第20話

 当然ながら劇の完成度も非常に高かった。加賀美千佳もそうだが、散々甘やかされてきた小野田さんでさえしっかりと演技が出来ていた。演技指導がなんだかんだ熱心に教えていたお陰だろう。


 そして滞りなく劇は進み、俺と悠理が対決する場面となった。


「我がお仕えする王妃の命により、お前にこの場所を通させるわけにはいかない」


「ならば、この剣で打ち倒し、強引にでも通らせてもらう」


 ということで俺と悠理の対決が始まった。劇の練習で対決をどのような形にするか話し合った結果、あらかじめどのような手順で剣を振るのかを決めることになったはずなのだが。


 しかし目の前に居る男は完全に無視して斬りかかってきやがった。


 完全に俺を倒すつもりできてやがる。


 目が本気なので逃げることも叶わないようだ。


 俺は目の前の頭の悪い化け物にお灸をすえないといけないらしい。


 さて、この筋肉の戦闘スタイルは自慢の筋肉を活かした圧倒的なパワー。であれば良かったのだが、こいつの家庭はありとあらゆる武に精通した家系だ。見た目にそぐわない繊細な戦いを主軸に置いている。


 じゃあ筋肉はどこで活躍するのか。となると、その繊細さの維持だ。


 格闘ゲームだけでなく現実世界においても攻撃には後隙と言うものが発生する。こいつはそれを筋肉によって無にしているのだ。


 そのため、俺は手を出すことが非常に困難なのだ。しかもこいつは俺が力も技も皆無だということを知っていてその対策を打っているのだ。


 動体視力だけでやってきた人間にとってこれは非常にキツイ。


「おいおいどうした?このままじゃあ劇が大変なことになるぞ?」


 周囲に聞こえないように俺を挑発する。だったらこういう場でやるな。


 ひとまず俺は相手の剣に自分の剣を合わせてみることにした。


 するとガキンという音と共に俺だけが大きくはじかれた。


 当然だがまともに当てたところでどうにかなることも無いようだ。


 ならば——


 俺は何度も何度も悠理の剣に剣を合わせた。そしてその度に大きくはじかれた。


 観客はその戦闘を食い入るように見入っていた。見ている側からすると演出に見えるだろうし、俺が弾かれ方を調整しているお陰で危機に陥っているようには見えないのだろう。


 七森たちを除いて。


 あいつらはめちゃくちゃ前の方の席で必死に笑いを堪えていた。流石に見慣れている人にはバレているようだ。こいつが完全にアドリブでやっていること。そして主人公であるはずの俺が普通ないはずの役の悠理に負けかけていることが。


 負けたらこいつらにも散々煽られそうだ。劇の時間の問題もあるし早く見つけないとな。


 そして数回の件による激突の後、


「なにっ」


 俺は悠理の手から剣を弾き飛ばすことに成功した。


 まともに打ち合って勝てないのであれば、剣として一番力の入りにくい一点に当ててしまえばよいのだ。


 拳同士であればあの筋肉に俺が付け入れる隙があるほどの力の入らない点なんて無いからこんなことは無理だが、剣であれば、持ち手の体ではないため、弱点が発生する。


 俺の剣は見栄え重視で悠理よりも若干長めに作ってくれたのが功を奏した。


 俺は観客に俺の顔が見えないようにして、


「俺の勝ちだ。この場を通らせてもらおう」


 と、台本に書いてあるセリフをドヤ顔で言った。


 見るからに悔しそうな顔をしているが、これは演技ではなく本心だろう。後で七森たちと共に煽りまくってやろう。


 そんな中観客の方々は、俺たちの戦いに大きな拍手を届けてくれた。鬼気迫る戦いを出来たおかげだろう。結果的に悠理の成果になるのは癪だが。


 けれど俺たちの演劇はまだ終わったわけではなく、ラストのシーンは先だ。


 俺は悠理との戦いでヘトヘトだったが、それを一切見せないように全力で振る舞った。


 そしてとうとうやってきたラストシーン。俺と加賀美千佳のキスだ。


 実はキスは本番に取っておこうと皆が言ってくれたおかげで、今までやってこなかったのだ。俺は正直嫌だったから助かる。


 さて、現実逃避はここまでにしておこうか。今は目の前のことに集中しよう。


 確かにキスは嫌だ。しかし、こいつは見た目に関しては最上級だし、加賀美千佳と認識しなければ素晴らしい。


 それに、キスなんて口と口をただくっつけるだけだ。握手よりも未来に行った技術なだけなんだ。別に減るものじゃない。いや、精神はすり減るか。


 俺は無心であることをただひたすらに意識して、意識して——


 出来なかった。かなり粘ったがどうしても俺には無理だった。あれだけ無節操に人と付き合っておきながら、嫌いな人にキスをすることだけは心が拒絶していた。


 それを察した加賀美千佳は何事も無くキスをされたかのように振る舞い、演劇自体は終了した。


 嫌いな相手ではあるが、恋人らしいことを要求されて答えられないのであれば付き合っているお琴として失格だ。しかもそれをカバーされる始末。


 俺は思わず逃げ出した。一人になりたかったのだ。

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