第52話 琴葉と奏太

奏太が思いを告げた後、琴葉は固まった。あまりに突然だったので、何が起きてるのかの状況を飲み込めていないようだった。



琴葉は、奏太の上に重なるように寝ていた体を起こし、跨るようにして体を起こした。




「琴葉…?」



沈黙の間が長いので、奏太が声を掛ける。こちらも積年の思いとまではいかないが、勇気を振り絞ったので、答えを待たされると焦ってしまう。



その一声と同時に、全ての状況の把握が終わった琴葉は、これまでで一番分かりやすく顔を赤くした。



自分でも熱が登っていると感じたい琴葉は、それを隠すかのように両手で顔を覆う。




「す、好き。私の事を……」

「そう言ったよ」

「奏太くんが私の事を……」



両手で顔を隠されたので表情が掴めないが、指と指の間から見える火照った肌に、少しドキリとする。



琴葉はそう復唱したら、奏太に跨っていた体を動かし、病室内をうろちょろと歩き始めた。



今は患者が少ないのか、贅沢にも奏太1人という個室だった。その部屋をぐるぐると回るという事は、間違いなく動揺している証拠だ。




「………どうしたんだ?」



琴葉の心情をえぐるかのように、動揺した心に質問をした。




「………私が奏太くんに好いてもらえたって事が嬉しくて」

「嬉しいだけなのか」

「いえ!そうじゃなくて、そのー、目を合わせると恥ずかしいというか……」



嬉しくて恥ずかしい、これだけじゃフラれたのか受け入れてもらえたのかが分からない。そろそろ焦らされるのも終わりにしようと、思い切った言葉を放つ。




「俺はちゃんと答えを聞きたい」



嬉しいや恥ずかしいという感情を口にしてくれるのも十分嬉しいが、フられていた場合は意味を持たない。



その感情が意味を持てるような答え、すなわち受け入れてもらえるような答えを望みながら、琴葉からの本音を待つ。




「そうですよね。奏太くんが勇気を振り絞ってくださったんですから、私もそれに答えないと」



真っ赤な頬に変わりはないが、その顔つきだけは真面目になった。



人から本当の自分を見てもらえず、愛を貰えなかった彼女だから、ここの答えには時間が必要なのは仕方がない。



しかし、そんな彼女だからこそ、好きという愛を貰えた事が何よりも心に響いたようだった。



再びベット付近の椅子に座り、こちらを上から眺めるようにして座った。奏太も重たくて痛い体に力を入れ、上半身だけを起こした。



下半身はベットに座り、琴葉と向き合うようにして、地面へと足をつける。




「俺は琴葉が好きだ」


 

再度そう伝える。その方が本当に好きという気持ちを与えられ、少しでも琴葉の事を安心させられると思ったからだ。



琴葉はその言葉に応えるように頷き、言葉を返した。




「私も奏太くんが好きです」



口角を両端に上へ上げ、目を細めるようにして笑みを浮かべる。窓から入る月明かりが、陰影のように琴葉を包む。



その目からは、願いが叶ったと安堵する涙が溢れていた。それを拭うようにして手を伸ばし、奏太から琴葉の元に体を寄せる。



小さな体を奏太の体で飲み込むくらいには、しっかりと大切に抱擁する。両腕を首元に回した時には、琴葉の手も奏太の背中に触れていた。



身長差的に、琴葉の顔を自分の胸に押し付けるような形でのハグとなった。




「俺と付き合ってくれるか?」



奏太がそう聞けば、胸元に埋め尽くされていた琴葉は椅子から立ち上がり、立場が逆転した。



後頭部に腕を回され、抗う事なく琴葉の胸元にダイブさせられる。奏太の顔に勢いよくぶつかった胸からは、1人の人間の温かさと愛情を感じた。



今度は首元ではなく、肩甲骨の下の辺りに腕を回して抱き返す。こちらが力を入れて抱き寄せれば、琴葉の胸の中へと沈んでいった。




「はい。もちろんです」



上の方から優しい声でそう聞こえてくる。胸の振動と共に繰り出されたその言葉に、琴葉の表情を見てみようとすると、後頭部に回っていた腕が頭のてっぺんを抑えた。



後ろに下がろうとすると右手は後頭部へと移った。




「あの、動けない」

「今は動いたらダメです」

「琴葉の顔見たい」

「…………絶対変な顔してます」



見たいという要求に応えてくれるのか、頭を押さえていた力は弱くなった。ゆっくりと顔を上げて琴葉と目を合わせてみれば、今までよりも一段と綺麗に見える琴葉がいた。




「変なんかじゃない。ちゃんと可愛い」

「可愛い…」



琴葉向けて初めて送る可愛いという言葉。心の中で可愛いと思う事はあっても、直接伝えたのは今日が初だった。



(この可愛さは反則だろ)



レッドカードを主張したくなるくらいに、とろんとした瞳に、顔を見られるのを恥じらぐその表情は奏太の中の何かを揺らした。



もう痛みなんて気にする事なく、ベットから降りて立ち上がる。琴葉はその一連を目で追うようにしてこちらを見上げていた。




「これからは何があっても守るから」

「これからもでしょう?」

「そうだったな」



愛くるしい微笑みを浮かべる琴葉に、思わず手が前に出た。左手は琴葉の肩辺りを抑え、右手は指の付け根くらいまでに髪を集め、手の平を琴葉の左頬に密着させる。



残った右手の親指で右頬をなぞれば、琴葉は甘い声を上げた。




「んっ//」



聞こえる甘い肉声は、奏太の記憶にあるものよりも深くて心地よい。嫌がる素振りなど一切見せず、ピクピクとまつ毛を小刻みに動かしていた。



さらに大きく上から下へと撫で下ろせば、真っ赤に成熟した果実になっていた。




「真っ赤だな」

「仕方ないです。それくらい私にとっては大きな事なんでしたから」

「俺にとってもだよ」

「本当ですか?」

「あぁ、本当だよ。嘘なんてつかない」



琴葉の頬につけていた右手の手の平を一度離し、今度は髪を撫でるように優しく触れた。琴葉は敏感に声をあげ、奏太の患者服をぎゅっと引っ張る。



触っていて落ち着く髪を2、3度撫でた後、再び顔に手を持ってくる。右手をまた頬にくっつけ、左手は琴葉の尾てい骨の辺りへと運ぶ。




「……いい?」



親指でプルプルの瑞々しい唇を指で上唇と下唇の一往復させる。ビクビクと体を反応させる琴葉は、静かに頷いた。



そっと顔を近づけていくうちに、琴葉は目を閉じる。奏太も少しずつ目を閉じて、完璧に閉じた時には唇に柔らかな感触が伝わった。







-----あとがき-----


・まだまだ続編はあるので、お楽しみに〜







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