第154話 ここから先

 本気の殺し合いや戦争であれば、ジオはいくらでもチューニを倒すプランはあった。


(大魔導士は詠唱される前に叩く……接近戦で秒殺……それがセオリー。才能がピカ一でも実戦はド素人のチューニにはそれで十分……だが……)


 しかし、ジオはそれらのプランは実行せず、ただ迎え撃つかのように身構える。


「戦争や殺し合いのセオリーなんて無視するのが、男のケンカってもんだからな……なぁ? チューニ」


 これは男と男のぶつかり合い。すなわちケンカである。

 ならば、ジオにとって必要なのは、チューニを倒すことではない。

 必要なのはチューニを思う存分引き出したうえで圧倒することだ。

 ゆえに、ジオは自分から仕掛けることなく、チューニを誘った。


「集え星光! 煌めけ、天より降りし滅亡の使者!」

「ふん……まずは力ずくか! 受けてやらぁ!」


 そして、今のチューニもまた遠慮も一切なくやる気であった。

 上空に無理やり魔力の塊を集めて凝縮し、それを光の柱として直接ジオに降り注がせる。

 その光の柱に対し、ジオは魔力を込めた右拳を突き上げるように真上に放つ。


「ノーザンクロス!」

「ジオインパクト!」


 ぶつかり合って、強烈な閃光と共に弾ける魔力の塊。

 まるで広場には爆発が起こったかのような衝撃波が吹き荒れて、周囲に集っていた者たちは思わず吹き飛ばされそうになってしまった。


「チューニの詠唱はただのカッコつけで何の意味も無いから……つまり、無詠唱でこの威力か」

「我は魔弾の射手。天も地も、魔すらも貫く力となりて、敵を撃つ! 魔散弾丸ッ!」

「お、……おお」


 間髪入れずにチューニの両掌から魔力玉が弾幕となってジオに襲い掛かる。

 それは魔導士の初級魔法でもあるビットボール。しかし、チューニが使えばそれは、キロ級を超えてメガ級となる。

 メガ級は一つ一つが殺傷能力を秘めた魔法。

 それを連続で繰り出すのは、本来規格外。


「ジオ・リジェクト―――」


 故に、全部を避けたり、捌いたり、ましてや受けきることは面倒だと判断したジオは、自身の周囲に闇の斥力を発生させて、チューニの魔法を遠ざけようと……


「我、閃光となりて、全ての速度を超越す」

「んっ?」

「ライトニングッ!」


 思わずジオも目を見開いた。それは、魔力を身に纏っての身体強化であった。

 ジオが使う戦闘スタイルでもあり、それをチューニが行った。

 学んだわけではなく、カッコいい戦闘スタイルを自分なりに想像して、それを今回実践したのだ。

 眩い魔力を自身に付加させたチューニは、自身の放った弾幕の速度を越え、一瞬でジオの背後に回りこむ。

 そして……


「魔法解除及び離脱ッ!」

「ッ!?」


 ジオが発動させようとした斥力の魔法に触れて無効化。ジオを完全に無防備にし、その直後に離脱。

 魔法を解除されたジオの眼前には、チューニの放った無数の魔力玉。


「お、おお……」


 思わず感嘆の息を漏らすジオ。

 その直後に全ての魔力玉がジオに直撃し、同時に広場に激しい衝撃音と共に爆発が起こった。


「う~、ういっく……リーダーがこれぐらいじゃ、まいったなんてしないのは知ってるんで……でも、これで終わりなんで!」


 両掌に魔力を集中させ、それを真ん中で重ね合わせるように凝縮し、チューニはトドメの魔法を放つ。


「判決・神罰! 聖天の神王烈波!」


 ようするに、ただ魔力をいっぱい込めた砲撃だったが、その仰々しい名前に相応しいほどの光線が地面を抉ってジオを包み込む。


「リーダー……神罰に身を委ねよ、アーメン」


 再び強烈な衝撃波と光の柱が天まで伸び、その光の下でチューニは指で十字を描いてお祈りする。

 その光景に、全身を埃に塗れさせた都市の者たちは、腰を抜かしたり、口を開けたまま固まり、そして広場には、破壊されて消滅した噴水や、吹き飛んだ建物の屋根や、舗装されていた石造りの道などは全て無残な姿となっていた。


「うっ、そ、……な、なに? チューニ? あなた……本当にチューニなの? し、信じられない……こ、この圧倒的な魔力は何?」


 そんなチューニの実力は、十賢者序列1位であるオリィーシは当然……


「ジオ殿が~……」

「……膨大な魔力とこの破壊力……驚きました……まさか、これほどの逸材が……」

「つか、あいつ普通にスゲーじゃん! あのジオチンを倒しちゃったよ!」


 ナトゥーラ、エイム、そしてギヤルも同じ魔導の道を進むものとして、チューニの底知れぬ実力には戦慄するしかなかった。


「す、すげー……は、はは……すごすぎるぜ、チューニくん!」

「うん、うん! もう決めた、あたしチューニ君の女になろ!」

「可愛くて、強くて、カッコいいとか、チューニ君はどれだけお姉さんをメロメロにするの!?」

「すす、すごいんだな。あんなに小さくてヒョロそうなのに、悪そうな魔族をビシッと倒しちゃうなんて……」


 そして、驚愕の先には賞賛の嵐が沸き起こった。

 街の中央広場は美しい彫刻や建築物等が無残な姿となるも、「そんなことよりも」と人々はチューニという衝撃の大魔導士に大歓声を送った。

 だが……



「くははははは……」


「っ!?」


「この世に神の慈悲があるのなら、俺はあんな三年間は過ごしていなかった……だから、俺は神の罰だけは受けねぇぞ?」



 爆煙や土埃が舞い上がる中心部より、愉快に笑う声がした。

 その声に歓声はピタリと止み、そして煙が晴れたその中からは……


「あ~、痛ぇ……なかなかキツイことしてくれるじゃねーか」

「リーダー……」


 全身に青痣を作り、額や口元から僅かに血を流し、服も数か所破れて痛々しい。

 傍から見ているだけでも引いてしまいそうな傷を負ったジオ。

 だが、それでもその瞳に一切の怯みはなく、ただ強烈な眼光を放ちながら笑っていた。


「ふふん。流石はリーダー……でも、まだ僕の力は―――」

「お前の才能からして、まだまだこんなもんじゃねーだろうが……まぁ、大体分かった」

「……?」


 ジオの笑みの理由。それは余裕。


「すごいですね~、あの少年……すごい魔力です~」

「ええ。紛れもなく、傑物中の傑物ですね」

「ちょ、あいつ何を笑ってるっしょ! エイむんもナッちんも何で落ち着いてるっしょ! フツーにジオチンヤバいんじゃ……」


 そんな状況の中、ナトゥーラとエイムはチューニの力に感嘆するも、愛するジオが傷だらけだというのに、あまりそのことに取り乱している様子はない。

 そのことをギヤルが疑問に思うも、エイムもナトゥーラも……


「でも~、ジオ殿ですから~」

「……は?」

「ええ、ナトゥーラの言う通り……あれがジオ様ですから。女はいちいち殿方の怪我に取り乱すのではなく、落ち着いて帰りを待つものです……それが、ジオ様なら尚のこと」

「……え? は?」


 ギヤルには、ナトゥーラとエイムの言葉の意味が分からなかった。

 傷だらけのジオを見ても心配しない。理由は、『ジオだから』。

 すると、ジオはチューニに対して……


「なぁ、チューニ。見ろよ……けっこ~痣になっちまった。血も出ちまった。お前の魔法の弾幕を結構くらっちまったからな……魔法無効化との組み合わせはやっぱすげーな。やせ我慢して今は余裕のツラをしてるが、内心では結構痛ぇぜ?」


 傷だらけの自分を見せ、チューニの攻撃を褒めるジオ。

 決して、痛みが無いわけではなく、痛みがあることを包み隠さずに告げる。



「くはははは、魔法学校中退のお前がなぁ。見てみろよ。今は、あの暴威の破壊神とまで言われたこの俺を、こんな姿にしちまった。これまで、数多くの戦場を駆け抜けて、魔王軍の名だたる戦士や将たちと戦い抜いてきたこの俺をだ」


「リーダー」


「チューニ。ハッキリ言うぜ? 俺をここまで追いつめた奴は……」



 広場が一瞬騒然とした。ジオが口にした「暴威の破壊神」という名には流石に聞き覚えがあったようでざわつき始める。

 もっとも、そんな男を現時点では圧倒しているチューニは「やっぱりすごい」という言葉が出てきている。

 そして、今も、その暴威の破壊神が自分を追い詰めるチューニを素直に褒める……



「くははは……そう、俺をここまで追いつめた奴は……実際、めちゃくちゃいっぱい居たぜ?」


「……へっ?」



 褒める……わけではなかった。

 

「ガキの頃からのケンカも含めて戦い続けてきた。幽閉されていた三年間を除き、闘争の日々がほとんどだった。傷つくこと、追いつめられることは日常茶飯事。なんだったら、負けたことだって数えきれねえほどある。ボロボロになり、傷だらけになって、倒れて、負けまくって……だがそれでも俺は戦い続けてきた」


 ジオは語る。ここまで自分を追い詰めることは、別に珍しいことではないと。



「そして結果……どうだ? お前と同じここまで来た奴……『ここから先』まで行った奴までいた。しかし、結果誰も俺をぶっ殺すことは出来ず、俺は今でもこうして生きて、戦いに身を投じてる」


「リーダー……」


「チューニ。お前は、『ここから先』も行く気はあるか?」


「ッ!?」


「俺とまだ戦い続ける気はあるか?」



 それは異様な光景でもあった。

 傷つき、ボロボロになっている男が、対峙している無傷の男に選択を迫り、逆に追い詰めているような雰囲気。


「行く気があるなら、今のお前の全力と、とことん付き合ってやるよ。ただし、お前が……全力でぶつかって、それでも勝てないという敗北を味わう覚悟があるならな」


 ジオに問われた瞬間、チューニの心臓は跳ね上がった。

 そして、酔っぱらった勢いに身を任せていたものの、徐々に頭が回り始め、ある事に気づいた。

 それは、自分は今まで『戦った』ことがないということを。

 学生時代はイジメに耐えるだけで、反抗しようとは思わなかった。

 魔法の力に目覚めて、クラスメートに仕返しをした。だが、あれは戦いなどというものではなかった。

 そう、今までチューニは戦ったことがなかった。だからこそ、勝ったことも、負けたことも、そこから這い上がったことも無かった。

 そのことに気づいた瞬間、チューニは自身の拳を熱く握った。


「リーダーに勝てるとか勝てないとかじゃなくて……戦うとかそこまで大げさな覚悟は無いけど……でも、僕は……自分でも、今の自分が本当のところはどれぐらいなのか……とりあえず、知ってみたいんで……」


 うまくは言えない。ただ、それでも『ここから先』にはいかないといけないと、チューニは思った。

 

「じゃあ……歯ぁ食いしばって、食らいついて来やがれ!」


 そしてチューニはこの日初めて、自分がついてきた男の力を知ることになる。

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