第31話 家路

「拓哉達に勉強教えない方がよかった?」

「そういうわけではないですけど……」



そう聞くが、モジモジしているし下を向いているので表情も読みづらい。一瞬寂しそうな顔が見えたのは気のせいだろうか。




「…………あの、私も一緒に」

「ん?何て?」

「やっぱり何でもないです。奏太くんの家に急ぎましょう」



小さく言葉を放った琴葉だったが、夜風にかき消されて奏太には聞こえなかった。心境の変化があったのか、立ち止まっていた琴葉はすっと一歩前に進んだ。



それについていくように、奏太も足を動かした。




「……今日の夜ご飯は何です?」

「麻婆豆腐の予定だ」

「麻婆豆腐ですか、楽しみです」



辛いものが好きな奏太は麻婆豆腐も好きだった。あのピリッとした刺激がたまらなく良い。一方の琴葉は前回のラーメンの時に分かった通り、辛いのが苦手なはずだ。




「麻婆豆腐って辛いんでしたよね?」

「今回のはそこまで辛くはない。だから琴葉でも食べれる」



奏太的には辛い麻婆豆腐の方が好きであるが、辛さ控えめの麻婆豆腐も決して嫌いではない。



激辛ラーメンの時のように、辛さに負けてヒーヒーねを上げる琴葉を見るのも面白いのだが、両者安心して食べられる物の方がよっぽど心地よい。




「子供扱いしてませんか?」

「そういうつもりはなかったんだけどな。ごめん」

「いいですよ」



あっさりと許しをもらえたので、そこまで怒ってはいないようだった。




「それで、その荷物は何だ?」



鞄を持っていることに対しての違和感はなかったが、その中身が多そうに見える。人の家にご飯を食べに行く時の量ではないことは確かだ。




「これですか。奏太くんが料理をしている間に、勉強をしようかなと思いまして」

「そういう事ね」



奏太が料理の準備や片付けをしている時は、テレビを見たりゆったりしたりしているので、その時間をテスト勉強に使うらしい。



学生としてのあるべき姿だし、奏太との約束がそこまで熱をつけたと考えると、この勝負は勝ち負け関係なく良い物になったのかもしれない。




「じゃあ、はい荷物持つよ」

「いや悪いです。それに大丈夫ですよ。奏太くんは学校の荷物もあるので持たせるわけにはいかないです」

「でも片手は空いてるし、」



男性は女性の荷物を持った方が良いというのを耳にした事があるが、このような状況下では対応不可なのか。それでも片手は空いてるので持ってあげたい気持ちはある。



重い荷物を持たせるほど、男として駄目になった記憶はない。




「……むしろ私が持ちましょうか?」

「駄目」

「つまりそういう事です」

「琴葉がいいならいいんだけど」



教科書等が入ってるとなるとそれなりに重いはずなので、華奢な琴葉には重そうに見える。普段学校に通えているので心配はしていないけど、見ていて不安になった。




「……話変わりますけど、なんだか夜なのにこの前よりも空が明るいですね」

「もうすぐ夏だしな」

「今までは夜なんてどれも変わらないと思ってましたけど、友達と見ると変わりますね」



夜の景色を人と見て共感する。そんな誰でもした事のあるような経験も琴葉は初めてだそうだ。そう考えると、夜の空に浮かぶ星々がいつもとは違うように見えた。




「……星が綺麗だな」

「本当ですね」



この季節の今の時間帯は、夏ほど明るくなく、冬ほど暗くもない。そのちょうど良いタイミングで夜空を見ることが出来た。



雲一つない夜空に、星が隠れる事なく露わになっていた。




「夏は星空観測でもしてみたいもんだな」

「そうですね」



目をキラキラと輝かせている琴葉は、今のこの時は無垢であるかのように見えた。夏の予定、今年の夏場どうなるのか。




「奏太くん、見てください。あれ、月が綺麗ですね」

「………えっ、あぁうん。……綺麗だな」



かつて夏目漱石が訳した『I Love you 』という意味の含まれた言葉、『月が綺麗ですね』。その言葉をこのタイミングで言われるとは思わなかった。



もちろん当の本人はその事に気づいた様子はない。純粋な心を曝け出して、手のひらを上に掲げていた。




「私、星を見てると自分はちっぽけだなって思うんです」

「そうか?」

「……いつも一人で見てたからそう思うんです」



悲しい過去に悩まされた琴葉。それでも星の数に比べたらちっぽけに感じるという。他の誰でもない琴葉が言うからこそ、説得力があった。




「いつになっても届かないなぁ……」



寂しく手を伸ばして、夜空を眺めている小さな琴葉。その姿には哀愁が漂っていた。




「……今はもう1人じゃないから、自分がちっぽけだなんて思わないか?」



琴葉のその認識は過去のものだ。奏太が友達になった今ではその認識は変わったかもしれない。人の認識を変えたなんて傲慢すぎる考えは、奏太の頭の中にはない。




「奏太くん、いくつあるかも分からない星の中で、1から2に増えてもそんなに変わらないですよ?」



綺麗な正論だった。無数と言えるほどある星の中で、たったの1増えただけでは何も変わらない。何も変わらないし、誰も気づかない。



そのはずなのに、今奏太の前にいる琴葉は、以前の話した夜の公園とはうって変わって、本来そうあるべきかのように笑っていた。







------あとがき------


・途中、寝ぼけながら書いたのでミスがあるかもです。ぜひ報告してください。



・書いている時に、残りあと少しと言う所でバグで書いてたデータぜんぶ消えたので、初めから書き直していたら遅い時間になってしまいました。



・次話は麻婆豆腐回で、その次がテストになるはずなので、応援とコメントお願いします!


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