第284話
「ハイ到着ー」
「ちょっと。本当にここで合ってんの?」
「合ってるよ。入口から遠くて、いざって時にぶっ壊しても誤魔化しが効く場所って言ったら、やっぱここでしょ」
土板に揺られてやって来たのは、水路の終着点となる貯水池。今の所はそれほどでもないんだけど、洗濯に使ったり風呂に使ったりしてるんで臭いがちょっと気になる時がある。だから人の行き来がほとんどない。
村の入口から遠いんで、畑をぶっ壊す時に多少でっかい音を出しても平気だし、臭いに目を瞑れば立地としてはかなり優秀だと思う。距離が遠いから移動は大変だけどね。
「だからってここじゃなくてもいいじゃない。若干臭うんだけど?」
「俺には関係ないんで」
風魔法で気流を操作すれば、たとえ下水道の中だろうと一切臭いを感じることはない。快適なぐーたらライフに悪臭なんて不必要だからな。
「アンタが良くてもここで作業する連中にとっては迷惑になるじゃない。それに、この臭いが砂糖に移ったりするかも知んないじゃない。そうなったらどう責任とってくれんの?」
ふむ……脳筋アリアにしては随分とそれっぽい理屈をこねてきたじゃないか。
詳しくないから知らんけど、たしかにその可能性はあるかも知んない。だからと言ってはいそうですかと素直に聞き入れるのは癪だ。それに、そうならないかもしれないからな。
「じゃあ実験として小規模から始めよう」
砂糖に臭いがつくか。この場合は甜菜にか。それにこの貯水池から微かに感じられる臭いが付着するかどうかを試せばいい。それであれば畑は極小規模ですむし、結果として砂糖が臭いと感じられた場合は改めて畑を別の場所に移せば済む話だからな。
「駄目よ。母さんとサミィ姉さんからはちゃんとした大きさの畑を作るように言い聞かされてんのよ」
どうやら俺の知らない所で2人に釘を刺されていたらしい。改めて砂糖にかける情熱は凄まじいのはいいんだけど……ダイエットとか考えてんのかね。
俺が言うのもなんだけど、アリアはまだしもあの2人はロクに運動しないからなー。砂糖の生産量が増えてバクバク食べるようになったら、今ある運動器具だけじゃあ何ともならなくなるんじゃないか?
「ちょっと。アタシの話聞いてんの!」
「聞いてるよー。それに関しては種が足りなかったって言えば大丈夫でしょ」
毎月毎月砂糖を精製しているが、種に関しては特に何も言わずに過ごしてきたし、亜空間に保管してるからどこを探したって見つかる事は無いんで、俺が無いと言えばそれはこの世の事実なのだ。
「アンタ命知らずね。母さんに嘘つくつもり?」
「嘘なんて付くわけないでしょ。実際に種が少ないの。伯爵が来たせいで保管して多分を吐き出しちゃったからねー」
あの一件で多くの種を吐き出したのは事実だけど、もちろん種のストックはまだまだある。こういう事――は考慮してなかったけど、何かしらの天変地異が起きないとも限らないからな。亜空間にはタンマリよ。
「なるほどね。だとしても、ここに造らなくてもいいじゃない。臭い砂糖なんて作って母さんに怒られてもアタシ知らないからね」
「うーん……そう言われると怖いなー」
既にこの世界じゃ難しいっぽい白砂糖を少なくない量食わせてるからなー。ここで洗濯汚れや身体の汚れの臭いが混じった砂糖を食ったら……確かにキレそうだな。
「はぁ……本当についてきてよかったわ。じゃあ別の場所に移動するって事でいいわね?」
「だね。俺も平穏なぐーたらライフを送りたいからね」
耕作場所を変えるという、一般の村人とそう変わらない労働で1月の平穏なぐーたらライフが送れるんであれば、喜んで――は俺には無理なんで、普通にやるとしますかね。
「それで? ここが嫌だって言うならどこがいいのさ」
「そんなのアタシが知るわけないじゃない。アンタが調べなさいよ」
やれやれ。脳筋に頭脳仕事を頼んだ俺は馬鹿だったな。
とは言え、俺も関心がほとんどなかったから、ここって決まった瞬間に他の候補地の場所を頭から消しちゃったからなーんも知らん。
かと言って一旦家に帰ってもう1回地図とにらめっこするのも面倒なんでここらへんを拡張しよう。
「姉さん。あの辺りなんてどう?」
「いや村の外じゃないの。母さんに村の中でって言われてるでしょうが」
「分かってないね。村の外周を作ったのはどこの誰かくらいは知ってるでしょ?」
「そう言えばアンタがやったんだったわね」
良かった。さすがの脳筋アリアであってもそのくらいは覚えててくれたらしい。
「そういう訳なんで、もっと広くしたいなーと思ったら好き勝手広げられるじゃん? それで? あの場所はどう思う?」
「いいんじゃない? あんだけ離れてたら臭いも気にしなくても良さそうだし」
アリアの承諾? も得られたんで、早速村の外壁をズリズリ動かして村を広げ、目星をつけた位置に土魔法で耕作耕作。
「ちょっと。畑が小さく見えるんだけど?」
「さっき種が少ないって言ったよね? 今はコレが精一杯だから」
そう嘘をついて出来上がった畑は、家の庭にある砂糖畑の4分の1位のサイズで、そこにポケットから取り出したように見せて亜空間から取り出した甜菜の種をパラパラーと魔法で撒き散らし、水を撒けば畑として一応は完成。
「本当に少ないのね」
「そうだよ。だからここであの伯爵が来たら、またルッツから購入しないといけなくなるんだよねー」
「それは絶対に避けたいわね。それで? やる事はもう全部終わったの?」
「ん? 最後にもうひと仕事残ってるよ」
甜菜を育てるのにここの気温は超絶不向きだからな。土魔法で地中から材料を引っ張ってきて、ガラスハウスを建築。中に風の魔道具と氷から冷房にレベルアップさせて、よりぐーたらできる環境に。
「これで完璧」
「……」
「なに?」
「いや。こんなのがあるならさっきの場所でもよかったんじゃないかなって」
……そう言われればそうだな。ガラスハウスで覆っちまえば、隣から多少嫌な臭いがあろうとも問題は無いな。
こんな簡単な事に気付かなかったなんて、まだまだぐーたら道を極める道は遠いな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます