第113話 分岐点

 速くて、重くて、それでいて鋭い一撃。

 

「いい加減にしろ貴様あああああああ!」


 怒涛の疾風のような攻撃。感情任せに振り回すその一撃は、ジオを殴りながらもその勢いだけで森の木々が荒れる。

 

「うおっ、つ、ご、お、おおお!」


 左右の頬、さらにはオシャマから受けたアバラへの一撃と同じ箇所を何度も叩かれ、鈍い痛みが体中に駆け抜ける。

 絶え間なく繰り出されるメムスのラッシュは、確実にジオにダメージを刻み込んだ。


「村を!? 妹を!? 何をすると言った! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」


 ガイゼンほどでなくとも肉体の強さに自信のあるジオの肉体に貫通する攻撃力。

実戦経験や鍛錬の経験も皆無なはずのメムスがそれほどの力を振るうことが出来るのは、つまり……


「ちっ、うざ、ってーな……才能ってやつは……」


 全ては才能。血の滲むような鍛錬と、死を何度も垣間見るような修羅場を潜り抜けて到達した今のジオを容赦なく痛めつけるメムスのこの力は、ただの才能だけの力。

 そしてその才能は更に……


「もう一度……言ってみろおおお!!」

「ッ!!??」


 ジオだけでなく、八つ当たりのように森の木々まで引き裂いていくメムス。だが、それだけではなかった。メムスに引き裂かれた木々は、メムスから発せられた黒い瘴気を纏い、形態を変えて……


「これはっ?! ……魔法ッ!?」


 ジオへと鋭い枝を槍や鞭のように伸ばして襲いかかる。

 それは、カイゾーの魔法。



「……メガ級だが……禍々しさが……」


――メガ・ダークフォレスト


「侮るな? 今の我は……なんでもできる!」



 ジオは、肌を枝で切り刻まれ鞭で叩かれながら、呆れて笑ってしまった。

 メムスが魔法を使えるような様子はなかった。

 だが、この状況を見る限り……


「テメエ……カイゾーの魔法を見ただけで……更に、闇の魔力も付加させて……ッ!!」

「何を言っているか分からないが……これでおしまいだ!」


 圧倒的に向上した身体能力でジオの体を痛めつけ、見様見真似でも濃密な魔法で攻撃され、そして最後は……


「……は……ね?」


 メムスの背に生えた黒い翼が勢い良く羽ばたき、その瞬間無数の黒い羽根が刃と化してジオに向かって飛ぶ。

 もしそれが全て突き刺されば……


「シャレにならんな……ジオリジェクトッ!!」

「ッ!?」


 致命傷は間違いないと感じたジオは、咄嗟に自身も拒絶の魔法を放つ。

 闇の斥力で、黒い翼、黒い森、自身に向かってくる攻撃全てを弾き返した。


「くはははは……あ~、驚いた。まるで、癇癪起こして暴れる子供のぐるぐるパンチみてーなもんだな……」


 口の中に溜まった血を唾と共に吐き捨てて、挑発するかのように笑みを浮かべるジオ。

 だが、ジオの発生させた斥力によって、森の木々や羽の全てが吹き飛んだかと思ったら……


「ん?」


 ジオが魔法を解除した瞬間、翼を羽ばたかせて上空に居たメムスがジオを見下ろしながら、その両掌から激しくスパークする黒い光を凝縮して発していた。


「……あれはっ!? まさか、俺の!?」


 それは、村で一度だけジオが放った雷の魔法。更にジオはそこから、黒い雷へと昇華させていた。

 それと全く同じものを今、メムスもジオに向かって……


「お前なんか、どっかに行けえええええええ!」

「俺のジオスパークまで……ほんっと、チューニといい天才ってのはムカつく!」


 上空から降り注がれる黒い雷を、舌打ちしながら回避するジオ。

 だが、翼を持って、身体能力も向上させたメムスは、そんなジオの動きを逃さない。

 ジオの回避した方向に先回りし……


「うおっ!?」

「悶絶しているがよい!」

「ッ!?」


 ジオの脇腹に渾身の一撃を拳で叩き込んだ。


「お、がはっ!?」


 痛みのあったアバラが粉砕され、砕かれた骨が間違いなく肺に突き刺さったと痛みから察したジオは思わず顔を一瞬だけ歪める。

 

「……少しは反省したか?」


 思わず顔を下げたジオの頭上から聞こえてくる、完全に相手を冷たく見下したかのようなメムスの言葉。

 そんな問いかけにジオは……


「ふっ……テメエこそ……少しは気持ち良かったか?」

「……なに?」


 口元に無理やり笑みを浮かべ、こみ上げる血を無理やり飲み込みながら、メムスに言葉をぶつけた。


「田舎で平和に暮らしていたら分からねぇだろ? 身に着けた力でムカつく相手を否定して痛めつけて、意見全てを叩きのめす……相手を這いつくばらせて喜びを感じる……そう、思わねーか?」


 そして、その言葉を受けたメムスは……


「い、いい加減にしろ! 下らぬ戯言を我に吐き捨てるな!」


 平手打ち。しかし、それは女が男にする乾いた音を響かせるような生易しいものではなく、鈍器で全力で撃ち抜くかのような一撃で、ジオの顔面を潰した。

 だが……


「……ぶへっ……ぺっ……スッキリさせてやるためにも……魔法以外なら殴られてやるってのも……けっこーツライもんだぜ……」

「……ッ……ジオ……」

「あ~、いって……鼻が潰れちまった……頬骨もヒビが入ったか……おっそろしい奴だぜ……まっ、芯までは響かねえあたり……ここらが、こいつの今の限界……」


 顔面を血まみれにし、大きな青あざを作り、痛々しいまでに傷つけられたジオだが、その表情は一切の苦痛を見せず、瞳は鋭く、口元には邪悪な笑みを浮かべていた。


「……お前……」


 圧倒的に痛めつけられているのはジオ。しかし、その不気味な笑みに一瞬押されて、メムスは寒気がして僅かに後ずさりした。

 だが、このまま押されてなるものかと、メムスは無理やり体を前のめりにして、ジオに言い返す。


「ふん。何をゴチャゴチャ言っているか分からないが……我は貴様のような奴とは違う! 相手を痛めつけることに喜びだと!? そんなことを感じるものか……そんな姿になってまで笑えるような……お前と一緒にするな!」

 

 お前とは違う。そう告げるメムスだが、ジオは頷きながら……


「ああ……今のお前とは違うかもしれねえ。だがな……この……無様な姿は……お前の未来の可能性でもあるんだぜ?」

「……なっ……に?」

「そう、闇に堕ちて……道を踏み外し……積み上げた過去の全てを壊して立ち去った男の末路……お前も今、この場で選択を誤れば、間違いなくこうなる未来が待ってるぜ?」


 たとえ、メムスがどれだけ否定しようとも、魔族の血を引き、純粋な人間ではないことに変わりはなく、それはジオと同じ境遇であると言える。

 ならば、どれだけメムスが今を否定しようとも、将来的にジオと同じようにこれまで紡いだ絆の全てを壊して生きてしまう可能性が無いわけではない。

 つまり、ここがメムスの分岐点なのである。


「だから、メムス……今の俺の姿をよく目に焼き付けろ。たとえこの場で、なあなあな答えを出して……惰性にこれからも村に住んで、それでもやっぱりまた堕ちそうになったら……俺を思い出せ……この……こんな姿になってまで笑えるクソ野郎のことをな」


 そして、仮にここで答えを一度出しても、それでもまた迷うことがあったら今のジオを思い出せ。


「お前が言うように、今のお前はまだ俺と同じじゃねえ。なら、お前は引き返せるってことだ。まだ、どうにでもなるってことだ。大人になる前の最後の子供の我儘として……お前はこのまま戻ることができるんだよ」


 そして、今のメムスはまだ戻れる。

 メムスは戻りたいと願い、村人や妹たちはメムスに謝り戻って欲しいと願っている。

 なら、答えはとっくに出ているのである。

 しかし……


「む……無理だッ!」


 耳をふさぐようにして、メムスは涙を浮かべながら崩れ落ちた。


「もう、戻れない! みんな見ていた……我を……我を怯えるような目で……ロウリだって、この世の全てから守りたいと思っていたロウリにすら我は無意識で傷をつけ……この先、もしまた意識が飛ぶように力に飲み込まれたりしたら……我が我でなくなり、皆が我を我だと思わなくなったら……そんなの……そんなのいやだああああああああああああああ!」


 たとえ、答えが分かっていても、未来に感じる不安まで拭い去れない。

 もし、また同じことが起こったら?

 

「もう、……モドレナイッ!!」


 先の見えないことこそが恐怖であり、その恐怖に耐えきれないと、メムスは泣きじゃくった。

 だが、そんな崩れ落ちたメムスを、ジオは無理やり胸倉掴んで立ち上がらせた。


「だが、それでもお前が戻りたいと思っているのなら、俺が手を貸してやる」

「……じお……」

「もっと吐き出せ。溜まったものをぶちまけろ。そうすりゃ、ついでに力のコントロールの仕方も分かってくるさ。これも何かの縁だから、とことん付き合ってやるよ」

「そん……な、む、りだ……そんなの」

「大丈夫だ。俺はお前が思ってるよりずっとツエー……それに、子供に偉そうに説教したり躾けたりすることができるのも、大人の役目ってことでよ、嫌でも観念しろ。大人の身勝手な躾けに、子供はまだまだ逆らえねーのさ」


 そう言って笑うジオの笑みは、今までの邪悪さは消え失せて、ただ自信に満ち溢れた信念を持った目でメムスに強くぶつけていた。



「でも、安心しろ。俺は女を幸せにはできねーが……お前一人救ってやるぐらい、ワケねーからよ」



 そのとき、メムスは一瞬呆けながらも、涙とともに口元にほんの僅かな笑みを浮かべた。

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