第147話 幕間・普通の女の子

 魔導学術都市の名物である世界樹の前で、卒業式の日に告白して結ばれたカップルは幸せになる。

 若い学生が多く生活する都市においては、そのご利益にあやかろうとしたり、憧れたりする若者が多い。

 だが、幸せになるのはあくまで「告白が成功」した場合である。

 つまり、世界樹の前で告白したからといって、必ず結ばれるとは限らないのである。

 しかし、それでもゲン担ぎの意味も込めて、卒業式も学生も関係なく、想い人に告白するなら世界樹の前という者は多く、そして今もまた一人の男が想いを告げていた。


「オリィーシさん、僕、君の事が好きなんだ。僕と恋人になってくれないかな?」


 不真面目と真面目な両極端の人種が住む都市において、いかにも真面目そうな一人の青年が顔を赤くしながら、一人の少女に想いを告げていた。


「ごめんなさい。私はあなたの恋人になれません」


 しかし、そんな告白を考えるそぶりも見せずに申し訳無さそうにしながら、少女は断った。

 赤みがかったストレートの長い髪を靡かせた、美しさと幼さを併せ持った一人の少女。


「そ、そう、なんだ……ご、ごめん……で、でも理由聞かせてもらえるかな? もし、お互いを良く知らないとかだったら、友達からでも」

「好きな人が居るの。ずっと大好きな……男の子が」

「ッ!? そ、そっか……で、でも、ありがとう。ちゃんと聞いてくれて……」


 魔法学校の制服を正しく着こなし、穢れの無い瞳と容姿の少女のキッパリとした言葉に、男は悲しそうな顔を浮かべながらフラフラとその場を立ち去っていく。


「ふぅ……困ったな……これで何回目かしら。ここで告白を断ったの……やっぱり気が重いな……でも……」


 ショックを受けて元気なく立ち去る男の背中に、心優しい少女は後ろめたさを感じていた。

 だが、それでも彼女は自分の気持ちにウソはつけないと、制服の下に隠している小さな指輪を紐で通した首飾りを取り出した。


「でも……私……あの時の気持ちから変わってないから……」


 それは、宝石や装飾など施されて無い、簡素なガラス細工でできたオモチャの指輪だった。

 大して価値の無いその指輪を、少女は愛おしそうに胸元で抱きしめる。


「おや、オリィーシくん。どうしたのかな?」

「えっ? あ、やだ、エンコーウ校長先生」


 その時、後ろから掛けられた声にオリィーシは慌てて指輪を隠して振り返る。

 そこには、小太りで、頭のオデコから後頭部にかけて髪が抜け落ちている初老の男が優しく微笑んでいた。

 その後ろには、男についていくように、少し浮かない表情の魔法学校の制服に身を包んだ少女が居た。


「ふふふふ、慌てている様子を見ると、また青春の一ページでも繰り広げていたかな?」

「んもう、先生ったら……」

「ははは、結構結構。恋も勉学も、君なら全て両立できるだろう。我が校、そしてこの都市が誇る君ならな」


 冗談を交えて笑いながら談笑する、校長と呼ばれた男。

 そんな校長の言葉に、オリィーシは苦笑しながらも首を横に振った。


「そんな……私はそんなんじゃ……私だって、普通の女の子です」

「ほほほ。序列1位の君がそんなことを言っては、謙遜にしか聞こえんぞ?」

「校長先生……」

「とにかく、君は今の自分がやりたいことに励みなさい。ただし、やるからには全力で。今しかできないこと、これからやりたいこと、目指したいもの、そういった目的を持って日々を取り組むことが、君の人生の足跡になっているはずじゃ」


 そう言って優しくオリィーシの肩を叩く校長。

 少し悩んだ表情を浮かべるも、オリィーシはその温かい言葉に微笑んで頷いた。


「さて、ワシはこれで。ほれ、君、ついてきなさい」


 そう言って、校長はオリィーシの脇を通りその後ろで一人の少女が頷いた。

 ショートの黒髪をした、小柄な生徒だ。


「あら? その子は……」

「ああこの子か? この子は来年我が校に進学を希望する、テゴメくんという子じゃ。ただ、ちょっと色々と相談を受けておって、これから校長室で話をするところじゃ」

「相談……ですか? ふふふふ、流石は校長先生ですね。サポート先生と呼ばれるほど、みんなからの信頼は厚い」

「ははは、褒めすぎじゃ」

「そんなことありません。校長先生が推し進めた、金銭的不安のある子たちに対して学費を援助する特待生プログラムで、何人の生徒たちが夢を叶えられたか。それに、進級ギリギリだった子達も、校長先生が特別に実習を組んで、進級させてあげる温情を与えられたとか」

「ウム。まぁ……君に褒められると、誇らしいわい。とりあえず、もしこの子が君の後輩になれたならば、その時は面倒を見てやって欲しい」

「ええ。よろこんで! よろしくね、テゴメちゃん♪」


 学生からの悩みを受けている。とはいえ、その詳細までは個人の問題であることから、生徒であるオリィーシにまでは明かせず、その事情はオリィーシも察しているために、相談内容までは聞かず、ただ先輩として挨拶をしただけだった。


「っ……はい……」


 すると、テゴメという少女は暗く悲しい表情をしたまま小さく頷くだけだった。

 

「あら? 私、嫌われちゃったかな?」

「ははははは、なーに、十賢者序列1位の君を前にして緊張しているだけじゃ。もっとも、ワシも6位じゃから、そこまで緊張することないぞ?」


 賑やかに笑いながら、話を終えて別れる一同。

 その際、オリィーシとの距離を確認しながら、校長はテゴメという少女の耳元で囁く。



「さて、分かっておるな? 十賢者でもあり、校長であるワシが推薦すれば、君は学費一切免除の特待生で入学させてやれるぞい。お父さんが戦争で死に、女手一つで育てた君の母親も喜ぶというものじゃ」


「……はい」


「しかしそのためには……君の学力と魔力は少し足りないようじゃ。しかしそれも……ぐふふふふ、君の心がけ次第じゃよ」


「っ、う、うう……」


「おやおや、お尻も柔らかくて大変結構」


「ひっ!?」



 優しく温かい笑みを一変させて涎を垂らす校長と、瞳を潤ませて恐怖で体を震わせるテゴメ。

 そんな二人のことをオリィーシは気づかず、その場から遠ざかって街へと足を進めていた。


「やりたいことを全力で……か……女の子としての夢は昔から変わってないんだけどな~」


 校長に言われた言葉を呟きながら、少し浮かない顔をしながら街を歩く、オリィーシ。

 彼女が街を歩けば、通りにいる全ての者が振り返る。


「あっ、オリィーシちゃんだ」

「く~、相変わらず可愛いぜ」

「白姫様とはまた違う魅力」


 街を歩けばすぐに声を掛けられ、落ち着くことが出来ない。

 オリィーシも優しい性格から、声を掛けられれば笑顔で手を振ったりと応えると、また騒ぎが大きくなる。

 だが、内心ではそういう状況に少し憂鬱になっていた。


「はぁ……私だって普通の女の子なのに……エイム先輩もギヤル先輩も全然こういうの気にしていないけど、やっぱり私は慣れないな……」


 人前では浮かない顔も、元気の無い様子も見せられない。

 人から期待されているのも知っているし、自分に憧れている後輩たちも居るし、自分もその見本にならなければとも思っている。

 だが、それでも時折、心が弱くなることがあり、顔に出さないまでも、オリィーシに元気は無かった。

 そして、今の悩みはそれだけではない。


「おい。昨日、一斉追放になった黒姫派が、なんか抗議してるらしいぜ?」

「ったく、本当に迷惑な奴らだぜ」

「これを機に、あの下品なダークエルフも追放すればいいのによ」

「孤児院建設するんだったら、あんな奴ら、悪影響もいいところだしな」


 時折街から聞こえてくる声に、またオリィーシは憂鬱になる。

 現在、この都市を取り巻く対立についてだ。


「ひどいな……ギヤル先輩は努力家で優しくて……本当は全然下品でもいやらしくもないのに……ギヤル先輩も否定しないから……。それに一斉追放か……仕方ないのかもしれないけど……もう少しどうにかできたら……」


 オリィーシにとっては、ギヤルもまた尊敬する人物であり、だからこそこの争いに憂いを感じていた。


「でも、私にはどうにもできなかった。間に入って仲直りさせようとしても、全然ダメで……ダメだなぁ、私は……どうすればいいのかな?」


 人には聞かせられない弱音を呟きながら、オリィーシはポケットに隠したオモチャの指輪を再び握り締める。

 そうすると、心が少しずつ落ち着いてくるからだ。


「子供の時……私がこうして困っていたら、あなたが助けてくれたのよね。普段は大人しくて、ひねくれてて、恥ずかしがり屋で……ねえ、あなたは今、どうしてる? もう働いているのかな? それとも、魔法学校に通ってるのかな? さすがにもう、パラディンごっことかしてないよね?」


 答えは出ないが、それでも気持ちが楽になる。

 そんな指輪を握り締めながら、オリィーシは空を見上げた。


「ねえ、私のことをまだ覚えていてくれている? あの時の気持ちと約束……忘れちゃったかな? 私はまだ覚えてるよ? ずっと、大切な……ふふ、な~んてね♪」


 指輪のおかげで少し気持ちが楽になるも、これ以上握り続けて昔を思い出せば、今度は切ない気持ちが芽生えて苦しくなる。

 頃合を見て指輪を手放して、少し元気を取り戻したオリィーシはまた前を向いた。

 すると、その時だった。


「おい、黒姫派が入り口を突破して無理やり都市に入ってきたってよ!」

「あいつら、なんか誰かを担いで、行進してるぞ? なんか、『チューなんとか』ってよ」


 少し慌しい声が聞こえてきた。

 街中が迷惑そうに顔を顰めて、呆れたような声が響いた。


「勝手に入って抗議の行進か……流石に……これ以上はほっとけないよね」


 この騒ぎを聞いて、何もしないで無視することは流石にできない。

 自分はどっちの派閥というわけではないが、それでも何とかしないといけない。

 そう心に決めて、十賢者序列1位のオリィーシ・ボマイェは、騒ぎの中心へと自ら向かって行った。

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