第172話 一線

「ティアナ様! 例の怪物なり、オナゴたちが隊長を……ここは、隊長に拒絶されていようとも、助太刀に行くべきでは!」


 なだらかな草原が広がる地。

 星空の下でキャンプする一組の冒険団。

 腰元に剣を携えたジュウベエは今すぐにでも飛び出したい衝動に駆られながら嘆願する。


「言ったはずよ。この程度、ジオにとってはピンチでも何でもないわ。彼がどれほどの地獄や修羅場を潜り抜けたか、あなたも知っているでしょう? それに、トキメイキモリアルまで距離があるし、向こうにはエイム姫たちも居るのだから、大丈夫よ」

「し、しかし……」

「ジオにとっては、こんな危機よりも、私たちが姿を現すほうが苦痛というもの。だから、耐えなさい。彼は大丈夫」


 もう二度とジオの前に姿を現すことはできない。それほどまでに憎悪されている女たち。

 だが、それでもジオの危機であるのなら、助けにいくべきではないかというジュウベエの言葉に対して、ティアナは涼しい表情をしながら、薪の上に乗せた鍋をオタマでかき回しながら、夜食の準備をしていた。


『ジオチンチンンンンン!!』

「ほ、ほら、またしても! あ、あのダークエルフが、隊長を!」


 月から聞こえてくる、淫乱ダークエルフの嬌声。

しかし、ティアナは平静を保っていた。



「似たようなことを……私も姉さまも、そしてマリアもしていたわ。嫌がるジオをベッドに押し倒して、縛ってその体を貪って、ジオが限界を訴えても聞く耳持たずに……ね」


「ティアナ様……」


「でも、結局最後は皆、彼に身も心も蕩けるほどに捧げてしまう……だから、大丈夫。あのダークエルフも最終的には、ジオの……っおん、なになって……彼の人生を満たしてくれるのではないかしら」



 そう言って、ティアナは鍋の中身のスープをかき回していく。

 今、ジオの身に起こっていることも、自分の知らない女がジオの傍に居ようとも、「ジオなら大丈夫」、と頑なであった。

 だが……


「……ティアナ様……」

「ねえ、ジュウベエ。流石にしつこいわ。ジオは大丈夫。だからいい加減に……」

「いえ、そ、そうではなく……」

「なに?」


 ジュウベエがしつこく食い下がることに、少し不機嫌になるティアナだったが、ジュウベエは苦しそうな表情を浮かべながら……


「……まだ、……薪に……火は点いておりませぬ」

「……えっ? ……あっ……」


 煮込んでいるスープを混ぜているつもりだったティアナだが、そもそもまだ薪に火が点いていなかった。

 本来なら、気づかないはずが無いほどの失態。

 そして、それが全てを物語っていた。

 ジオは大丈夫だと頑なだったティアナだが、本当は誰よりも……


「まったく、私も疲れているようね。夕食はいらないわ……テントの中で寝ているわ」

「ティアナ様……」


 頭を抑え、引きつった笑みを浮かべながら、ティアナは慌てて目元を押さえながら立ち上がり、テントの中へと入っていく。


「っ、ぐ………っ、う、……うう」


 テントの中に入り、着替えもしないまま体をうつ伏せにさせながらシーツに包まる。

 そして、真っ暗な闇に意識を落としながら、ティアナは……


『どういうことですの!? 急にお空の上に……ッ?! まあ! そこに居ますのは、ワタクシのオジオさん……が、色黒耳長娘さんに襲われていますわ! なななな、何をお口に入れていますの!?』


 拳を強く握り締め、唇を噛み締め、空から聞こえる声を遮断するかのように耳を塞ぐ。


「ジオ……」


 本当は今すぐにでも飛び出したい。

 声を出して泣き叫びたかった。

 どうしても会いたかった。

 しかし、会うことは出来ない。

 これが自分に与えられた罰なのだと自分を戒めるティアナ。

 だが、どれだけ自分の理性を抑えようとしても、気持ちが溢れてしまう。


「じお……ジオ……じお……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……なさい……」


 謝罪すら許されないと分かりつつも、謝って許しを乞うてしまう。


「……っ!」


 気付いたときには、ティアナの頬に涙が伝わっていた。

 一粒零れたことに気づいた瞬間、もう何もかもが手遅れであった。

 

「ジオ~……あいたい……どうして……あなたのそばに……わたしが……わたしのそばに……あなたが……ごめんなさい……もうこんなこと言わないから……言わないから……今日だけは……ゆるして……」


 もう、これまでに出し尽くしたはずの涙がここに来て溢れだし、慌てて涙をシーツで擦って拭おうとしても、それでも止まらなかった。











「ちょ、落ちますわ、スカート捲くれて『ぶるま~』が丸見えですし、オジオさんが食べられてますわー!」

「セクちゃーーん!」

「たすけ、お、落ちる! 助けてー!」


 空より落下する三人の乙女たち。

 四人ともスカートを穿いているため、落下しながら風でスカートが捲くられ、四人とも紺色の下着のような下着ではない何かを丸出しだった。

 とはいえ、今一番の問題はやはり落下であり、悲鳴を上げる三人の女たちは一人の少女に助けを請う。

 だが……


「マスターは、私以外の人とえっちいことはいけないのです! じゅわっち!」

「「「セク(ちゃん)!!??」」」


 ぶるまー、という衣服を丸出しにした小柄なメイド服の少女、セックストゥムの瞳には、押し倒されているチューニしか目に入らない。

 共に落下するフェイリヤたちには目もくれず、セクは加速するようにチューニに向かって真っ直ぐ飛んだ。


「……やれやれ、世話が焼ける」

「「「ッ!!??」」」


 だが、そんな絶体絶命のフェイリヤたちを救ったのは、マシンだった。

 空中で力強く抱きとめられ、三人は一瞬呆けるも、すぐに状況を理解してハッとした。


「でかしましたわ、御マシンさん! さすがは、ワタクシの夫たるオジオさんのお仲間で、セクのお兄様ですわ!」

「はうっ!? あ、ま、マシンさん……あっ……ポっ……♡」

「あ、ありがとうございまし……た……あう~♡」


 三人を抱きとめるように受け止めたマシン。

そんな間近でマシンに抱きしめられてしまえば、双子メイドのニコホとナデホは顔を真っ赤にして頭から湯気を出した。

 一方で、フェイリヤは……


「さあ、御マシンさん、すぐにワタクシをあのお下品な色黒さんの下へと連れて行ってくださいませ! ワタクシのオジオさんが……ちょ、なんでオジオさんがズボンを脱がされ、上に跨られ、更にムムムムム、胸の谷間に顔を埋められてますの!? わ、ワタクシの方が美しく綺麗で芸術的な乳房ですのよ!」


 助かったことよりも、今すぐにでも自分をジオの元へ連れて行けとジタバタする。

 

「……やれやれだな……正直……今、こういうことをしている場合ではないと思うが……」


 マシンとしては、今は目の前のことよりも、オシリスがやらかしてしまったかもしれない世界の現状を把握するのが先決だと考えていた。

 しかし、そんな都合は恋する乙女たちには関係なく……



「別に、ジオ様に愛人が増えることは問題ありません。ですので、ギヤルの行為は私も目を瞑りますが……、あなたの発言は聞き捨てなりませんね」


「そうです~、誰が~、誰の~、夫なんですか~?」



 ジオのへと向かおうとするフェイリヤの前に立ちはだかる、二人のエルフ。

 その姿を見て、フェイリヤは怪訝な顔。そして、その二人がすぐに、映像で見た二人だということに気づいた。



「あなたたち……ッ! オジオさんに慣れ慣れしくしていた、長い耳のお二方!? エイムさんとナトゥーラさんでしたわね!」


「ええ。ジオ様の肉人形1号です」


「2号です~」



 地面に着地したマシン。同時に、フェイリヤはマシンの腕から離れて、立ちはだかるエイムとナトゥーラに文句を言いながら詰め寄る。

 だが、二人は一切怯む様子は無い。



「ッ、オジオさんもオジオさんですわ! ワタクシが居るというのに、いつまでそんな、お胸の谷間でサンドウィッチのようなことをされていますの! 本気で嫌がっていますの!?」


「もが!? もがもがもが!?」


「あん? ジオチンチン、もがもが言うなし! おっぱいやるから、ジオチンチンチンチン!」



 フェイリヤにとっては愛する男との再会。しかしその張本人であるジオは、ギヤルに仰向けに押し倒され、半裸のギヤルの胸の谷間に顔を挟まれながら下半身を露出している。

 本来、ジオが本気を出せばそれぐらいの拘束はすぐに振り払えるはずだが、ジオは抵抗をしているようで、していないように見える。

 そのことをフェイリヤが指摘すると、ジオはギヤルの胸から辛うじて顔を出し……



「ぷはぅ! 逃げようとしてるよ! だ、だが、こいつが俺を強く抱きしめると、ま、魔力がこいつに吸われてるような感じで……」


「はい?」


「多分、こいつは俺を抱きしめながら全身の魔力を吸収して……今の俺は魔力枯渇状態みたいな感じで、全身に力が全く入らねーんだよ!」



 ジオの魔力枯渇状態。抵抗できないのはそのためだと、ジオは懸命に叫ぶ。

 だが、そんな言い訳は魔法の知識に乏しいフェイリヤには理解できず、また、ジオの魔力を吸収することによって、ギヤルは……


「はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ♡」


 更にムラムラしていたのだった。

 だが、それは逆に、ギヤルにとっては都合の悪い展開になっていた。


「くそー! くそー! なんでー! なんでだしー! ジオチンチンが、エイむんたちとの時みたいになってーねー! なんで? おっぱいでもないの? 尻? どうすれば、ジオチンチンがジオチンチンになるんだしー!」


 そう、淫乱モードになったギヤルとしては、一秒でも早くジオと交わりたいのである。

 しかし、まだそれができていないのである。

 

「だ、だから、俺は魔力枯渇で、それなのに、お前が吸収をやめねーから……魔力以外のもんまで……」


 ギヤルは魔力を過剰に吸収しすぎて淫乱になった。

 そして、今のジオは魔力を枯渇している。

 つまり、そういうことなのである。


「今の俺は完全に賢者状態で……」

「うるせーし! いいから、ジオチンチンー!」


 完全にジオ側の原因で、ギヤルはまだジオと一線を越えられていなかったのである。

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