第30話

 実際に見てみた。


「目に関する機能が異常に発達しているんだな」


「そうですね。視力に関しては常人を超えた数値を叩きだしています」


 昔は視力がかなり良かったのだがな。今では並程度だ。


「ただ一つ心配な点がありまして。このまま動体視力をフルで使う機会が増えると、いずれ視力がかなり悪くなりますよ」


「あれは酷使しすぎているということか?」


「はい。一瞬のうちに入ってくる情報量が多すぎます。脳がその処理を抑えるために視力を低下させる可能性が」


 なるほど。あれは最後の切り札みたいに使えってことか。


 そんなことを渡された資料を見ながら考えていると、突然視界が真っ暗になった。


「何やっているんだお前は」


 その原因は目の前で壁ドンをしている加賀美だった。


「せっかくのチャンスでしたので」


「はあ。それが目的か?」


「ええ」


 加賀美が言っていたことはデータに関しては全くもってその通りだった。


 しかし、それが原因で視力が低下するなんて話は書いてない。


 つまり加賀美からの情報だったわけだが。


「資料に集中させるために適当な嘘をつきつつ、逃げ道を塞いだわけか」


「ご明察。私がその素晴らしい能力を封印しようなんて方向に話を進めようとするわけがないじゃないですか」


 確かにこいつなら視力の低下というデメリットを消すために何かしらの提案をするだろう。


「ただ、普通逆だと思うのだが」


 壁ドンなんて基本的に彼氏がやって彼女が心奪われるイベントだろう。


「晴さんは私にこんなことはしてくれないでしょう?」


「ごもっともだ」


「それに、壁ドンをするのは相手の気持ちを奪うため。私たちの関係は私が晴さんの心を奪うというもの。何らおかしなところはありませんよ?」


 雑な理論武装ではあったが、現に発生しているので言うことは無い。


「好きにしろ」


「言われるまでもありません」


 加賀美はそのまま押し切るかのようにキスをしてきた。


 躱すことも当然出来たのだが、ある程度武道の心得があるこの女から離れようとすればほぼ確実にこいつを傷つける。


 そして肝心要のキスの味はというと、甘酸っぱいレモンのような味と、薬品の香りがした。


「ふう。これで満足です」


「お前、何があった?」


 俺はするはずの無い薬品の香りに着いて問い詰めた。


「何がって、なんのことですか?」


 すっとぼける加賀美。


「俺にキスで薬でも仕込むのかと思っていたが、そうじゃなかった。ならその薬の匂いは何なんだ?」


「ああ、これですか。別になんでも無いですよ。多分ここで薬品を扱っているから匂いが映ったんじゃないですか」


 あくまでしらを切る様子。まあそれならそれでいいか。別の方法ならいくらでもある。


「まあ、そういうことにしておいてやるよ」


 俺は何事もなかったかのように研究所巡りを再開した。


「にしてもここって世界一の企業にしても奇妙な会社だな」


 たとえこれほどの規模を賄えるほどの資金力があったとしても普通こうはならない。


 そもそも日本に最大の拠点を置くことはしないし、街なんて非効率なものは作らない。せめて社員寮を大量に作るくらいだ。


「詳しいところは話せませんが、私の為らしいです」


 加賀美の為?どういうことだ?


「ここまでの規模になった場合、父の仕事の都合上、各地を転々とすることになるでしょう?」


 確かに、海外勤務も多いだろうし、金も無駄にあるからその時一番都合がいい場所に住むことになるだろう。


「その場合、私が学校で友人が作り辛いだろうということで、あの街を作ってくれたのです。社員がほぼ全員その場所に集結しているのであれば、仕事のために引っ越す必要なんてないですから」


「それに、環と離れたくなかったのですもの」


 父親の事はテレビでしか見たことないので優秀そう位のイメージしかなかったが、こいつの父親は相当な親バカなんだろうな。


 まあ、この財力ならば別に何やっても問題ないんだろうが。


 そんな話をしながら研究所を回っていると、時間になったので集合場所に戻ることにした。


 そこには悠理を膝枕している小野田さんと、その横で悠理の足を眺めてよだれを垂らしている二宮さんが居た。


 なんだこれ。


「どういう状況でしょうか?」


 俺が口をはさむよりも先に加賀美が質問していた。


「いや、な。これには海よりも深く太陽よりも大きな事情があるんや……」


「たいした理由じゃないよね花ちゃん!?」


「結局どういうこと?」


「それはな」


 二宮さんの話によると、研究室の一角に全身をくまなく調べられる装置があったらしく、

 それを使って二宮さんが悠理について徹底的に調べたいから言うことを聞かせるために一時的に体の力を奪う薬を使ったらしい。

 本来ならそれで女子にいいようにされる程度に力が落ちるらしいが、悠理には全く効果が無かったため追加で薬を盛っていたら体が一切動かせなくなったとのこと。


 過剰摂取で生命に支障をきたすような薬ではないと犯人は主張しているが、流石に心配だった小野田さんはこうして看病をしてくれているというわけだった。


 二宮てめえ…… 何してくれてんだってのが第一の感想だが、よくよく考えるとこうして小野田さんに膝枕してもらっているこの状況は理想的なので結果オーライとも言える。

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