第9話 呼び出し
呪術の強弱は、術者の力量と触媒で決まると言っていいだろう。
その触媒は二つ用いられる事になる。
呪いを発動させる呪具と呼ばれる物と、発動した呪いを対象へと繋ぐ物だ。
後者は対象にとって、重要な物である程強い効果を発揮する。
これがいい加減な物だと、どれ程強い呪いを発動させても大した影響は出ない。
ポピュラーなのは髪や爪だが、それらは触媒としては実はかなり弱い部類に入る。
本気で相手を殺そうと思っているのなら、鮮度の良好な物を大量に集める必要があるだろう。
「闇の牙はまず、使用人の家族に呪いをかけた。そしてそれを脅しにして、息子と娘の家紋の指輪を盗ませたのだ」
ペイレス家では子供が生まれた際、家紋入りの指輪が用意される。
それは一族の証であるのだが、今回はそれが奪われ触媒に使われた様だ。
そして呪いを受けたのはケインさんだけではなく、長女であるセーヌもそうだった。
彼女は体力がない分衰弱が進んでいるそうで、食事の席に顔を出さなかったのはそのためだ。
「セーヌ、私だ」
ケイロニア卿が扉をノックし、中に声をかける。
卿に案内されて向かったのは、セーヌの部屋だった。
より深刻な状態の娘を先に治してくれと頼まれ、俺はケインさんを後回しにする形でここに連れて来られている。
「どうぞ」
使用人が中から扉を開ける。
ケイロニア卿が中に入り、俺もそれに続いた。
天蓋付きのベッドには、酷くやせ細った金髪の女性が寝っていた。
セーヌに会うのは3年ぶりの事だが、その可愛らしかった見た目はやつれて見る影もない。
彼女は侍女の手を借り、ゆっくりと体を起こした。
かなり具合が悪そうだ。
先に此方へ連れて来られたのも納得する。
ケインさんは何だかんだで、自分で歩いたりできていたからな。
「お父様……どうされ――あっ……」
俺に気付いて、セーヌが驚いた様な声を上げる。
どうやら俺の顔を覚えていてくれたらしい。
「お久しぶりです。セーヌ」
「シビック様……どうしてここに?」
「セーヌ。彼がお前の呪いを解いてくれるそうだ」
「ほんとう……ですか?」
驚いた顔で、セーヌが俺を見つめる。
「ええ、任せてください」
まかせろとは言った物の、絶対ではない。
術者が亡くなっていた場合、実は俺の能力で呪いを解く事は出来なかった。
勿論それは、事前にケイロニア卿にも伝えてある。
とは言え、腕の立つ呪術師がそう簡単に命を落とすとは考えられないので、大丈夫だろうとは思うが。
「あ、ああ……ありがとうございます……ありがとうございます」
セーヌの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
彼女もケインさん同様、もう自分は助からないと思っていたのだろう。
「少々危険があるかもしれないので、他の方は部屋から出ておいてください」
暴れられたら面倒だから、おつきの人間には部屋を出て行ってもらう。
但しケイロニア卿はそのまま部屋に残った。
彼も貴族家の当主なので、ジョビジョバ家程ではないにしろ戦闘訓練は受けている。
心配はないだろう。
「では始めます。セーヌ、首に触るよ」
セーヌの首筋に浮かぶ、黒い痣の様な呪いの文様。
それに手を置き、俺はスキル――【ズル】を発動させた。
このスキルの効果の一つに、相手の卑劣な手段を封じる効果がある。
遠くから姿も見せず、致命の攻撃をする。
それは卑劣で、ズルい手段だ。
そして俺のスキルは、それを封じる。
「え?」
突如目の前に、黒いローブを身に纏った顔色の悪いやせぎすの男が姿を現わした。
男は自分に何が起こったのかわからず、固まっている。
遠距離から、姿も見せず行われる攻撃をスキルは封じた。
その結果、術者は対象の目の前に姿を晒す事になったのだ。
そして――俺は素早くもう一つのズルの効果を発動させる。
「呪術は使うな」
強制的に条件を一つ飲ませる効果だ。
これにより、相手は呪術を使う事が出来なくなる。
それは新たに発動するだけではなく、既存の呪術の維持すらも禁止する効果を持つ。
結果――セーヌの首筋から、呪いの文様が綺麗さっぱり消えてなくなった。
「ここはどこだ!貴様ら一体――」
状況が判断出来ず、唖然としていた男が正気になった動き出そうとする。
それよりも早く、俺は腰から剣を引き抜き――食事前に客間に置いて来た剣を、ここに来る前に回収している――その腹の部分で隙だらけの顎をかちあげた。
骨の砕ける感触。
男は衝撃と痛みに意識を失い、仰け反ってその場にあおむけに倒れた。
殺さなかったのは、生かしておけば闇の牙の情報源になると判断したからだ。
以前の捕り物では、捕まった奴らは全員自害してしまっている。
奴等は死を恐れない。
だがケイロニア卿も今回はそれを踏まえて行動するだろうし、情報を引き出せる可能性は高いだろう。
「おお!セーヌ!呪いの文様が!」
ケイロニア卿が感極まってセーヌを抱きしめた。
その目の端には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「お父様。凄く……体が軽くなった気がします」
とは言え、セーヌの顔色は悪いままだ。
長い間呪いに蝕まれていたので、解いたからと言っていきなり元気いっぱいとはいかない。
「シビック。なんとお礼を言っていいやら」
「シビック様……ありがとうございます」
「当然の事をしたまでなので、お気になさらずに」
等とは言ったが、もちろん俺が困った時用の貸しだ。
世の中、持ちつ持たれるだからな。
「失礼します」
扉がノックされ、ケイロスが兵士を引き連れて部屋に入って来た。
呪術師を捕縛する様の人員だ。
「信じられない……本当に……」
倒れている黒衣のローブの男を見て、ケイロスがそう呟いた。
一応説明はしていたのだが、彼は半信半疑だった様だ。
ま、そりゃそうだ。
呪いをかけた術者を強制的に引き寄せるスキル何て、聞いた事もないだろうからな。
「では、次はケインさんの呪いを解きに行きましょう」
「ああ、頼む」
俺はケインさんの元へと向かうが、彼の呪いはもう既に解けていた。
どうやら、呪いをかけたのはセーヌさんと同じ人物だった様だ。
さっき【ズル】で呪術を封じた時に、一緒に解けたのだろう。
ま、取りあえず一件落着である。
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