第四章

第126話 幕間・広がり始める名

 大魔王を倒した後の世は、平和と穏やかな日々が始まるはず……と、誰もが思っていた。

 大魔王と勇者。魔界と地上。魔族と人間。 

 だが、分かりやすい対極の存在との争いが終わったことで、世界はかつてないほどの混乱の世が始まろうとしていた。


『つまり、魔界との友好を進めるどころか、むしろ悪化の恐れありと? 五大魔殺界、そして旧七天大魔将軍や旧魔王軍の残党たちが当面の懸念事項と』

『ええ。そして、我々人類側でも同じです。戦争終結により職を失った傭兵たちなどが盗賊や海賊のまねごとをしていることも多いようです。そして、今、最も面倒なのは『マフィア』と呼ばれるアンダーグラウンドで勢力を広げている組織です』


 魔法の水晶を使った通信技術による、連合軍幹部による大会議。

 かつて、魔王軍打倒を果たした連合軍においても多大な功績を残した英雄たち、各国の将軍や大臣クラスにて行われるその会議は、誰もが浮かない顔をしていた。


『まさか、オーライが……未だに信じられないな……ティアナ姫、そしてナジミたちの証言がなければ……』


 そう、全てはかつて自分たちが絶大なる信頼を寄せ、全てを託した希望の勇者の真実によるもの。

 かつて、オーライが手にした天候を操る力で各国に甚大な被害を与えて食糧危機を起こした後、各国に商売を行うことで莫大なる利益を得た。

 さらに、今回起こったワイーロ王国を巻き込んでのクーデター騒動。

 会議に出席する百戦錬磨の歴戦の英雄たちの誰もが真実を聞いた瞬間は、悪い冗談だとすぐには信じることが出来なかった。

 彼らにとって、勇者オーライはそれほどの存在だったのである。


『しかし、真実は語らねばなるまい。実際、ワイーロ王国に甚大の被害を与え……遡れば、私の国に数年前起こった天変地異も奴の仕業なのだろう?』

『だが、今それらを世界に公表してしまったら、世界はパニックになるぞ!』

『確かに。魔界がただでさえ、大魔王の死により、これまで水面下に隠れていた者たちが台頭しだした。勇者オーライの損失は、地上世界でも同じことを起こすことになるぞ?』

『そうだな。仮に真実を公表するにしても、今すぐにというのは……』

『だが、今回のワイーロ王国での出来事では、市民の多くにオーライのことを知られた』

『その点は大丈夫かもしれない。例の組織の、フィクサという男が口止め料さえ払えばと交渉してきた』

『バカな! 信用できるはずがなかろう! それに、一度そんなものを払ってしまえば……』

『それに、魔界はどうする? 旧七天のクッコローセは、オーライとの婚約を条件に我らに協力をしてくれている』

『クッコローセがもしこのことで怒り狂い、友好の大使を辞するようなことになれば……』


 各国の英雄たちから上げられる意見。それは、「勇者オーライの真実をどうするか?」というものである。

 それは、世界を大きく左右させるほどの問題であり、彼らの議論は当然であった。

 そして、その中に……


『アルマ姫……貴公の意見も聞かせていただきたい』


 ニアロード帝国第一皇女にして、帝国海軍提督の『蒼海女帝・アルマ』も連ねていた。

 険しい表情で、各国の議論に意見を述べる。

 

「……やはりオーライのことは……真実ということなのだろうか?」


 すると、アルマから出た言葉は、意外にもどこか自信のなさそうな問いかけだった。


「これが……た、例えば、魔族側の罠……ということはないのだろうか?」


 それは、アルマのことを戦友としてよく知る各国の英雄たちからは驚きを隠せない、アルマらしくない様子だった。


『お……おいおい、いつも敵には冷酷非情な皇女様がどうしたってんだ? お前さんの妹がそう証言しただろうが。……ナジミも……シスも……アネーラも……分かってんだろ? あいつらが、嘘をつくはずねーだろ?』


 仲間の一人がフランクに、しかし後になるにつれて唇を噛み締めながらそう告げた。

 自分たちとてそれが嘘であればとどれだけ願ったかと。

 しかし、アルマは……


「分かっている。ただ……私も……ティアナも……それこそ、ニアロード帝国は……魔族の罠にはまった所為で、一人の英雄を……最愛の男を失ってしまったのでな」


 アルマが自嘲しながら寂しそうにそう言うと、会議に居た全員がハッとした表情になった。


『そうか……例の……暴威の破壊神か……』

『確かに……貴公らからすれば、そうであろうな……』

『そういえば、今回のワイーロの件はジオ・シモンも関わっていたようだな。マシン・ロボトと一緒に』

『少し前に冒険者登録された、ジオ・パーク冒険団……だったな……』

『その件でも、ティアナ姫はだいぶショックを受けていたようだな』

『ちなみに、ティアナ姫はどうされる? 会議に出席していないが……』


 かつて帝国の、そしていずれは世界の英雄として名を馳せるはずだった、一人の半魔族。ジオ・シモン。

 そのジオに、帝国は何をしてしまったのか?

 それをこの場に居た者たちも既に知っていた。

 だからこそ、アルマの気持ちを十分に理解することが出来た。


「ティアナは今回のワイーロへの補償と復旧作業についてハウレイム王国と協議しながら進めている。そして……それらの仕事がある程度落ち着いたら……後任に引き継ぎ……その後は責任を取るべく、じきに王位継承権を剥奪される予定だ。既に皇帝とも話をしている」


 そして、アルマの口から語られるティアナの処遇についても、各国の代表たちからは沈痛な面持ちを見せる。


「ふっ……今、帝都全体が葬式状態だ。国民も帝国兵も、英雄に石を投げて罵倒して傷つけた罪に苦しみ、今度はティアナまで国を出るのだからな。そして、ティアナに付き従うように、ジュウベエ、そして……『三武衆』たちもだ」

『えっ? ……あの三人も? いや、ジュウベエはたしか暴威の破壊神の信奉者みたいなものだって聞いたことがあるが……なぜ、『三武衆』も?』

「あの三人は、元々ジオがまだ一部隊長だった頃に、ジオの親衛隊として活躍していたのだ。ジオが将軍になった際に、親衛隊も解体されて各々も将校となったのだが、それでもジオと親衛隊との絆は…………いや、もういい。この話はな……」


 アルマは途中まで話したものの、今はこれ以上話すことではないと判断して、話を中断した。

 そして、他の者たちもアルマの気持ちを察して、それ以上を追求することはなかった。

 水晶越しだというのに、一同の間には同じような重たい空気が流れていた。

 すると、その時だった……



「アルマ姫、打ち合わせ中に失礼致します! で、ですが、ご報告が!」



 アルマが水晶と向き合っていた部屋の扉が突然開かれ、一人の少女が入ってきた。

 血相を変えて息を切らせて現れたその少女は、長い栗色の髪をし、大きくクリクリとした瞳をパチパチとさせた可愛らしい少女であった。


『おっ? おいおい、誰だその娘?』

『明らかに……学生だよな?』


 短いスカートと、シャツの上にカーディガンを羽織った少女。

 会議に出席していた者たちは誰もその少女に見覚えがなかった。

 すると、アルマは頭を抱えながら溜息を吐いた。


「……この娘は、ミルフィッシュ王国魔法学校の元生徒……魔法学校を自主退学した後、今は親元を離れて帝国に留学しており、私の弟子になりたいと言っているので面倒を見ている娘だ」

「は、はい、アザトーといいます。よろしくです」


 ペコリと頭を下げて、柔らかい敬礼をするアザトー。


『あらら、かわいーじゃねぇの』

『我が国の? そういえば、今年から導入された臨海学校で色々と問題があったようだが……しばらく学級閉鎖だとか……』


 その様子に、一部の男たちは重たい空気を和ませて口元が緩んでいた。

 会議の出席者の中にはミルフィッシュ王国の者も居て、何か思う節があるようだが、挨拶はほどほどにアザトーはすぐに表情を変えてアルマに告げる。


「それより、アルマ姫。今、ホサ大佐さんに教えてもらったんですけど、帝国からは離れているんですけど……『反連合組織・ウゴーウ衆』が航海中の豪華客船を襲撃したそうです」

「ウゴーウ衆!? あの、傭兵崩れたちが集った、革命家気取りの賊組織が?」


 その瞬間、水晶越しにその報告を聞いていた出席者たち全員の表情が強張って、場がざわつき始める。


『ウゴーウ衆? 聞いたことあるな、魔族完全虐殺を掲げている過激組織』

『メンバーも五百人を超える人数で、さらにリーダーのウゴーウは、その戦闘力で多くの暴徒たちをまとめ上げるほどの実力者とか……』

『最近、賞金も上がり始めた警戒人物の一人だ』

『そんな奴らが、魔族だなんだも関係ない、金目当ての海賊行為か……どこの海だい?』

『すぐに討伐してやらねーとな』

 

 平和な世を脅かす過激な組織の出現。

 それは、正義を掲げて戦い続けたこの会議に出席している者たちにとっては許しがたいこと。

 今すぐにでも飛び出して、誰もがその組織を滅ぼさんと、怒りに打ち震える。

 だが……



「で、ですが、その……そんな、ウゴーウ衆が……か、壊滅したそうです」


『『『『『……はっ??』』』』』


 

 アザトーの報告。それは過激な組織が出現して民間人を襲った……というものではなく、その組織が壊滅したというものであった。

 それは予想外だったのか、怒りに満ちた者たちの表情も一変して呆けてしまった。



「その、話によると……た、たまたま、近くの海で釣りをしながら航海していた四人組の冒険者が……『釣りを邪魔されてしまった』ということで、怒ってウゴーウ衆を壊滅させたようで……」


『『『『『た……た、たったの四人で、ご、五百人の組織がッ!?』』』』』



 そして、呆けたのも僅か、すぐに一同は驚愕する。

 世界が警戒する過激な組織。その組織がたった四人の冒険者に壊滅させれてしまった。

 その衝撃に一同が口を開けて固まっている中、アルマはハッとしたように顔を上げる。

 なぜなら、アルマはそんな芸当が出来る冒険者に、心当たりがあったからだ。


「アザトー……まさか、その四人とは……」

「……はいっ」


 アルマの問いに、アザトーは切ない表情で頷く。

 そう、その四人とは、アルマたちの知る人物たち。


「ジオパーク冒険団……だそうです」


 そして、その名が徐々に世界に広まり始めるのだった。

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