分かってるよ』と、拓哉が返事する。



 拓哉だって高校生なので子供扱いして欲しくないのか、それだけ返して先へと進んでいった。顔には笑みを浮かべていたので、祖父母への感謝や愛情は伝わった。




「ここの展望台までの道、結構山だから気をつけて」

「展望台があるのか?」

「星を観れる場所なんて、展望台くらいだろ」

「それはそうだけどよ」

「なんか近くに広場みたいなのもあるらしいけどな」



 星を観れる場所とした聞いていなかったので、てっきり後者の方を想像していたのだな、何やら展望台まであるらしい。



 流石にその展望台は旅館の物ではないらしいが、そんな公共施設が旅館の近くにあるというのは、大きな利点と言えるだろう。




「あそこから急斜になるかも」



 旅館から出て近くの山の方へ向かえば、展望台までの道が見える。展望台というからにはそれなりの高さがあるようで、ここからも少し歩くそうだ。



 道は真っ直ぐに伸びているだけだが、てっぺんまでの光はまだ見えない。




「たっくんに引っ張ってもらお」

「いや重いわ」

「重くないし!軽いし!」

「なら離すなよ」

「うん!」



 七瀬は、慣れたやり取りを行なって拓哉の手を握った。なんやかんや言いながらも、結局自分の彼女の言う事を聞くのは拓哉の良い所なのだろう。



 付き合っている男女なら、当たり前の事なのかもしれないが。




「………琴葉、はい」



 前にいる2人を見習って、奏太も琴葉に手を差し伸べる。琴葉の細足じゃ坂道なんて登り切れるか心配だし、擦り傷でも出来たりしたら大変な事だ。



 真っ白な肌に傷なんてついてしまったら、跡になって目立ってしまうかもしれない。



 浴衣を着ているので多少は防御力があるが、山道だと一概に安全だと頷けない。




「転んだら危ないからな」



 琴葉と目を合わせれば、目を細めてゆったりとした笑顔を顔に表した。




「奏太くんは本当に過保護ですね」



 琴葉はそう言いながらも、奏太の手をぎゅっと握る。琴葉の小さな手は、病室で手を繋いだ時とは違って温かい。



 顔には油断しきった笑みが露になっており、見ていればこちらも気を緩めたくなる。




「………ずっと離さなくてもいいんですよ?」

「今日はいつになく甘えるな」

「奏太くんは私に、どんどん甘えてもいいと言ってましたので」



 声のトーンがやけに高めの琴葉の顔を覗く。そこには、一生をかけてでも甘やかしたくなる、琴葉の愛らしい笑みがあった。







-----あとがき-----

 

・私、こういう特別甘くなくても、それとない優しさとかが出るシーン好きです。



あ、奏太くん達、明日の夕方は祭りですね。


 

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