第26話「私はカケルのことが……」
先輩が帰った後、生徒会室に残された俺と美鈴はどんよりとした空気の中帰ることになった。
「……」
「っ……」
ムスッと膨れる美鈴と何とも言えない俺の頭上からぽつりぽつりと雨が降って、俺は持ってきた傘を差した。
「入るか?」
「——入る」
少し傾けると肩を寄せるように傘の中に入ってくる。
そのチョコンとした動きは昔から見る強さとは違い、小動物の様に可愛かった。美鈴とは仲が深い、あの抱き合った日からは俺に懐くように話しかけてくるようになり、毎日遊ぶような男友達のようなものに俺の中では変わっていた。
ただ、こうして隣を歩くと感じられる女の子らしさに不意に心打たれる。
一歩が小さくて、歩き方も静かで、おれとは何もかもも違う。そんな彼女に俺は訊ねた。
「なぁ、どうして美鈴は、先輩の事がそんなにも嫌いなんだ?」
「急に、何よ」
ザーザーと降りしきる雨の音に紛れて美鈴が答える。
肩が少し出ていたので俺は彼女の方に傘を寄せた。
「いや、普通に単純に疑問でさ」
「別に嫌いとかそう言うわけじゃないわよ」
「でも、なんであんなにいじわるなこと言うんだよ」
「いじわるなことなんて言ってないじゃん!」
地団駄を一つ踏み、小さな水たまりがシュパッと跳ねる。
それが俺の制服に少しだけ着くと「ごめん」と俯いた。
でも、いじわるなことは確実に言っていた。
『困らないけど? そしたら会長になるの私だし』と言っていた。
あのとき、隣にいた先輩の顔は分かりやすく歪んでいたんだ。
昔、先輩に聞いた事がある。自分もあまりこういう風にみんなの前に立ってリーダーをやるような人じゃなかったけど。とある人が自分を拾ってくれたから今みたいに自信気に生徒会長をできると。
前会長が今の先輩を育てたんだと鈴夏さんから聞いた事があるけど、それを先輩の口からは言ってはくれなかった。
だからこそ、彼女にとってこの生徒会長という職業は、そしてこの生徒会というものは彼女にとって何か特別なものがあるんだ。
大切で、他には代えられないものがきっと存在すると俺は思う。
いくら美鈴とは言えど、それを否定されるのは嫌だった。たとえ、美鈴に悪意はなくても、あんなことを言える筋合いはない。
だから今、幼馴染として美鈴に聞いておかなきゃいけない。
今までうやむやにしていたことを、なんで俺と先輩が何かするたびにそこまで突っかかってくることを。
俺が一方的に友情だと思い込んでいたことをしっかり聞き出さなきゃいけない。
「でも、だとしてもどうしてあんなひどいことを」
「言ってないし!」
「だって、先輩泣いてたじゃないかっ」
「そんなの私にはっ……知らないことよ」
言っていることと表情が違う。
美鈴も分かっているのだろう。明らかに嫌味なことを言っていたのを分かっているかのように口をすぼめていた。
「だって……」
「いや、わるかった。俺が何度も言葉足らずで分かってるふりしてただけだから」
「違う! そういうことじゃない!」
「美鈴は俺の事を大切に思ってくれているから、ああやって出し抜けられるのが嫌だったんだろ? でも、それは俺の予想に過ぎない。もっと最初から聞いておくべきだったんだ」
「そうじゃない。別に、出し抜けられるとかそう言うことじゃないし、ただ、あいつが、会長がウザいから言っただけよ」
「それじゃあただの意地悪になるじゃないか」
「……」
「なぁ……」
「え、えぇ! 分かったわよ。言ったわよ、わたしはいじわるをしたわ? でも、だって、カケルを――っ」
すると、美鈴が傘から抜け出す様にその場に立ち止まった。
どばーっと一気に振り出す雨が美鈴の頭に一気に落ちていく。その光景がまさに心情を描いている様で、息がつまった様な気分になった。
「カケルを……」
「……」
言葉に詰まっている姿が何かを暗示している様で、何も動かない。
走馬灯のような景色が見えてきて、俺はふと初めて話した時の記憶を思い出した。
いじめられて誰もいない薄暗い階段の下で泣いていた美鈴の姿。あんなにも輝いてたのに弱り切ったあの姿が浮かび上がってくる。
追い詰めているのは俺なのか。
雨に打たれる姿が何かを変えていく気がした。
「カケルの事が……」
「辛いなら言わなくても」
「っく……だって、だって……っ」
ぎしぎしと歯ぎしりが聞こえて、膝から崩れ落ちた。
「美鈴っ」
「私は、私はっ——」
苦渋の表情。
それが見えて、俺はなぜだか傘を捨てて抱き着いていた。
「ごめん。もう、いいから、言わないでいいからっ」
「んっ……ぁぁ」
降りしきる雨の中あの日と同じように美鈴は俺の胸に縋りつくように涙を流していた。
☆☆☆
二人とも体がべちょべちょになり、このまま家に帰すのも嫌だったので美鈴を叔母さんの家でシャワーを浴びせることにした。
もちろん、俺と美鈴の姿を見て妹が「何があったの、え、何、修羅場?」と慌ててタオルを持ってきたことは言うまでもない。
「あぁあぁ、二人ともこんなになって何があった――って言わなくても分かるわね」
先にシャワーを浴びてもらっている間に用意してもらったタオルで髪を拭いてもらっているとララが呆れたように口にする。
なんか、聞き覚えがある言葉ですぐに思いだした。
「もしかして、これがあの時言っていた義理ってこと?」
「そうね。義理ね。兄さんが馬鹿だから、ていうか鈍感過ぎなのよ」
「それって、そうなのか?」
「そうって何よ? しっかり気付いてからじゃないと言わないよ? 真礼ちゃんも美鈴ちゃんも好きだけどあっちから来ないとララは不干渉のままいるって決めてるし」
「……お、俺の事が好きなのかなって」
「はぁ」
急に落胆されてて、一気に顔が真っ赤になった。
「いやいやいやいやそんな、そんなわけないよなぁ……あはははっ。あいつはそうだよな、ただの幼馴染だし……まさかなぁ」
しかし、それでもジト目を向けてくるララを見て悟った。
「え、ほんと?」
「ほんとも何も、よくもまぁ昔から話題にしてきているって言うのに分からないのか。ララにとっては不思議でならないね~~」
「や、やっぱり……そうなのか」
泳がす姿には感心しなかった――って俺がそんな風に考える資格もないか。
とにかく、これで泣き疲れた時の言葉に確証を持てた気がする。
あのとき、雨の音で本当に言っていたのか分からなかったけれど。べちょべちょになった顔を俺の胸に預けながら美鈴は確かに言っていた。
『なんで、なんで……私の……ばかり』
『好き……なのに』
と小さく震えた声で言っていた。
「兄さんは鈍感過ぎて反吐が出るもの。だから言ったのにね、美鈴ちゃんには良いの?って」
「いやだってまさかそんなこと思われてるとは思ってなくて」
「はいはいでましたぁ。モテ男特有のそんなの知らなかったって。敵よ敵、女の敵」
「そこまで言わなくても……」
「そうでも言わないと気づかないでしょ馬鹿兄さん! 純愛エロ漫画ばっかり読んでるからそんな風になるのよっ」
「っお、お前、どこでそんなのを!?」
「この前、兄さんのタブレット借りた時に思いっきりアプリが開いたままでね。びっくりしちゃったからね」
「あ、あの時……」
「ほんと、キモイ兄さんよ。変態兄さん。私の友達は分かってないもの。エロ兄さん」
「ちょ、それはやめっ」
「エロ兄さん!!!」
「ぐはっ……」
永遠の秘密をばらされて、幼馴染の気持ちが分かって、なんなんだ今日は。
そこまで言って冷静になるララが真面目な顔でこう訊ねてくる。
「それで、どうするの? 美鈴ちゃんの事。それが分かった上で、仮にも真礼ちゃんと付きあえるの?」
「……分からない」
「はぁ?」
本音を告げるもララの表情は「信じられない」と語っていた。
「この期に及んでまだ分からないの?」
「だって、気づいたって言ってもさ。俺から美鈴にそのことを聞くのは違うだろ?」
「違うとか違くないとかそういう論理的な話しているわけじゃないんだって。兄さんは分からないかも知れないけど、女の子は心、気持ちが大事なんだよ?」
「でも——」
「その曖昧さが今の状況を生んでるんじゃないの?」
「そうだけど……」
「兄さんは2人のどっちを選びたいの?」
口を噤み、考えながらも答えは出ない。そんな風に悩んでいるとララは究極の質問をしてきた。
そんなのは選べるわけが……ある。
俺が美鈴を好きだったのは間違えないと思う。確かに小学生の時には憧れの目を向けていたし、意識していた時期もあった。
でも、それは過去で今は全く違う。
中学の頃だって、上野と同じくらいの腹を割って話せる中の友達、そのくらいの幼馴染と思っていたくらいだ。
だから今あるのは友情のみ。
恋愛感情は——
「先輩を選びたい」
「そ」
「そって……でもそれじゃあ美鈴の気持ちは⁉」
「それが恋愛でしょ? 平安時代じゃないの。男も女もどちらかを選ばなきゃいけない時が来るのよ」
冷静じゃない俺にとってはものすごく残酷な話で選びたくはなかった。
ただ、ララの話は筋が通っていて頷かざる負えなかった。
それが現代での恋愛をするっていう意味だ。一夫多妻もハーレムもラノベや漫画の中だけの話。
俺は決めなきゃいけないんだ。
きっと、そう言う覚悟はしなきゃいけないんだ。
そんなところで美鈴が俺のおさがりのジャージを着てリビングに入ってくる。
「先、入ってきていいわよ……」
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