第34話「あの日の逆」
もうすっかり日も沈んでいたが俺はそんなことなんて気にせず、とにかく走り出した。
正直、この後どうなるのかなんて考えてもいなかった。
そんなこと考える暇も余裕もなかったけど、絶対に受け入れられない自信しかなかった。
どうせ罵倒されるし、どこの馬の骨かとも分からない男に何を言われたってそこまで徹底されている厳格な父親が折れるわけがないことくらいわかっていた。
でも、それが先輩の事ならば真正面から戦ってやるその気合だけはあった。
何度も何度も助けてもらった先輩を今度の今度こそ助けられることに嬉しささえ覚えていたけど、同じくらい不安があって、でも退く気なんて一ミリもない。
常に常に先輩の事だけ考えて一歩一歩駆けていく。
夜に駆けるってこういうことなんだなと思ったくらいだ。
変に焦っていて、冷静というか走馬灯なのか訳は分からなかったけど必死に走ってあっという間に先輩の家に着いていた。
息切れしかけている身体を起こして、頬をパンっと一発叩いてぐちゃぐちゃになっている制服に目もくれずインターホンを鳴らす。
すると、分かっていたように一瞬だった。
先輩が驚いた表情で出迎えてくれた。
「ほ、ほんとに……」
「もちろん。先輩のためになら何でもできますからね」
「いや、私はそんなこと言ってないんだけど。それに今ようやく話が弾んでて……いい雰囲気だしさ」
苦笑いをする先輩を始めて不快に思った。
家族の問題は確かに俺が解決するべき話じゃない。
でも、そんなのいつもの先輩じゃない。たった一年しか一緒にいないけど、それでも分かってくる。先輩はそこまで割り切れるほどに単純な人間じゃない。
それが、その歪んだ笑みにすべて込められていた。
だから、言ってやった。
「先輩、それが本当に願っていたことですか?」
すると先輩は口をポカンと開けながら唖然とした表情で固まった。
「な、何が――」
「俺は、先輩の本音を聞いているんです。いつもの優しい先輩の言葉ではなく、本心ではなんて思っているんですか?」
「ほ、本心は——」
しかし、言いかけたところで部屋の奥の方から俺の知っている声が聴こえてきた。
「真礼~~、どうしたぁ、宅配便じゃないのかぁ!」
ビクッと肩を震わせて、またいつもの愛想笑い。たははと笑って、大丈夫だから帰ってと言ったその手を俺は離さなかった。
「約束は守るもの、ですよね? 校則を破っていた生徒にそう説いていたのは先輩でしたよね?」
我ながら思った。
意地悪な説明だと。
ただ、ここまできて、おれだって引くに引けなかった。
それが最後までやると決めた俺の責任なのだ。
「——今、言うかな」
「言いますよ。先輩が我慢してるならいつまでも言いますよ」
容赦はしなかった。プルプルと先輩の拳が震えている。
歯を食いしばりながら、待っていると先輩は俺の頬を優しく温かい小さな手で包む。
「どうして、君は……そうやって期待するのかね……っ」
「俺が先輩の彼氏だからですよ」
「それは……もういらないって」
「俺が必要としているんです。それに約束はまだ果たせていませんし」
ずるいよもぉ。
そう呟きながら滴り落ちる涙をぬぐう。
「君は分かっていない。私は私で、これで納得してるんだよ」
「はい」
「納得したうえで、これでいいッて言ってるの。受け入れてるの。さっき、そのお見合い相手の写真見せてもらったんだけどね。すっごくイケメンで、誠実な感じがして悪くないなって納得した」
「はい」
「だから、べつにもう――そんな子供みたいに駄々こねなんてしないんだよ? 私はさ……」
嘘だった。
プルプル揺れる拳と体が物語っていた。
「なんで……ほんとに……っ」
言葉に詰まって、再び泣き出そうとしていた先輩を俺は受け止めて胸に抱き寄せた。
「っ⁉」
収まるほどに小さかったことにちょっとだけ驚いたが、あの時とは逆の構図に少しうれしくなる。
ようやく追いつけた。
そう思いながら耳打ちする。
「先輩、覆してやりましょうよ。こんなの」
「覆すって……無理だよ。私のお父さん、厳しいし」
「そこは熱意で。論理よりも精神で。俺が先輩をどこまで愛しているかを熱弁すれば変わりますよ。それが例え高校生の戯言でもね」
「……愛してるって、ひどいなぁ、嬉しくなっちゃう」
「もっと喜んでください。彼女ならそう言う反応をしますし」
「……うん、じゃあ頼んだよ」
そう言って惹かれた手を引っ張った。
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