戊/天災後の現実は、熾烈だ!

『001_戊/天災後の現実は、熾烈だ!

/2040/12/07

/PCW/フィリピン/都心部の酒場

/スケット 小田一二四大尉』


「労働の後の酒は、美味いな!」

 肩をコキコキしながら俺が言うとトクヒデが苦笑する。

「復興ボランティアをがんばるのは、良いが。お前も昨日退院したばっかりだって事を忘れるなよ」

 俺が肩を竦めていう。

「態々。DFWにいって回復魔法までかけて来たんだ全快だよ」

 猫万の八手の四法は、魔法と呼ぶしかない物が多い。

 当然、そんなのが無制限に使える訳もなく、それが使えるのは、過剰エネルギーが廃棄され続けるDFWだけ。

 当然回復魔法を使うには、あっちの世界にいかなければいけない。

 それもあって、塵獣と戦わないがRMSのメンバーと登録している奴は、そこそこ居る。

 丁度目の前を通り過ぎていく十代半ばだろう少女の腕に猫尻尾が装備されている。

「あの年で一等兵って事は、数年って所だな」

 トクヒデが猫尻尾の階級を示す赤い線が二本の事を確認した。

「あの年じゃ『萌草』採取であげたんだろうが……」

 トクヒデが言葉を濁らすのも解る。

 DFWに流れ込むエネルギーの全てが塵獣になる訳では、ない。

 こちらの人以外の気配に反応し、有益な存在になる場合もある。

 『萌草』がその最も例だ。

 DFWの大半で生えるそれは、効果が様々だが体力回復や傷の治療に有効とされて、メンバー登録直後の二等兵が採取の仕事をしている。

 そうやって採取された『萌草』がこっちの世界でも流通している。

 それ自体は、問題ない事なのだが、『萌草』が生えているのは、あくまでDFWである。

 当然、過剰エネルギーから生まれた人に害がある生物、塵獣に襲われる危険性が高い。

 そういう危険性を含めて先進国では、メンバー登録年齢は、十歳からが推奨されている。

「確かここでは、八歳からだったな」

 俺が言葉にトクヒデが頷く。

「ああ、経済的な理由から八歳でメンバー登録して『萌草』採取の仕事をしてる子供が多く、毎年何人もの子供に犠牲者が出ている」

 大きなため息が出る。

「十歳でも早いっていうのに八歳のガキに命懸けさせるなよな」

 俺のボヤキを漏らしながら先程の少女を眺めていると数人の男に囲まれてしまう。

「おい、おまえハイエナやってたな!」

 男達からの追及に少女は、視線を逸らす。

「それは……」

「あっちで何度も見てるんだ! 誤魔化せると思うなよ!」

 男の一人が少女の細い手を掴む。

 怯え震える少女を見て俺が立ち上がる。

「おいおい、ハイエナって言っても別段お前達の得物をかすめたって訳じゃないんだろ? だったら大人の余裕で見逃してやれよ」

 少女は、男達を塵獣避け代わりにしたハイエナと判断した俺の言葉に男達がガンをつけてくる。

「あー、関係ない奴が口出してくるんじゃねえよ! こっちだって命懸けなんだよ!」

 それには、俺も頷く。

「それは、解ってるさ。だからこそ、そんな子供の安全に貢献出来たって事にしとこうぜ」

 すると男の一人が伍長を示す紫の一本線を見せながらいってくる。

「伍長の俺がそんな事をする必要なんてないだろうが!」

 それを聞いて俺は、少女に告げる。

「伍長の奴が行くような所に一等兵の君がいくのは、危険すぎる。DFWは、本当に危険な場所だ。もっと気を付けるんだ」

「無視するんじゃねえ! 俺は、伍長なんだぞ!」

 自慢げに装備された猫尻尾の階級を示す先端を突き付けてくるが周りの男が慌てだす。

「おい、やばいぞ。そいつの猫尻尾みろよ」

「こんな安酒場にそんな偉い奴が居る訳が……」

 伍長の男の言葉が途中で止まる。

「大尉!」

 それを聞いて俺は、首を傾げているとトクヒデが近づいてきて言う。

「まだ気づいてなかったのか。さっき線が増えてた。きっとこの間のレイドでの評価で昇級したんだろう」

「嘘だろ! レイド参加の大尉がなんでこんな酒場に居るんだよ」

 戸惑う男達に俺が苦笑交じりに説明する。

「災獣を倒して天災が終わっても後始末が大変だからな。その手伝いをした帰りだ」

 最初の頃は、レイドで稼いだ金を被災者に募金する方が良いと思っていた。

 しかし、トクヒデに指摘された。

 そんなちゃんと被害者にとどくかどうかの募金をするよりもその金で時間を作って災害復興の手伝いをし、その中でお金を使っていった方が被災者の為になると。

 確かにその通りだった。

 金を幾ら募金した所でその多くが全く知らない所で使われる。

 だったらその金の分仕事を休んで復興の手伝いをした方がましって話だ。

 こうやって地元で金を落とすのも復興の足しになる筈だしな。

「あっちは、中尉だぜ」

「やばいぜ、やめとこうぜ」

 そんなのを小声で言い合った後、伍長の男が背を向ける。

「俺達は、懐が大きいから今回だけは、見逃してやる。感謝しろよな!」

 そのまま男達が去っていき安堵した少女に俺が言う。

「小規模パーティーの死因には、ハイエナされた事による不慮の遭遇戦が少なくないって話を知っているか?」

 それを聞いて少女は、戸惑う。

「あたしは、そんなつもりじゃ……」

「君がどんなつもりだか知らないが実際問題そうやって死んだ人間が居るのは、間違いない事実。君が命を懸けるのは、君の勝手だがそれに無関係な相手を巻き込むのは、間違っている」

 俺の言葉に押し黙る少女に俺は、告げる。

「これからは、ハイエナは、止めるんだな」

 そう忠告してから席に戻ろうとした時、少女が俺の腕を掴む。

「大尉って偉いんですよね?」

「さあな、俺も今さっきなったばかりでしらねえな」

 俺がそう返すと何かを覚悟した表情で少女が言ってくる。

「私の初めてを五千CCで買って下さい!」

 『CC(キャットキャッシュ)』、猫尻尾の機能を使った猫尻尾同士で取引される電子マネー。

 一CCは、日本円にして百円ぐらいだ。

 詰り、自分の処女を五十万円で売ろうって言うのだ。

「もう少し自分を大切にしろ」

 俺は、そうきって捨てようとした時、少女が必死に縋りついて言う。

「七歳の弟の所にメンバー登録の通知が来たんです」

 去ろうとした俺の足が止まった。

「この国では、八歳からだった筈だが?」

 少女は、自分でも納得いかないであろう事を説明する。

「今度の天災の対策の為にも国民の塵獣討伐総数を上げる必要から一年早めたそうです」

 俺が視線を向けると携帯端末で確認していたトクヒデが苦々しい顔で頷いていた。

 塵獣を放置すれば天災が起こることがはっきりしている以上、一人でもメンバーが多い方が良い。

 特に装備に金も掛けられなければ他所からの援軍を頼むだけの予算もない国ならばメンバー登録は、半ば強制である。

 登録可能年齢になった貧民の子供には、登録を促す通知が行われ、応じなかったり登録しても実績をあげられない場合、罰則金が発生する。

 これを国連やRMSでも強要として咎める動きがあるが、大半の政府が罰則金と登録の有無の関係性を否定している。

 他の国民が背負う義務を行わない非国民的行為に対する罰則金だと。

 第三者がきけばどう考えても直結しているそれを無関係だという主張がまかり通ってしまうのが現実だ。

「五千CCあれば一年は、弟が登録しないで済みます」

 俺達にとっては、たかが一年、子供にとっては、されど一年。

 少なくとも七歳で登録するのと、八歳で登録するのでは、生存率が天と地ほどに違う。

 俺は、店のマスターに尋ねる。

「この店にそういう部屋があるか?」

 マスターは、無言で一つのカギをカウンターに置き、背中を見せる。

 こんな明らかな売春行為を店が助長したとなれば問題になる。

 それを見逃すのは、マスターもまた子供の未来を案じている証拠である。

 鍵を受け取って、震える少女の手を引いて歩きだす。

 横を通る際にトクヒデが囁く。

「中途半端な真似だけは、するなよ」

 俺は、小さく頷いた。

 俺自身の心情としれは、少女に買ったふりだけして五千CCを渡す方が何倍も楽だ。

 だが、それは、ハイエナしてでも体を売らずに生きて来た少女の一大決心を踏みにじる暴挙だ。

 それだけは、やっては、いけない行為だった。



 行為が終わった。

 ベッドに残る血の跡と背を向ける少女、いや彼女の姿が自身が行った非道徳的行為を完遂した事を証明していた。

 ならばその対価を払うべきであろう。

 彼女は、すがる様に握る猫尻尾に俺の猫尻尾を当て、支払いを済ませる。

 きっちり五千CC。

 それを確認し、零れる彼女の涙は、さぞ複雑な味がする事だろう。

 脱いだ服を震わす携帯端末を確認し、俺は、手帳に一つの連絡先と自身の示すサインを記入して切り離しテーブルの上に置き服を着る。

 何を言えばいいのか解らない彼女より先に俺が告げる。

「そこには、俺達の知り合いのギルドの連絡先がある。その紙を見せれば猫万訓練と引き換えに護衛付の採取をさせてくれる。訓練の成果次第では、ギルドに入ることも可能だ。少なくとも一年真面目に訓練と採取をすれば弟にも同様な機会が与えられる筈だ」

 こんな世界でも貧困児童の早期メンバー登録に何かしたいと思っている人間は、居る。

 それでも無制限に出来る程では、無い。

 弟を体を売ってでも護りたい、そんな彼女にだったらその救いの手を受け取る資格があるだろう。

「……ありがとうございます」

 涙を零した彼女が言う。

「貴方でしたら、ゴムをせずにしても……」

 彼女の言葉を俺は、遮る。

「子作りは、お互いが欲しい時だけの行為だ!」

 自分でも空気を読めない言葉だと理解しているが、それだけは、譲れなかった。

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