第128話 説得

 ナタリア・サバトは『竜姫』——最強の魔獣である竜種のお姫様だ。

 竜に献身的に接していた結果、彼女は選ばれた。

 いや、それは起因の一つでしかなく、元々そう選ばれる星の元に生まれただけなのかもしれない。その場合、どうあっても『竜姫』になっていた可能性がある。

 それはある種の呪いじみていた。


 最強の魔獣のお姫様であるが、ナタリアは戦いに向いた性格をしていない。いや、していなかったし、現在も好きか嫌いかでいえば嫌い側にある。

 だが、『案山子』の一件でナタリアの意識に変化が生まれていた。

 それは曾祖父であるアメデオやニルデの死も影響していた。


 戦う手段があるのならば、有効活用しなければ意味がない。

 そして、力があるのだから正しい使い方を学ばなければならない。

 大切な人がいるのに力を使わなければ後悔するに違いない――そう悟ったのだ。


 その結果の一つが、ナタリア自身に竜の膨大な魔力を収束させるという荒業だった。

 これにはいくつか理由があるが、シンプルにナタリアを守るためが大きい。まず防御を固め、いざという時には敵を物量で圧倒する。

 膨大な魔力が生み出す防御層を貫ける者は、人間界にも暗黒大陸界にも皆無に近い。

 今回、十頭の竜から集められた魔力量は『大魔法つかい』さえも上回る。

 仮に竜たち全てが集まれば、どれほどの魔力量になるか分からない。


 『咆哮』。

 それは獣の猛々しい叫び。

 親しい人を失った少女の、世界への叫喚であった。


   +++


 攻撃は弾き飛ばされてしまった。イーサンが片膝をつき呆然としていると、ナタリアが言う。


「イーサン、ワタクシの本気が伝わりましたか?」

「ざけんなよ、お前、完全に俺のターンだっただろうが……」


 悪態をつくイーサンの息は荒い。

 それは疲労によるものだったが、同時に安堵もあった。

 下手したらナタリアを殺していたかもしれないという焦りがあり、その解放感で気が抜けていた。

 手にしている聖剣『テイルブルー』は元の形を取り戻していた。

 ナタリアはスッキリしました、という表情で言う。


「そもそも論ですが、暗黒大陸への派遣がどうして必要なのですか? あんな危険地帯に足を運ぶ理由が分かりません」

「暗黒大陸にはいろいろあるんだよ。そもそも『魔王の眷属』による侵略行為への監視だけでも十分有意だろ」

「ワタクシの『竜騎士』としての能力を見れば、人間界こちら側で撃退するには十分とは思いませんか」

「思えないとは言えないが、個人の能力に依存する気はないんだよ」

「マクシムの能力には依存するのに?」

「そうだな。今はパオロ・ガリレイ中佐にも依存させてもらっているよ」


 イーサンは聖剣を鞘に納めてからその場に座る。

 そして、あーもう、と頭をガシガシ掻いて、俯きがちになりながら内緒だぞ、と前置く。


「実はな、将来的に暗黒大陸へ人を送り込む予定なんだよ。そのための足掛かりとして前線基地は大切なんだ」

「人を送り込む? どうしてですか?」

「ナータはこの世界の人口ってどれくらいか覚えているか?」

「おおよそ八千万人ですわ」

「そうだ。『魔王』討伐後、世界人口は増加中だが、そろそろ土地面積が問題になってきている。なんでかっていうとな、この星の大陸は、大部分が暗黒大陸だからなんだよ。人類種の生息域は狭すぎる」


 ナタリアは小首を傾げる。そして、思い出したとばかりに頷く。


「ああ、そういえば、ひいおじい様もそう仰っていた記憶がありますわ。人の世界は狭い、とか」

「そうなんだよ。この星では人間の生息域はほんのわずかしかない。人類が発展するために暗黒大陸への進出は必須なんだ」

「ワタクシには関係のない話ですわ」

「んなわけあるか」

「無関係ではないとおっしゃるのなら、是非ワタクシも暗黒大陸へ派遣して欲しいですわ」

「あー、それはなぁ……」

「何かワタクシの理屈に間違いがありますか」

「ないけどなぁ……」


 そうやって会話をしていると、戦闘が終わったことを理解したマクシムたちがその場にやってきた。

 最初に口を開いたのはマクシムだった。


「ナタリア……いくらなんでもやり過ぎじゃない?」

「当然の権利、いえ、義務ですわ」

「僕が言える立場じゃないのは分かっているけど、島がボロボロだよ」


 ナタリアはそこで周囲を見渡し、顔を青ざめさせる。

 竜の暴威による傷痕がいたるところに残されていた。それはあまりにも酷かった。


「そ、そうですわね。少しやり過ぎたかもしれませんわね」


 草木を生やすくらいならできるが、それ以外の補填は自分でもどうしようもない。マクシムはそれ以上考えるのを中断して、先ほどまで二人が話していた内容について訊ねる。


「で、どういう話になっているのさ?」

「暗黒大陸への派遣の必要性を説かれていましたわ」

「そうなの? 別に必要ない気がするけど……」


 マクシムが不思議そうにイーサンを見ると、彼はため息をついた。


「え?」

「人類種の生息域と暗黒大陸の面積比だ。この星は俺たち人類種が生物界の頂点にいるわけじゃないんだ」


 マクシムは言われている意味が分からず、ナタリアに視線を送る。

 ナタリアは驚いたように目を丸くしている。


「暗黒大陸はそれほど広いのですか。いえ、ワタクシたちはそれほど狭い世界で生きているということですか……」

「ナータも少しはこの事業の大切さが分かったか?」

「ですが、それならば、なおさらワタクシの力が不要な理由が分かりません。未知の敵が存在する世界なら、最強の魔獣は必要でしょう」

「そもそも、竜を運搬する船がないんだよ」

「ひいおじい様の時代でも運べましたわ。今ならもっと良い船があるはずですわ」

「『士』は保有していないし、そんなお金もない」

「ワタクシがお金を出して造らせますわ」

「お前『竜騎士』とは違うだろ。どういう理屈か分からないが、複数頭を使役するなんて例外過ぎる。一頭なら分からないでもないが、その数を運ぶ気か?」

「それは選別しますわ」

「こっちに残った竜たちはどうするつもりだ? 放置できるのか? お前、差別することなんてできないだろ」

「それは……なら、全員暗黒大陸にピストン運送しますわ。船もできる限り作ります。いつか人類が足を運ぶならその船も投資になりますわ」

「竜の主食は閃光石だっけか。どれだけになるかな。それまで運ぶとなると現実的ではなくなるだろ」

「それは…………マクシムの能力に頼りますわ」

「おいおい、マクシムにどれだけ負担をかけるつもりだよ」

「むぅ………………」


 ナタリアはようやく黙った。が、言い負かされたことに腹を立てているのは明らか。不満げな強い光の目をしている。

 イーサンは一歩も譲らないとばかりに不敵な笑み。

 そこで口を開いたのは『W・D』だった。


「そもそも、ナタリア・サバトは行けないだろう。何が問題なんだぜ?」

「ワタクシが行けない? どういう意味ですか?」

「そんなこと決まっている。暗黒大陸には医師が最低限しかいない。一人いるが専門医ではない。そんなところへ行くつもりか?」

「専門医?」

「設備も最低限だぜ。そんな危険を冒すつもりか?」

「危険を冒す? あの、どういう意味なのでしょう」


 ナタリアが困惑していると『W・D』はマクシムを見る。

 マクシムも分からない、とばかりに首を横に振る。

 『W・D』は珍しく驚いたようだった。


「気づいていないのか? もしかして、誰も?」

「何のことでしょうか?」

「暗黒大陸で出産するつもりか?」

「え?」



、お前」



 世界が停止したような、そんな空気が流れる。


「え」「は」「あ」と絶句するナタリア、マクシム、イーサン。

「マジ?」と意識を取り戻し、その場で一人だけ話に混じってなかったミッチェンも目を丸くした。

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