第82話 愛はお金じゃ買えません

「私は貴方みたいな人が嫌いです」



 琴葉の口から出た言葉に、男は目を疑わせた。これまで、そんな風に直接言われた事はなかったのだろう。



 敵意剥き出しの琴葉に、男はさらに驚いた表情を見せた。奏太の胸元を掴んでいた手は離れ、琴葉の方だけを見つめる。




「……俺らよりもこいつの方が良いのかよ」

「ええ」

「こんなやつが?」

「奏太くんは、こんなやつじゃないですので」



 ズバッと酷い事ばかり話す連中だ。話した事もない奏太の事を、まるで知っているかのように話す。




「……こいつのどこが良いんだよ!ちょっと背が高いくらいだろ!」



 嫌いと直接言われた事に対してキレているのか、それともあからさまな拒絶に腹を立てているのか、男は口調を荒げた。




「そうやって客観的判断しか出来ないような人達が、私は嫌いなんです」

「客観的判断?」

「貴方は奏太くん、、彼と話した事があるのですか?」

「ないけど……」



男は罰が悪そうにして、琴葉からの質問に答える。




「話した事もないくせに、勝手に好き放題言わないでください」

「……そいつがどんな奴かなんて、そんなの見れば分かるだろ!」



 今になって後に引けなくなったのか、男はなんの説得力もない反論を述べた。




「とにかく、こっちに来れば何でも好きなものも買ってやるよ。俺は金持ちだから」

「結構です」

「そんな男よりも、絶対満足させるって!」

「そんなの不可能です」



 琴葉は自分に近づく男から距離を取り、奏太の隣まで来る。そして小さく深呼吸をした後に、口を開いた。




「……貴方は付き合う人を顔で判断するんですか?それともお金ですか?」



 これを始まりに、琴葉の中に溜まった不満は止まる事なく出てくる。そんな琴葉の話に、男は付け入る隙がなかった。




「いくら顔が良いと周りに噂されようと、いくらお金があろうと、これっぽちも嬉しくなかった」



 琴葉自身の過去を踏まえた話と、それを知る奏太には、今の琴葉の話が深く胸に刺さった。




「貴方に聞きますけど、愛をお金で買えるのですか?……一緒にいるだけで幸せな時間を、お金で買えるんですか?」



 琴葉の質問に、その男は無言だった。誰もそんな経験はないし、愛をお金で買おうだなんて思わないはずだ。



 琴葉自身がどれだけ愛というものを欲して、望んでいたかを、また再認識できた。




「……愛は貰うもの。それはお金なんかでは価値も付けられない物。それを彼に教えてもらったんです」



 奏太は、琴葉がそんな風に受け取ってくれていたとは知らなかった。



 奏太の中にいつもあったのは、心配する心と琴葉の幸せを願う気持ち。それらだけだった。




「彼は優しい人なんです。なので、それを見下すような人は大嫌いです」



 琴葉は男にトドメの一撃を与えた。すでにHPを削られた男の周りには、もう誰も残っていなかった。




「お前ら、どこ行くんだ?」

「正直、ナンパはノリ的には良いと思ってたけど、今の話聞いて辞める事にした」

「てか普通に海行こうぜ」

「だな」



 琴葉の十数年の重さを感じたのか、1人を除く男以外は、何事も無かったかのように、どこかに消えていった。



 その残された男は1人ぽつんと立ち尽くし、しばらくした後に琴葉の事を睨んだ。




「お前のせいだぞ……!大人しく来れば良かったんだ!」



 いよいよやけになった男は、勢いよく手を伸ばして琴葉の腕を掴んだ。




「そうやって力任せにしか出来ないんですね」

「それの何が悪い」



 男はこれっぽちも悪びれた様子を見せなかった。奏太がそれを見過ごすわけもなく、琴葉の腕を掴んだ男の腕を、上から掴む。




「触るなって言っただろ」



 男はそのまま連れ去ろうと安易な考えの元、琴葉を引っ張るが、奏太が男の腕を掴んでいるので先には進まない。




「お前、離せ!」

「お前が彼女から手を離せよ」

「っち!くそが」



 男は逆の手で奏太の顔を思いっきり叩いた。パチンと響く音は、奏太達以外の客の耳にも届く。



 周りの目は、奏太達3人に集まった。




「僕に恥をかかせただけでなく、皆んないなくなったんだ!お前らのせいだぞ!」

「知るかよ、そんなの自業自得だろ」



 ついに手まで上げた男を、奏太はまだ掴む。琴葉は奏太の顔を眺めて、心配そうな瞳を浮かべた。



 そんな琴葉に、奏太は柔らかな笑みを返す。




「イタっ、まじで離せよ」

「早く彼女から手を離せ」



 奏太は手に力を強く入れる。無理なのは分かっているが、このまま引きちぎってやるつもりで力を込める。




「奏太!大丈夫か?」



 後方から聞こえた声の持ち主は拓哉か。やけに息切れした拓哉の声と姿を、奏太の耳と目で捉えた。




「しつこいナンパはどこですか?」



 そんな拓哉の後ろをついて走るのは、ライフガードの人だった。状況をいち早く察した拓也は、奏太の気が付かぬ間に呼びに行っていたらしい。



 海ではナンパ等が多くあったりするため、ライフガードの人は慣れた様子を出しながら、奏太達の元へとやってきた。




「さぁ、事情を聞いても良いですか?」



 ライフガードの人が来てから、男は勢いを失った。そんな男の事なんて知る由もなく、奏太は洗いざらい全てを話した。







-----あとがき-----


・今回の話はあんまり内容がなかったですね。次話は甘いですよ。多分。



てかナンパ男も、ナンパ男達もずるい。

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