第68話 見苦しい勇者
これは罠だと必死に叫ぶ勇者の表情は、既に颯爽と登場した時の勇者の物ではなく、完全に崩壊していた。
「ねえ……どうしてよぉ……なんで? オーライ……」
「っ、お、とうとくん……」
「にいさん……どう、して……」
「オーライくん……うそ、だよね?」
変わったのは勇者だけではない。勇ましくその力を振るっていたナジミ、アネーラ、シス、メルフェンの四人の女たちも、変わり果てたオーライに対して絶望に染まった表情を浮かべていた。
「違う……罠だ……あんな……あいつの能力の一つなんだ! だから……あいつの策略に嵌められてはダメだ!」
それでも違うと言い続けるオーライ。周りから向けられる負の感情の視線を一心に浴びながら、何度も認めなかった。
だが……
「ざけんな、ボケがァ!」
「テメエがやったヌカしとんじゃねええかあ!」
「何が勇者だ、オイラの船返せこらあああ!」
「私たちの家を返して!」
「ファーザーに何があったんじゃいゴラァ!」
「我慢できねえ、ぶっ殺したらァ!」
潔く認めないオーライに、ついに怒りが爆発したワイーロ王国の民たちが一斉に怒号を上げる。
国を破壊され、街を破壊され、港を破壊され、家を破壊され、店を破壊され、船を破壊され……
「全部あなたが……オーライさん……それに……パパが……瀕死とはどういうことですの!?」
そして、自身の父の状況を知ってしまったフェイリヤは、これまでジオたちにも見せたことのない形相でオーライを睨んでいた。
「ッ、フェイリヤ! 違うんだ! 僕は何もしていない! そ、それに僕が天候をとか、そんなのマシンの罠だよ。天変地異を自在に起こすとか、そんなことできるはずがないだろう!」
「この期に及んで何をあなたは……」
「とにかく落ち着いてくれ。君のような美しい女性が、そんな眉間に皺を寄せるなんて……」
「ワタクシに触れることは二度と許しませんわ、こんのドサンピン!」
「ッ!?」
フェイリヤをどうにか言い包めようと、お得意のハグをしようとするオーライだったが、もはやフェイリヤは自分に触れることも許さない。
「つっ~……何故こんな……し、信じてくれ……ナジミ、アネーラ姉さん、シス、メルフェン。僕たちがこれまでどれだけ共に戦ってきたと思っているんだい? どれだけ身も心も通じ合ってきたと思っているんだい? こんな小さなアイテムから僕を偽った声が聞こえてきたというだけで、これまでの全てを否定するのかい? 何故、信じてくれないんだい? 僕たちは何度も愛し合ってきたじゃないか!」
これまで、勇者として称えられてから、天上の存在のように扱われ、崇められ、慕われていた。
それが、まさか人生でこれほどの罵倒を受けることになるとは思わなかったのか、オーライは唐突に追い詰められてしまったこの状況に震えてしまった。
「そ、そうよ、そうだよね? あのオーライが……」
「……うん……わ、罠だよね? し、信じていいんだよね? 弟君……」
「兄さんは、世界を救った英雄なんですから……ま、マシンの復讐……話の筋は通りますよね?」
すると、曲がりなりにも勇者と絆を深めた女たちは一縷の望みに託し、何とか勇者の言葉で自分を納得させようと必死な表情を浮かべる。
「そうだよ。オーライくんは、私たちを救ってくれた、世界を救った救世主! そのオーライくんを陥れようとし、私たちの目指す夢を邪魔しようとした人たちこそが世界の敵! そうなんだから!」
それは、この国の姫でもあるメルフェンも同じであった。
オーライこそが正しい。全てデタラメである。そうであってくれと願うかのように。
「そ、そうさ……メルフェン、これは全てがマシンの罠だ。マシンはこうやって僕たちを嵌めて復讐しようとしているんだ。皆さんも騙されないでください! 僕は皆さんの味方です!」
仲間たちが再び自分に偏ってくれそうな雰囲気にオーライが少しホッとしたような表情を浮かべて、もう一度民に呼び掛ける。
自分を信じてくれと。
その言葉に、先ほどまで怒号を上げていた民たちも言葉に詰まりだし、疑心暗鬼が生じ始める。
一体、何が真実なのかと。
すると……
「羨ましい限りじゃねーの」
「ッ!?」
「こんなになっても、それでも信じてもらえる奴らが居るとはな。まァ、ただのバカ女ってだけかもしれねーがな」
ジオのその一言が響き、ジオが勇者を哀れむように近づくと、不意に民たちも口を閉ざして黙ってジオの様子を見ていた。
ジオは勇者の眼前まで歩み寄り、改めて……
「俺も信じてもらいたいもんだった」
「……えっ?」
「違うんだ……信じてくれ……そう言って、信頼した仲間、敬愛した主に訴えたが……誰一人として俺のことを信じなかった……罵倒し、石を投げ、この身体をズタズタにした……」
ジオの言葉、それはかつての自分自身の想い。
かつて、帝国で大魔王の計略によって全てを失った時、今のオーライのようにジオも「信じてくれ」と訴えたが、オーライと違って誰も自分を信じてくれなかった。
「仲間に裏切られ、信じてもらえない辛さってのは……俺は誰よりも分かっている」
切ない笑みを浮かべながらオーライに語りかけるジオの言葉に、民たちは言葉を失っていた。
この場に居る者たちのほとんどが、ジオが何者で、どんな人生を過ごしてきたのかは分からない。
だが、その言葉の端々から滲み出る悲しみは、とても重く深いものを誰もが自然と感じ取ってしまった。
「オジオさん……」
ジオの見せるその切ない感情に、思わずフェイリヤも胸が締め付けられそうになった。
だが……
「勇者の女たち」
「「「……?」」」
「マシンも同じだったんじゃねーのか?」
「「「ッッ!!??」」」
「お前ら、マシンのことは僅かも信じなかったのか? こうしてここに居るのに、マシンのことは何一つ信じねーのか?」
切ない表情を浮かべていたジオだったが、その表情は一変。
「マシンが正しかったかもしれないと……欠片も思わなかったのか?」
マシンとて、かつては仲間だったはずである。そのマシンのことは何も信じないのか?
「ふっ、まあ、手籠めにされて、結婚までして、そんな相手が実はただの自演のクソヤローだったと認めたくねえ気持ちは分からんでもねーし……今この状況で、このアイテムから聞こえてきた声だけで全部信じられるかと言われたら、それまでだがな……」
「ちょっ、あんた! な、な、なにを、言って……オーライはそんな奴じゃ……そんな……やつ……じゃ……」
そうジオに問われて、ナジミたちはハッとした表情を見せて狼狽え始める。
完全に自信を持って否定できない気持ちもあるというのは事実だからだ。
すると……
「もういい、……リーダー」
「マシン?」
「勘違いしないでもらいたい。自分は言い訳や弁明をするつもりでも、オーライを嵌めるためでも、ましてや今さらナジミたちに自分を信じて欲しいと思ってこんなことをしたわけではない」
マシンが戸惑うナジミたちに向けてそう言った。
マシンが今回のオーライとの会話を筒抜けにさせた理由。
「リーダーたちに知ってもらいたかっただけだ。それを信じる信じないは、リーダーたち次第だがな」
「ふっ……そーかい……」
マシンは、今さらナジミたちにどう思われようとどうでもいい。ジオたちにだけは知っていてもらいたい。そういう想いからであった。
「お、愚かな! オジオだったね? 君はその男に騙されているんだ! そいつは、ナグダの亡霊! 地上も魔界も征服しようとした者たちの末裔! そんな男の言葉を信じるなんて、どうかしているぞ!」
「うるせーよ、カス」
「ッ!? か、ぼ、僕が……カス……だと?」
マシンに騙されるなと、ジオに向かって怒鳴るオーライだったが、その叫びをジオは一蹴した。
「別にマシンを信じたから、俺はこいつに付いてるんじゃねえ。そもそも、俺らもつい最近に出会ったばかりの薄っぺらい間柄……こいつを信じてるとか……勇者がどうとか、そんな判断できねーし、重要なのはそこじゃねぇ」
「な、なに……?」
「重要なのは、どっちを信じるかじゃなくて、どっちの味方になるかだ」
そう、何が真実なのかが重要なのではなく、
「俺はマシンに付く。なんか、テメエは最初からイラッとしてたんだよ」
ジオが導き出したのはもっともシンプルなこと。
「ば、ばかな……なんだ、その自分勝手なフザケタ考えは……」
「自分勝手? 大いに結構じゃねえか。自分勝手は要するに、誰かに諭されてるわけじゃなく、自分の意思で自分で選んで自分で考えたって証拠だろ?」
「なんだと? 屁理屈を……」
真実がどうであれ、単純に勇者が気に喰わない。それだけで、ジオはもうよかったのだ。
その、ジオの考えと言葉に、オーライは唇を噛みしめて鋭く睨みつける。
すると……
「ひははははは、も~りあがっているね~♪」
「「「「ッ!!??」」」」
「しっかしま~、勇者が思いのほかクズでウケるけど、あまりにも小物過ぎて逆にガッカリ? これじゃあ、遊ばせる気も失せてくるじゃん?」
そこには、嵐で全身をずぶ濡れにしながらも、邪悪に機嫌よく笑うフィクサが居た。
――あとがき――
お世話になっております。本日は私の別作品「禁断師弟でブレイクスルー」のコミカライズ更新日です。
11時にニコニコ静画で更新されますので、是非こちらもよろしくお願いします。
https://seiga.nicovideo.jp/comic/47196
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