大切だったもの
記者N(男)「――これは僕がとある漫画家の先生からお聴きした話をまとめたものだ」
記者(男)「先生、大ヒット、おめでとうございます」
先生(男)「ありがとう」
記者(男)「先生は自身が同性愛者であることをカミングアウトしてからより熱心に啓蒙活動に取り組まれて、一般男性とご結婚なされましたが数年前に電撃離婚。それからすぐに女性とご結婚なさって今に至るということですが、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」
先生(男)「そうだね、あそこまで騒いでおきながら今こういうことになったのだから説明はさせてもらうよ」
先生(男)「日本だと同性同士はパートナーシップは結べても結婚とならないの、どうにかすべきだよ」
元アシ(男)「はいはい、でも僕は十分幸せだって。だって、結婚するためにフランスに行けたんだよ。新婚旅行、楽しかったなぁ」
先生(男)「し、新婚旅行だなんて」
元アシ(男)「すぐ照れて可愛いなぁ。僕にナンパされてすぐホテル行っちゃったくせに」
先生(男)「だ、だってあれは」
元アシ(男)「僕がタイプで逃したくなかったんでしょ?で、フリーライターで仕事無いって聞いたら大喜びですぐにアシスタントとして囲っちゃって」
先生(男)「うるさい。大体、お前だって俺が漫画家だって言ったら目を輝かせて離さないとか言っていたくせに。早く飯作れ」
元アシ(男)「はいはーい、ところで先生、連載の方、続いています?」
先生(男)「次号の表紙はとにかく書き上げた」
元アシ(男)「ちゃんと中身も書いてくださいよー?まじで編集長怒ったら面倒なんだから」
先生(男)「自分のためか」
元アシ(男)「当たり前でしょ、誰が先生のために……って冗談冗談!落ち込まないで」
先生(男)「分かっている!この!」
元アシ(男)「あはは」
先生(男)「はぁ……」
元アシ(男)「先生、どうしたんですか。最近書くスピードが遅いですけど」
先生(男)「それ以外は順調なのになぁ」
元アシ(男)「俺、本当はあんたと出会うずっと前からあんたのファンなんだから、早く書いてくださいよ。あんたを見つけて一か八かでナンパしたって言ったでしょ」
先生(男)「あぁ、うん、そうだね、頑張る」
元アシ(男)「なんで女となんか腕を組んで歩いていた?」
先生(男)「……離婚、してください」
元アシ(男)「は?冗談にしてはきついけど。冗談の言い方俺の学んだら?……あぁ、ごめん、今朝のご飯、ちょっと味付け良くなかったかな。今晩は腕によりをかけて作るから先生もスランプを抜け出して」
先生(男)「違うんだ、本気なんだ、聞いてくれ、彼女は私のファンで愛されなくてもいいから支えたいと言ってくれている……」
記者N(男)「過去の話を語っているときの先生の目はどこか泣きそうだった」
先生(男)「私は気づいてしまったんだ、私の作品は私の負の感情から生まれていた、と。彼のことを世界で一番愛していた。一緒にいて幸せだった。けれど幸せな私には彼の好きな作品はもう産めなかったんだ」
記者(男)「それで」
先生(男)「彼のせいじゃない、そのことに気づけなかった私のせいだけど、彼にいきなり伝えてもきっと彼は自分のせいだと苦しむ。だから黙って他の女と結婚したいから、世間体のためだと言った」
記者(男)「そんな……」
先生(男)「さて、そろそろインタビュー時間は終わりじゃないかな?」
記者(男)「あ、あぁそうですね」
先生(男)「ようやく語れてすっきりしたなぁ」
記者(男)「そうですか……」
先生(男)「じゃあね」
記者(男)「荷物をお持ちします」
先生(男)「いや、いいよ。……あの朝のご飯、美味しかったよ。ようやく記者として活躍できているようで何より」
記者(男)「今更食べたいと思っても作ってあげませんよ。こんなことでほだされません」
先生(男)「うるさいな、俺だってもうナンパには引っかからないよ」
記者(男)「はいはい。……それでは、お元気で、先生」
記者N(男)「それ以来、先生に出会うことはなかった」
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