第26話
すると普通に悠理は見つかった。
「おい悠理。晴だ。どうかしたのか?」
ベンチでうなだれている悠理に俺はいつものように声をかける。
「お前は晴か。ついにアレをやっちまった……」
小野田さんの反応的に……
「間違っちまったんだな。しかも小野田さんの前で」
「ああ」
恐れていた最悪の事態を最悪の相手にやらかしてしまったのだ。
全く顔が似ていない別の人相手を小野田さんと信じ込んで話しかけたのだ。
しかも真正面から顔を見た上で。
とても仲が良く恋愛関係に発展する寸前であった二人にとって、それは仲を崩壊させるほどのものであろう。
仕方ないと言えば仕方ないのだが……
目の前で後悔しているこの男。黒須悠里は端的に言えば人の顔が認識できないのだ。
いや、正確に言えば認識自体は出来ている。正しくはありとあらゆる人間の顔が同じ仮面を被っているように見えている。
この事情は、俺と悠理とその家族。そして加賀美千佳のみが知っている。
中三の終わり頃、悠里が初めてその事を俺に話した時、俺はそれを全力で守り通すことを決意したのだ。
悠理が学校など知人の居る場に行くときは、基本的に俺が共にいた。
そして、
そして、先制して俺はその人の名前を自然な流れで言い、悠理に認識させる。
目を離さない限りは、配置によって誰が誰なのか認識できるからな。
そして俺はその時から銀のメッシュを入れている。悠理が俺の事を遠目でも識別しやすいように。染めている奴は結構いるが、メッシュを入れるやつは滅多に出会うことは無いからな。
これまでは俺の努力と悠理の超人的な能力によってある程度カバーできていたわけだ。
今回はかなり運が悪かったと言える。
あの悠理が間違えたということは、小野田さんと全く同じ身長、髪型、服装の誰かがこの場に居たことを意味しているのだ。
そして好きな本を買えて若干テンションが上がった結果、油断して自分から声をかけた。
そんな天文学的確率あってたまるかよ。
七森とかならどうとでもなったのに。
しかし、これを小野田さんに伝えるべきなのだろうか。
悠理は言いたくないはずだ。しかし、
「どうする?正直に話すか?」
「今回ばかりはそうするべきなのか」
恐らくそれ以外の選択肢は存在しない。もし仮に小野田環という人物と関わっていきたいのであれば。
それに、加賀美千佳は小野田さんの気持ちを静めるために手段なんて選ぶわけがない。
悠理はおそらく加賀美千佳の優先順位の中には入れられていないから。
事情を話すだけならともかくそれ以上の事もしかねないのだ。
「なら行くぞ」
俺は小野田さんのいる所へ向かった。
「遅かったですね」
わざとらしく笑顔を張り付けて出迎える加賀美。
まだ怒っているわけではなさそうだ。もし本当に怒っているのなら、この女の表情はここまで分かりやすくは無い。
「悪かったな。細かい話は飯食いながらするぞ」
俺は元々決めていたオムライス専門店ではなく、個室のある和食屋に誘導した。
俺たちは店員の案内によって座敷の個室に誘導され、注文を済ませた。
「で?どういうことでしょう」
何も言わない小野田さんに変わって加賀美がそう聞く。
「お前から言うか?」
「ああ」
その返事と共に悠理はゆっくりと話しだした。
人の顔が中3の頃から分からないということ。その補助のために俺の力を借り続けていたこと等。全てを打ち明けた。
小野田さんは怒っている表情から少しずつ軟化し、最終的には真剣な面持ちで一切口を開かずに聞いていた。
だが悠理は小野田さんの反応は一切分からない。
「というわけだ」
悠理が説明し終わったのと同時に、小野田さんが口を開く。
「そんなことで私たちからの評価が変わるわけないじゃん」
少し怒ってはいるが、優しい口調で言う。
「そうですよ。寧ろ顔が見えていなくてあの態度なのは流石晴さんの親友と評価が上がりましたよ」
知らないふりをして話すなそこの腹黒女子。
流石に悠理も突っ込みたそうにしていたがそれが小野田さんにバレるとそれはそれで面倒なことになるので辞めたようだ。
「加賀美さんは知っていたよね?」
まあ俺は構わず言うわけだが。
「え?どういうこと?知らないのって私だけだったってこと?」
小野田さんが困惑している。さて、加賀美はどういう反応をするのか。
「ええ。そこの二人が結構前に話してくれました」
「「堂々と嘘をつくな」」
これには悠理も我慢できなかったご様子。
「偶然お二人の会話を聞いてしまいまして」
適当な理由で誤魔化すことにしたようだ。流石に加賀美家の力を使って俺の周囲を調べ上げた結果知っただなんて純粋な小野田さんには言えないだろうからな。
「ふーん」
あまり納得していない様子だがそういうことで理解しておくことにしたようだ。
「悠理くん。それって治ったりはしないの?」
「治る、か。正直微妙な所らしい。俺の場合トラウマとか頭を強くぶつけたとか外的要因が一切なく、原因不明で脳に異常も無いらしい」
「そうなんだ」
そう言い小野田さんは悠理の手を取り、自分の顔にあてがう。
「急に何すんだ」
「唾が飛ぶから喋らないで」
有無を言わせない小野田さんの言葉に黙るしかない悠理。
結果として小野田さんの顔を延々と触らされていた。
「どうだった?」
興味津々な様子で聞く小野田さん。
「そういうことか。感触はちゃんと人の肌だよ。仮面じゃねえ」
悠理は顔に仮面が付いているように見えるだけで触覚などで正しい顔を認識すること自体は可能なのだ。
「じゃあこれで私の顔を覚えたね?」
「覚えたが、触らない限り意味ないぞ」
「分かってるって」
小野田さんは満面の笑みでそう答えた。
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