第42話

ムガはドワーフたちが坑道を掘って創った国だ。

彼らは見た目の粗雑さとは裏腹にその手先の器用さから坑道を掘るだけではなく細かな細工を施している。その技術は六大国中随一と言われている。



そのムガへの唯一の入り口から約1km先の森の中、私(嶋崎 日向)はたった一人で息を殺し敵が姿を現すのを待っている。



日比野の作戦。それはまず戦うことではなく相手を知ること。

敵の数や武器、魔法などの戦力。そして、話し合いが通じる相手かどうか。その他諸々をとにかく知ることが大切だというものだ。


だから噂を流した。

『近々、王からの要請に従い全ての異世界者たちがムガへと侵攻するらしい』という噂を…

そうすれば、要塞とやらが出張ってくるに違いないというわけだ。



私もこの作戦には大いに賛成だ。戦わずに済むのならそれが一番いい。

私たちは強力なスキルこそ持っているものの少し前までは平凡な高校生だったのだ。殺し合いなど無縁の…

それに、私のスキルは戦闘では役立たない。もし仮に戦闘になった場合は足手まといにしかならない。

だから、今役に立つことを証明しなければならない!戦闘になった際に見捨てられない為にも。



私のこの『索敵ヴィジョン』は半径約1.25km内の生体反応を捉える。

虫や動物なんかも捉えてしまうが、反応の色や大きさで識別が可能だ。

更に任意の対象をヴィジョンによって目の前にいるかのように映し出すことができる。

ただ、それ以外は生身の女子高生。だから、敵の情報を得たらすぐに離脱しなければならない。

相手に近づかれ追いかけられでもすれば捕まってしまうのは目に見えている。



本当はこんな回りくどいやり方なんかじゃなく直接要塞をスキルで探れればいいのだが、今要塞があるのはサーニャの近く。

サーニャはついこの間戦闘があったばかりで敵も警戒しているだろうし、なによりエルフは特に目が良い。

直接探るのは危険だと結論づけられた。




「ふぅ…今のところは現れてないわね」

額の汗を拭って少し緊張を緩める。

私たち全員の侵攻を止めるとなると大規模な部隊が必要なはずだ。そんな反応があればバカでも気づく。

だが、今のところ怪しい反応は全く無かった。



その時、気になる反応が現れた。

反応からしてヒト種であることは間違いない。しかし、反応はたった1つだけだった。


私は再び息を殺し、相手をヴィジョンに映し出す。

黒のラバースーツに身を包んだ長身の女性だ。顔は仮面に覆われており見ることはできない。


(なんでラバースーツがこの世界に!?)


そのまま監視を続けると、ラバースーツの女性は少し辺りを見回した。


次の瞬間、通常ではありえないことが起こった。

1km以上離れているにも関わらず、なんとその女性はこちらを見たのだ。


私は一旦ヴィジョンを解除し、心を落ち着かせる。

(ありえない!ありえるわけがない。偶然だ)


そして、再びヴィジョンに映し出すとなおもその女性は私を見つめていた。

その瞬間ヴィジョンを即解除。


(偶然じゃない!まずい!!逃げ…)


逃げようとした矢先に私は地面に押し付けられ組み伏せられていた。


(そんなっ…!!反応はあの1つだけしか…とにかく逃げなきゃ……)


私は力一杯上にいる相手を押し退けようとするが微動だにしない。

上にいる相手が「カーミラ様、確保致しました。これより帰還します」と話している。

声から察するに若い女性だ。


(なんで!?反応にないのに…!!)

力の限り足掻く。次の瞬間相手は一切の躊躇なく私の両足の骨をボキッと折った。


「ギャアァァァァァァ!!!」

痛みで悲鳴をあげる。

(痛い痛い痛い痛いッ…)


「カーミラ様、対象が抵抗しますので気絶させますがよろしいでしょうか?……はい。了解致しました」


そして私の意識は途絶えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今の出来事から遡ること4日。


俺の部屋に魔王が血相を変えて飛び込んできた。


「唯人!!大変だ!全ての異世界者たちがムガへと侵攻するらしい!!」


「ほぉ〜、そうか。それは大変だな」

俺は足の爪を切りながら気のない返事で答える。


「そんな悠長にしてる場合じゃないぞ!

異世界者全員となるとかなり、いやとてつもなく厄介だぞ!わかってるのか!?今すぐ部隊を編成しかなりの戦力を送り込まなければ…」


俺はパチッと足の爪を切りながら「なんで?」と魔王に質問をした。


「なんでってお前の復讐の相手だろう!?早く手を…!」


俺は足の爪を切り終え、次に手の指へと取り掛かった。


「はぁ…魔王落ち着け。会議室に行ってみろ。面白いものが見られるぞ」


魔王が釈然としないまま会議室へと入ると、そこにはルーミルとマーリーンが2人で慌てていた。

その内容は魔王と同じ異世界者たちのムガ侵攻についてだ。


一番はじめに違和感に気づいたのは魔王だった。

ムガ侵攻の噂はつい最近アーガイアで広まったばかりだ。それなのに、ほぼ同時にサーニャやアトランティスにも同じ噂が流れている。何かが…おかしい。


俺が会議室へと入ったときには魔王はほぼ理解していた。


「わかったか?

間違いなくムガ侵攻はフェイクだ。ロストエデンを誘き寄せて情報を得るのが目的だろう」


「フェイク…?」「嘘ってこと?」ルーミルとマーリーンはまだわかっていなかったらしい。俺の言葉に頭が追いついていない。


「あぁ、敵を知る。これは戦術の基本だろ?フェイクの情報でロストエデンを誘き寄せて情報を得たいってところだろう。まぁこのやり方はノーザイアの工作というより、、、アイツだろうな」


「「「アイツ……??」」」

3人がハモる。


「委員長の『日比野 颯太』で間違いないだろう。しかし、フェイクだとしても情報を得るためには誰かを現地に送らなければならない」


「じゃあその日比野という者が?」とルーミル。


「いや、これも間違いないが日比野は絶対に来ない。そういうヤツだ。来るのは他の誰かだろう」


会議室が開き、カーミラが姿を現す。


「カーミラ、呼び出してすまないな。君の部隊を率いてムガへ向かってくれ。100ほど連れて行って構わない。

そこにいる監視者を捕縛し連れてきてくれ。死んでいなければ他は問わない。」


「簡単……すぐ行く」


そういうとカーミラは足早に去っていった。

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