第7話 呪い
俺は知らなかったが、獣人達は完全な自給自足をしている訳ではないそうだ。
年に数回、彼らの卸す貴重な薬草をペイレス家が買い取り、そしてそこで手に入った貨幣で自分達の生活に必要な物を買って帰る。
獣人達はそうやって生計を立てているらしい。
――つまり、ペイレス家と獣人には元々接点があったという事になる。
5年前、薬草の納入を手伝ったミランダさんはそこで偶然ケインさんと出会う事になる。
お互い、一目ぼれだったったそうだ。
当然獣人と貴族が通常では結ばれ得ない事は、二人とも知っていた。
だからお互いに気持ちを隠し、友人として接していたそうだ。
そしてその関係は4年ほど続く。
変化があったのは5年目に入った頃の事。
ケインさんが体調を崩し、そう先の長くない状態になってしまたのだ。
自分の命が長くないと知った彼は、無理を押して獣人達の里に向かい。
そしてミランダさんに自分の気持ちを告白した。
死ぬ前にどうしても、それだけは伝えたかったのだろう。
――遠くから貴方の幸せを願っている。
そう言って去ろうとする彼の背にミランダさんがしがみ付き、彼女も自分の気持ちをケインさんに伝える。
そして残り少ない時間なら、その時間を自分に下さいと、彼女の方からプロポーズしたそうだ。
それが二人の馴れ初め。
ペイレス家の当主も、死にゆく息子の願いをかなえてやりたかったのだろう。
ケインさんが連れ帰ったミランダさんをすんなり認め、二人は結ばれている。
「ミランダさんは、情熱的な方なんですね」
話を聞いて成程、と納得する。
しかし、具合が悪そうだとは思ったが、まさかもう先が長くない程弱っていたとは……
「私はただ、自分の気持ちに嘘を吐きたくなかっただけです。大好きな彼の傍に、一分一秒でも長くいたかった。それだけです」
獣人は、
相手が亡くなったからと言って、人間の様に再婚などはしない。
ミランダさんは残されたほんの僅かな短い時間の為に、その全てをケインさんへと捧げる事を決めている。
それは悲しい事ではあるが、同時に羨ましくもあった。
――自分の人生の一部を切り取ってでも、惜しくない恋。
そんな相手と巡り合える人間が、いったいどれ程いるだろうか?
例え一緒にいられる時間が短くとも、それはきっと幸せな事だと俺は思う。
しかし……一体ケインさんは何の病気にかかっているんだろうか?
高位貴族であるペイレス家なら、ありとあらゆる最高峰の治療を施されている筈。
その上でどうしようもない病となると、かなり限られてくる。
俺の知っている物だと、先天性の物を除けば半年と持たない物ばかりだ。
だが話を聞く限り、ケインさんは1年近く存命している。
それも比較的良好な状態で――弱ってはいたが、まだしばらく持ちそうに見えた。
新種の病気だろうか?
少し気になったので、それについても訪ねてみた。
「ところでご主人は、一体どんな病気にかかられているんですか?」
「それが……その」
ミランダさんは凄く答えにくそうに言葉を濁した。
地雷を踏んだかもしれん。
「すいません。余計な事を聞いてしまいました。忘れてください」
興味本位でつい聞いてしまったが、他所様の事情に土足で踏み入るのは褒められた行動ではない。
それも人の生き死にの領域なら猶更だ。
自分の軽率な行動に、俺は慌てて謝った。
「ああ、いえ。実は……病気ではないんです」
「病気ではない?」
どういう事だろうか。
それだと根本的に話が――
あっ!
少し前の事を思い出す。
ペイレス領で、大掛かりな捕り物が行われた事を。
――闇の牙。
邪神を崇め、禁術を扱うと言われるカルト組織だ。
確か一年ほどの前の話だったはず。
つまり――
「ひょっとして……呪いの類ですか」
呪い――呪術と呼ばれる魔法の一種で、この国では禁術となっている邪法だ。
「はい……」
ミランダさんは言い当てた俺の言葉に驚いた様に目を見開き、それから首を縦に振る。
呪術ならその進行が遅いのも頷けた。
呪いには、相手を苦しませる意味が込められている事が多いからだ。
ジワジワと相手を弱らせて苦しめ、殺す。
陰険この上ない手段だ。
ケインさんが呪われたのは、間違いなく報復のためだろう。
「神聖魔法では回復出来ないレベルだったんですか?」
「当主様は、方々に手を尽くされました。でも、呪いがあまりにも強すぎて……それに術者の手がかりも全く見つからない状態で」
闇の牙は、以前から国内で活動が報告されてはいた。
だが闇に潜む彼らのその実態は、未だ殆ど掴まれていない。
そして神聖魔法でどうにもできないレベルの呪いをかける者が、おいそれと探索の網にかかる事はないだろう。
もし仮に見つける事が出来ても、相手が自害してしまったら呪いを解く事は出来なくなってしまう。
厄介極まりない状態だ。
ケインさんが生きるのを諦めるのも無理はない。
だが、俺なら――
「お待たせいたしました」
扉がノックされ、ここまで案内してくれた執事が賓客室へと入って来た。
どうやら食事の準備が済んだ様だ。
「グレイ、お食事よ」
「ごはん?お肉ある?」
お茶請けのお菓子を貪り食っていたグレイが、食事と聞いて目を輝かせた。
本当に良く食う奴だ。
腕白な少年に、俺は思わず苦笑いしてしまう。
「ふふ、それは行っての楽しみよ」
執事に連れられ、俺達は食事へと向かう。
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